第8話 忘れ物、あるんじゃない?



1日家に上げただけで急展開。

私の秘めたる思いを無視されているかのようながっつき方をする智紀。


「じゃあ理菜、また明日」


今日の所は帰って貰う。

気持ちが全然追いついていない。

完全に浮かれている。胸がそわそわふわふわして、にやけている気がする。


「え?河上君帰ったの?」


母がリビングからひょっこりと顔を出した。


「夕飯一緒にどう?って言おうと思ってたのに。」


「明日また来るって。」


「明日?あ、あんたまさか」


「・・・なによ」


「いや、大丈夫よ。じゃあ明日は呑んで帰ろうかな。」


「いや、変な気遣いしないでくれない?」


母がニヤニヤとしているのを裏腹に、私の心はまだ浮いていた。

蕩けてしまいそうなキスだったな・・・と思い出すと私までにやけそうになる。


「成人式、行ってよかったでしょ?」


母が言った。

成人式前に、ママ友ネットワークで集めた情報収集には智紀のことも聞いていたらしい。

さすが、幼稚園からの縁だ。


「あんた、中学の子たちの連絡先全然知らないでしょ?お母さんに連絡あったのよ。」


「え?うそ」


どうやら、智紀が色んな同級生に「高見も同窓会呼びたいからなんとかならないか」と言っていたらしい。

智紀の他にも、同じ学区内には仲良い訳では無いけど小学校からの知り合いや親同士が知り合いだったりする。


だからグループチャットに招待がきたのか、と納得した。



***



「あのさ、忘れ物、してない?」


次の日、私の家に来た智紀が言った。

私はなんだか思い当たらなくて「いや?」と首を傾げた。


「だよねー。流石に俺キモいからやっぱ無し。」


智紀はそう言って私から目をそらした。


「え!何それ?気になる」


「うーん理菜さ、卒業式のあとに送られてきた写真ある?」


「え?あるよたぶん」


私は卒業アルバムと一緒にしまっていた、卒業式当日の写真を2人で覗き込んだ。

3年生は同じクラスだった。

クラス写真には懐かしい顔ぶれが並んでいる。


「俺見てみ?」


智紀を探すと、そこには花を持ってニコニコしている智紀がいた。


「あれ、待って。第2ボタンないじゃん。」


「そうだよ。自分でむしったんだから。」


「え?じゃあ花道の時にはもう無かった?」


「無かったよ。女の子達にめちゃくちゃ詰められた。」


「だって私が帰る前に見た時はもう第2ボタン無かった。」


「俺が式終わったあとにすぐむしったんだから当たり前じゃん。他の奴らに取られる前にさ。だから、理菜のこと探してたんだよ。

俺、あの日に理菜に話したくて、理菜にボタン渡したくて告るつもりで探してたのに帰られてるし告白されてるの知られてるし。

しかも好きでもない人から告白されるし?」


それは果たして忘れ物なのか?

手に収まる小さな巾着袋を智紀は取り出した。


「ほぼお守り化してた。」


中には学ランのボタンとクラス証が入っていた。

欲しい女の子、絶対いたはずなのに。


「じゃあ、このお守りはもう終わりだ。これは私のにする。」


私は巾着を智紀の手から取った。


「忘れ物、届けてくれてありがと。」


「なんか急にいつもの理菜になってない?」


「ん?なんで?」


「ずっと避けられてたからちょっと戸惑い。」


「避けた方がいいってこと?」


「いや、それは無理。もう無理。耐えられないから勘弁して。」


「はは、冗談だよ。」


昨日までのギスギスした何年間が嘘かのように、私たちは笑いあった。

幼い頃に戻ったみたいな自然な空気が流れていた。








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忘れ物、あるんじゃない? 大路まりさ @tksknyttrp

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