何かの間違いで男の意識を少女の体に植え付けられたようです

@hushimero

第1話

まず浮かんできたのは窒息感、次に浮遊感そして暗闇の中に居るという極大の恐怖。逃れようと必死に体を動かすが膜のようなモノに挟まれているのか、全く動かせない。


『初期化完了。新しい意識を確認。』

突如膜が破かれ、堅い地面に叩きつけられる。全身にまとわりつく粘液のような液体を顔から必死で拭う。指の隙間から目を細めると、暗順応していた目が目の前から発せられる強烈な光に焼かれ視神経のつなぎ目が悲鳴を上げた。

「めちゃくちゃ若いな、こんなのストックにあったか?」

「さあな。ほら、これが終われば昼飯だ。ささっと終わらせるぞ」

未だに地面でのたうち回る自分の横で野太い男の声と何かを操作する音が聞こえる。

『身体の所有権移行を確認。意識転写終了シークエンスを開始します。』

再びのアナウンスに対しても反応はない。無機質な声が続く。


『記憶データの整合性を確認。……完了。』

その言葉を最後に、頭の中にあった不安や恐怖が急速に引き潮のように遠ざかっていく。代わりに流れ込んでくるのは過去の記憶。

(俺は……誰だ?)

名前も年齢も分からない。どこで生まれて、どんな人生を送ってきたのか。思い出そうとするが、記憶のピースはバラバラに散らばっており、手探りで集めようとしても上手くつなげることができない。

「起きろ!」

突然の大声にハッと目を見開く。視界に映ったのは防護服を着た男性。彼は自分の頬を強く叩き、意識を覚醒させようと試みる。

「痛っ……」

「何ボケッとしてんだ! 早く立て!」

言われるがままに立ち上がろうとするが粘液でヌルヌルして思うように体が動かない。見かねた男が手を貸してくれてようやく立ち上がることが出来た。

「服は後でやる。先に権利の告知だ。あなたは新しい肉体の持ち主です。あなたが犯した犯罪、不法、迷惑行為は肉体の元の持ち主ではなく現在の肉体の持ち主に責任が発生します。転写費用の負担により経済的困窮に陥る場合は転写が行われた施設で職業斡旋が受けられます。以上、質問は?」

「質問は……?」

頭の中で整理が追い付かず、返事が間抜けになる。

(俺は、誰だ?)

再び浮かんだ疑問に答えは出ない。代わりに、自分の身体が女性のものであることに気づく。思春期真っ只中の少女特有の細く長い手足、ふわふわとした金色の髪、そして膨らみ始めた胸。

「返事は?」

「は、はい!」

強い言葉で現実に引き戻されると、ついてこいと先導された扉の先は薄汚れて酸っぱい匂いのする小さな手術室のような部屋だった。

「ここで最終チェックをする。心配するな、何も痛いことはしない」

言われるままに中央の手術台に座る。男は手元のタブレットを操作し天井に備え付けられている医療機械のようなものを自分の体に向け最終チェックとやらを始める。

『意識同調率98%。完全に同調状態に達しました。』

再びアナウンスが流れる。

(俺は……記憶を失ったのか?それにしてもここは一体?)

今度は多少はっきりとした頭で考えてみるが、覚えているのは真っ暗闇の膜のようなモノに挟まれてもがき苦しんでいたときのことと、自分が男だという強い確信。肉体的特徴は変わっているが、人格や性格までは変化していないように感じる。

「終わりだ。お疲れ様。起きた直後は記憶があやふやなことがあるが、一週間もすればすぐに思い出すからそう不安な顔をするな。」

男はタブレットを閉じると、部屋を出て行く。残された自分は一人、手術台の上で固まっていた。


(どうする……?)

突然与えられた自由に何を目指せばいいのか、何を求めればいいのか分からない。

「どうした終わったぞ。お前の身体は問題ない。後はここを出て自分の足で生きていけ。服はそこの棚に置いてあるからシャワーを浴びてさっさと着ろ。迎えがいればここの入り口当たりでたむろしている中から見知った顔についていけ」

言われた通りにシャワールームで全身を清め、用意されていた制服に着替える。ジャケットタイプの黒い制服はサイズが大きく袖を折って合わせなければならなかった。

(俺は、本当に誰なんだ?)

答えの出ない疑問を持ちながら施設の外に出ると、冷たい風が頬を叩いた。周囲を見回すと、自分のほかにも意識転写されたであろう人々が迎えの人間と抱き合い無事を確認していた。あやふやな自分の記憶の片隅に見知った顔がないかと注意深く出迎えの人間を観察するがそれらしい人は居なかった。遠くに街の明かりが見え目を留める。

「あれが街か……」

何故か無性に懐かしさを感じた。まるで自分もずっとそこに居たかのような。

「おお!!アリサ!!よく無事だったさあ迎えの車は向こうだ早く家に帰ろう」

意識の外から手を引かれバランスを崩し倒れ込む。手をつかんでいるのは、スーツを着た男だった。この男の顔に見覚えはない。引きずられながら男の風貌をまじまじと観察する。

「ねえおじさん。どうして私の名前を知っているの?」

「そうか、記憶が曖昧なんだね。僕はねアリサのパパだよ」

「ねえパパ、どうして頭がボサボサなの?」

「アリサが保健所から出てくると聞いて車に乗って急いできたんだよ」

「パパは家から車に乗って着たの?」

「そうだよ、パパの車に乗って家に帰ろうね」

思春期の無垢な問いかけに見ず知らずの薄汚れた男がにこやかに答える。

「へぇ、パパの車は乗るだけでそんなにスーツが汚れるんだ?靴も生ゴミが付いてるしどこを歩いてきたのかな?」

「あ、これは……ちょっと事故にあったんだよ。道路に落ちていたビンが飛んできてね」

「ふーん。でも、大怪我じゃないみたいだね安心したよ」

「そうだろう。すぐに病院に行って手当てしてもらったからね。さあ、アリサ家に帰ろう」

(いいわけ下手すぎるだろ……)

明らかにこの男は自分の父親ではない。おそらく人さらいの類いだろう。

「ねえパパ。私の家ってどこにあるの?」

「もちろんアリサの家はここから近くの高級住宅街にあるよ。着いたら美味しいご飯作ってあげるから楽しみにしていてね」

「へぇ、いつも美味しいご飯作ってくれるんだね。パパは料理上手なんだ」

「そうだよ。僕はアリサの為なら何でも出来るんだ」

普通自分の家の場所を高級住宅街などと言うはずがない。なにより質問を重ねるたびに男が顔に貼り付けた笑顔の隙間から苛立ちが見え始めている。

悟られないように静かに距離を取り、チャンスを窺う。そして車に乗る直前、声を上げた。

「おじさんは私のパパじゃないでしょ!」

突然大きな声で叫ばれた男は一瞬動きを止め、次の瞬間には激昂していた。

「黙って車に乗れ! さっきからピーチクパーチクうるせえんだよこのクソガキが!」

男はアリサのジャケットをつかみ車に押し込もうとするが、ジャケットを脱ぎ捨てることでアリサの逃走の手助けとなった。

(今だ!)

全力で走り出し、振り返ることなく路地裏へ飛び込む。息を切らせながら必死に考える。

(どうする? どこに行けばいい?)

自分が本当に誰なのか、何故保健所に居たのか、人さらいのはびこるこの街でどうやって生きていけばいいのか。頭の中に浮かぶのは疑問符ばかり。

(取り合えず人の多い場所に行こう……)

混乱した思考のままに、遠く見える街の光に向かって走り続けた。


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アリサは無償で提供されていた公共交通機関を駆使し、繁華街の片隅へと到達した。大通りに出ると、目の前に広がる光景に一瞬立ち止まる。

「すごい……」

いつの間にか日が暮れた夜の街は明かりに照らされてキラキラと輝き、多くの人々が行き交っている。ビルの間を縫うように走る電車や、高い建物の上に設置された巨大なディスプレイに映し出される映像。見たこともない文化や技術に心が踊る。

(こんな世界だったんだ……)

先ほどまで居た保健所周辺は、人工物の少ない寂しい場所だった。それに比べて目の前にある世界は色鮮やかで活気に溢れている。

(どうしよう……)

今更ながら現実に引き戻される。お金も持っておらず、身元も不明。当面の生活資金を手に入れる方法も知らない。

「何か仕事を探さないと……」

ふと視線を感じ振り返ると、若い男性二人組がニヤつきながら近寄ってきていた。

「ねえねえ、可愛い子ちゃん。俺たちと一緒に来ない? 楽しいこといっぱい教えてあげるよ」

(ナンパか……)

誰だって夜道で突然声をかけられたら警戒するに決まっている。アリサも例外ではなく、固まったまま動けずにいると、後ろから別の足音が近づいてきた。

「そこの二人! 何をしている!」

警官だった。男たちは慌てて逃げ出し、代わりにアリサが呼び止められる。

「君、大丈夫かい? 一人みたいだけど」

「あ、はい。少し迷子になっちゃって……」

「そう、ちなみに君年齢は?君くらいの年齢は家に居なきゃ駄目なんだけど」

ナンパの次は職質かとげんなりするが、対応しないと後々困りそうだと身分証か何かが無いかと服をまさぐる。

「その実はさっき保健所から出てきたばかりで、何がどうなのかよくわかってないんです」

警官はなるほどと言った顔でタブレットを操作し始める。パンツの後ろポケットに何やらカードのようなモノが入っており、取り出すと何かのシリアル番号のような数字の羅列ともじゃもじゃとした記号が書かれていた。

おもむろに手を伸ばしてきた警官にそのカードを渡すと、まさしく身分証明書だったらしくカードを読み取ったタブレットに表示された個人情報を見せてくる。

「アオイ・アリサ 意識年齢35 肉体年齢14 男 交通事故に遭い意識不明 保険会社特約により1年間の延命治療の後、意識転写処理を行う 家族情報孤児」

「えっと?」

「つまり補導対象じゃないってこと、補導かどうかは意識年齢に寄るからね。でもお酒や薬物は肉体年齢で考えるから手を出しちゃ駄目だよ」

はぁと生返事をすると、まだ記憶が無いならしょうがないか。と警官は肩をすくめてあっちは迷宮堕ちしてるから近寄らないようにとだけ告げて去って行った。

一人残されたアリサは、改めて自分の身分証明書を見つめる。

(意識年齢35……)

今の肉体年齢と大きく乖離している。それに交通事故に遭って意識不明だったと書かれているが、そんな記憶は全く無い。

(俺は本当は35歳だったのか?)

疑問ばかりが頭を巡る中、夜の街を練り歩く。たどり着いた先は人気の少ない雑居ビルの路地裏だった。

どうするかなと、ため息をつき周囲を伺う。路地裏にはホームレスの先客がまばらに居を構えており、無機質な空間に人間の粗雑さが花を添えていた。

少なくともここは寝ることが出来る場所だと判断して、先客の邪魔にならないよう空いていそうな場所を探して座り込む。時折前を通るホームレスが物珍しそうにこちらを見遣ると配給所の情報や湿気ったクッション、ガビガビになったビニールシートを分けてくれ、即席の寝床を作ることが出来た。


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「ふあぁ……」

目を覚ますと日が昇り始めていた。冷え切った身体を起こし、ストレッチをして筋肉のこわばりをほぐす。

(今日はどうしよう)

街中で何か仕事を探すべきか、ここに留まって様子を見るべきか。どちらにせよ行動を開始しなければならない。周囲のホームレス達もごそごそと起き出し、配給所と思われる方向へ歩き出していた。人の流れに乗り、腹の虫が鳴る方へ歩き出す。

「調子はいかが?」

突然声をかけられる。振り返ると、黒衣を纏った女性が立っていた。

「新入りさんですか?とてもそうは見えないけど」

埃一つ付いていない漆黒の服に警戒心から即座に問いかける。

「私? 今はただのモブAよ。あなたみたいに行く宛てもなくふらふらしてるの」

その言葉に一瞬疑問符が浮かぶ。今の自分には行く宛てがある。配給所だ。

「……そうですか。でも、私に何の用ですか?」

「別に特に用事は無いわ。ただちょっとあなたと話がしたくてね。こんな場所に独りぼっちじゃ可哀想だから」

黒衣の女性は優しげに微笑む。

得体の知れない相手に対する不信感が拭えず、距離を取ろうと足を速めるが、配給所の列でもぴったりと後ろに付かれ、同じように配膳を受け取る。

「大丈夫よ。私はあなたを傷つけたりしないわ」

女性は落ち着いた声で言いながら、アリサの前に腰を下ろした。

「実はね、私あなたに会いに来たのよ。あなたの意識が目覚めてからずっと探していたの」

突然の告白に警戒心が高まる。あの人さらいの仲間か?それにしては身なりが良すぎる。元締めだとしても、わざわざ下っ端のミスに出向いてくるはずがない。

(……どうする?)

様子を見ようと思ったが、この場で何か行動を起こせば周囲のホームレス達に迷惑をかけるかもしれない。大人しく話を聞くことに決める。

「あなたは本当にアオイ・アリサ?」

「なぜ名前を?」

「ふむ……それじゃあ質問を変えるわ。あなたは自分の名前を知ってる?」

唐突な質問に驚きつつも答える。

「はい。アオイ・アリサと言います」

「そう、それじゃあ次の質問よ。あなたは今の自分が女だと思う?」

突然投げかけられた性別の話題に沈黙で答える。配給食の固いパンを頬張り咀嚼し、女の顔をにらみつけるが涼しい顔で微笑むだけだった。

「何の用なんですか? 私には家族も居ませんし、行く場所もありません。あなたと私は何も関係がありません」

「そうね……じゃあ、私と一緒に来ない? 面白い場所へ連れて行ってあげるわ」

女は自分の配給食を隣のホームレスに渡すと立ち上がり、アリサの手をつかみ立ち上がらせる。

「ちょっと待ってください! 今日は予定があるんですよ」

「へぇ、どんな?」

「ここで生活する準備を整えることです。服もこれしか無いし、仕事も無い。まずはそれらを確保しないといけません」

「ふーん。でもね、あなたが思っている以上に世界は窮屈なのよ。ここに居続けたって何も変わらない。今日も明日も来年もずっとここの配給所で固いパンを食べるだけの生活。あなたに耐えられる?」

女の言った未来をアリサが想像し一瞬抵抗する気が失せたのを見計らい、女はアリサの手を引きながら歩き出す。

「それに今日は仕事探しでしょ。なんとラッキー!私はあなたにお仕事を紹介することが出来ます。じゃあ来ないわけには行かないわよね。ほかに仕事の当てがある?」

「……分かりました。ついていくことにします」

どうにも逃れられない展開に頷くしかない状況だった。

車に乗せられ連れてこられた場所は、繁華街から少し離れた雑居ビルだった。

「ここが職場ですか?」

「ふふっいいえ、ここは秘密基地。面白いでしょう?」

女は楽しげに笑いながら、建物の中へ入っていく。全然面白くない。

エレベーターに乗り込み最上階へ向かう。ドアが開くとそこには広大なオフィス空間が広がっていた。

「ここは……」

「私達の会社『ヘブンズゲート』の本社よ。今日からあなたもここで働くことになるわ」

「何をするんですか?」

「それは後で教えてあげる。まずはこれに着替えてね」

渡された服は、黒を基調としたシャープなデザインの戦闘服だった。サイズはぴったりで、どうやら用意されたものらしい。

(こんなの着る必要あるのか?)

戸惑いつつも言われた通りに着替える。

「似合ってるわよ。じゃあ案内するわね」

女に連れられてオフィス内を移動する。所々にモニターが設置され、多くの人間が画面を見つめていた。

「ここは監視室。この街中の情報をリアルタイムで収集しているわ。迷宮堕ちが起こったら即座に対応できるようにね。次に行きましょうか」

「迷宮堕ちって何ですか?街中でも聞いたんですけど」

そこからか、と女は驚いた顔を作る。

「迷宮堕ちって言うのは簡単に言えば火事の一種みたいなモノね。前触れもなく建物がネットから遮断されて、逃げ遅れた中の人は全員死んじゃうの。そのままにしておくと、ネット経由で迷宮堕ちウイルスがばらまかれて周囲の建物まで延焼するから、私たちがそれを解決するってワケ」

そう言いながら案内された先は、戦闘服に身を包んだ多くの人間が椅子に座り寝ている部屋だった。それぞれの椅子からはケーブルが伸び、壁面のコンピューターにつながり、モニター上ではアクションゲームの映像が映し出されている。その画面を見ながらインカムをつけた人間が何やらしゃべっている。

「そしてこれが解決の方法。ネット経由で迷宮堕ちした建物にジャックインして、ウイルスのコアを破壊するの。当然ウイルスも排除プログラムで対抗してくるからそれに合わせた訓練をしているの」

女は自信たっぷりに言い放ち、アリサを連れて別の部屋へと向かう。最後にここが社長室と女は説明すると無人の社長室の最奥、本来社長が座るであろう革張りの椅子に腰を下ろした。

「紹介が遅れたわね。私がこのヘブンズゲートの社長、エリス・ハーヴェストよ。今日からあなたも私の部下ね」

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