第3話 <終>青空を切り取る
ひとしきり泣いたあと、ふらふらと外に出た。
俺はマンション裏の一番近いコンビニに行くためだ。
真夏の日差しは俺の存在を消そうと
泣いて赤くなった目も容赦なく焼かれ、じぶしぶとして痛い。
世界はどこまでも意地悪だ。
*
不意に、マンションの駐輪場から騒がしい音がして俺はそっと覗いてみる。
騒がしいとは言ったが、そこにいたのは人間ではない。
一羽の真っ黒なカラスだった。
カラスと言うのは、間近で見るととても大きい。
羽を広げると折り畳み傘を広げたほどもあった。
都市に多くいると言うハシブトガラスだと思われるが、そのくちばしは今日はゴミではなく、鋭く獲物を突いていた。
その獲物はスズメだった。
俺は、ハッと息を飲む。
カラスの鋭い爪で組み敷かれた小さなスズメが、断末魔の叫びを上げていたからだ。
反射的に『助けなければ!』と体が動く。
俺は、カラスを追い払うため右手を高らかに上げようとしたが、その手は頭上まで上がらずに止まってしまう。
俺は、暑い熱気と強い日差しの中、黒く
暴れるスズメに対し、カラスは鳴き声を上げることもなく捕まえた獲物を離すまいと鋭い爪で力の限り押さえつけている。
俺が最初に見たときにはスズメはわずかに動いたような気がしたが、何度かカラスの鋭いくちばしで
俺は暑さでぐったりしていたはずなのに、背筋が伸びた。
目の前で繰り広げられたのは、まさに命のやり取りだった。
俺は何の苦労もせずに毎日、食事を口にする。
しかし、本来はこのカラスのように苦労して自分の力で狩りをし、獲物の命を奪い、はじめて食べることができるのが『食事』なのだ。
俺はカラスをゴミをあさる汚く浅ましい生き物だと思っていた。
(カラスは狩りもできるのか……)
俺は残酷な場面を目の当たりにしたと言うのに、目を開き感嘆した。
俺が見ていることなど知らないカラスは、仕留めた獲物をその両足にしっかりと
俺の頭上を越え、悠々と羽ばたくカラス。
青空に黒い大きな影を残すさまは、堂々たる
黒いカラスはその翼で青空を切り取る。
それは俺の目に鮮やかに焼き付いた。
*
卑屈さを微塵も感じさせなかったカラスの様子に、俺の心は動かされた。
カラスはカラスだ。
カラスは己を卑下したりはしない。
蔑んであざけるのは人間だ。
カラスはそんなこと我関せずとただ生きているだけだ。
人の目を気にせず、自分を貫くことは難しい。
しかし、カラスはそうしている。
(俺は自分がカラスだと思っていたではないか?
なら、あの自分の力で生きるカラスにもなれるかも知れない)
カラスの黒色は楽をして生きる罪の色だと思っていた。
けれど、そうではない。
他人の色に染められることのない色だった。
(楽に生きられる生き物なんていないんだ……)
俺は流れる汗を拭うと、コンビニまで顔を上げて歩いて行った。
* お わ り *
【短編】黒いカラスはその翼で 天城らん @amagi_ran
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