#5、天使になった日

「お母さん、どうしちゃったの……?」

「お母さんはね、お空に行ったんだよ」

「お空に?」

 真っ暗な夜を通す黒に染った窓ガラスとは正反対な真っ白な病院のベッドに横たわる母を見る。子供ながらに母は死んだのだと理解した。死という概念が理解できるかどうか分からないエイミに、父がそう言葉を濁したということも。エイミ・アンジェラ、7歳の出来事だった。

 母の葬儀、周りの大人が泣く中、エイミは1粒も涙を流さなかった。それを周りの大人達は気丈だと褒めたが実際は違った。

(死んじゃったんだ。まだたくさん楽しいことあったばすなのに。可哀想……)

 悲しみは無く、哀れみしかエイミには無かった。

(なんでだろう、お母さんが死んじゃったのに悲しくない……私、変なのかな)

 しかし、エイミはそんな自分にすら悲しむことが出来なかった。そんな自分が異常だと理解しても。

 肌寒く感じる葬儀からの帰り道、エイミは父に聞いてみた。

「死んだお母さんはどうなるの?」

 棺桶と共に土に埋められ、地の底に行ってしまった母。悲しいとは思わないが、もう会えないと思うと寂しいとは感じる。

「そう、だね……お母さんは天使になったんだ」

「天使様……?」

「そう、天使だ。天使は目に見えないけどね、ちゃんと僕たちを見守ってくれているんだ。きっと今、この瞬間も」

 真っ暗な帰り道、光るものは街頭のみで天使のように神々しい光では無い。地に埋められた母が空に昇るというのはエイミにはよく分からなかった。

「ふぅん、そうなんだ……」

 だが、優しかった母にもう二度と会えないという事実を受け入れる口実にはなった。

 その日の夜、エイミは夢を見た。顔が黒く塗りつぶされたように暗く、その表情はよく見えないが、一対の灰色の羽が生え、薄暗い光を身に纏う男か女か分からない人型。そんな人型がエイミの夢に現れた。

「お母さん……?」

 そんなわけは無い、と思いつつも心当たりがないエイミは声をかける。実際、こんなタイミングで夢に現れるのは母ぐらいのものだろう。

「ごめんね、私は君の母親ではない」

 しかし、その人型はその姿と同じように男か女か分からない声でそう謝った。

「じゃあ、誰……? 天使様……?」

 しかし、それも違うと言うように人型は首を横に振る。

「こんなタイミングだけどね、今日、君は世界との『乖離』があることを自覚した。それによって君はまたもう1歩新しいステージに進んだ。だから君に贈り物をしに来たんだ」

「贈り物……?」

「そう、君が今後きっと必要になる力だ。この力は強すぎるけど、きっと君ならそれを受け入れられる。受け入れるだけの器がある」

「器……」

 そう言われてもエイミはピンと来ない。そもそも今の自分にそんな強大な力が必要だと言われてもよく分からない。

「あー、そうだね。きっと今後学校で習うのかな。簡単に言うと魔力総容量のことだよ。世界に対して本来あるはずの何かが抜け落ちてると、そこに魔力が入る隙間ができる。そしてそれが重要なものほど抜け落ちてた後の隙間は大きくなり、魔力総容量は多くなる。まぁその隙間を埋められるほどの魔力が身につくかは才能次第だけどね」

「よく、分からない……」

 う〜、と必死に理解しようとするが、大丈夫だと言うように人型はぽん、とエイミの頭を撫でる。

「まぁちょっと難しかったかな。とりあえず早めのクリスマスプレゼントだと思ってくれればいい。……そうだね、あとは君に名前を授けよう。と言っても名乗るかどうかは君次第だけどね」

「お名前……? 私、このお名前変えたくない……」

「あぁ、違う違う。あだ名みたいなものだと思ってくれればいいよ。今から贈る魔宝具と君の名前になぞらえて『天使』の名を贈ろう」

「『天使』……私が?」

 一瞬、先程の父との帰り道での会話を思い出す。

「私、お母さんに会える……?」

「そっか、君のお母さんが天使になったからって話を思い出したんだね。うん……残念だけど君は本物の天使になるわけじゃない。会うことは出来ないかな」

「そう、なんだ」

 母に会えない、再びそう言われてもやはりエイミは悲しいとは思わなかった。

「さ、そろそろ起きる時間だ。これを受け取って」

 そう言って、人型は2つの光の玉を渡してきた。

「さっきは力だって言ったけど、この2つは君の足りない2つの隙間を埋めてくれる。幼い君には必要なはずだ」

「やっぱり天使様?」

「違うって言ったんだけどな……ま、君がそう呼びたければそうしなよ」

「ありがとう、天使様」

 結局、最後まで表情は見えなかったがありがとうと言われた人型は少し微笑んだようにエイミは感じた。そして、それと同時にエイミの意識はまた眠りの底に落ちていった。

 エイミが目覚めると何かが埋められた感覚、頬には生まれて初めて感じる涙の跡が残り、足元には純白のランドセル天使の羽玩具の弓天使の弓が元からそこにあったように置かれていた。




 目が覚める。ぼんやりとした意識のまま記憶を掘り起こす。

(私は……今見てたのは夢の記憶……? 違う、エイジさんを問い詰めようとしてはぐらかされて負けた……)

 そこまでを思い出し、エイミは違和感に気づく。

(無い。天使の羽と天使の弓の感覚が無い。一体どこに……)

 エイミは焦って飛び起き、意識を内に集中するも10年近く自分の魔力総容量隙間を埋めていた魔宝具が2つ欠けている事実を認識するだけだった。

「どこに……」

 その呟きが聞こえたのか、ベッドの周りを覆っていたカーテンが開く。そこでエイミは初めて自分が保健室のベッドで寝ていたことに気づいた。

「お、起きたか。なんだっけ、魔力中毒……? とかいうのでぶっ倒れたんだぞ、お前」

「エイジさん……貴方が運んでくれたんですね。ありがとうございます」

「いやぁ、流石にわけも分からず仕掛けられたとはいえ目の前でぶっ倒れた人間をほっとけるほど冷たくもないしな。大丈夫なのか?」

「えぇ、魔宝具の使いすぎによって一時的な中毒症状を起こしただけなのでしっかり休めば治まりますし。それよりエイジさん、私の魔宝具がどこに行ったのか、というよりどうなったのか知りませんか?」

 エイミは疑いの視線をエイジに向ける。

「そんな目で見るなよ……まぁ、どうにかしたのは俺なんだけど。ほら、魔宝具『#3、天使の弓』『#14、天使の羽』」

 エイジが手のひらを上に向けながらそう言うと、光に包まれてその2つが現れる。

「っとと……やっぱこのサイズになると床に置いた方がいいな」

「今、何をしたんですか」

 唐突に現れた魔宝具にも驚いたが、そのせいでエイミの中の2つの欠けがエイジが原因だという確信が深まる。

「何って……そうだな、返してもらった。元々俺のものだしな」

「は、え?」

 突拍子の無いことを言われ、困惑がそのまま声に出るエイミ。

「あー、まぁ知らなくてもしょうがないのか? 俺はともかく、大元を作った父さんの名前は残りようがなかったしな……」

「すいません、言ってる意味がよく分かりません……」

「まぁ、信じて貰えるとは思ってない。今まで会ってきたやつもそんな感じだったからな。戯言だとでも思ってくれ」

 戯言、本当にその一言で済ませてい良いのかエイミは判断に迷っていた。嘘もつき続ければ己と周りを騙し、本当になるがエイジの言い方はそうではないように感じる。本当に、ごく当たり前のように言っているその姿は嘘をついているようには見えなかった。

(これは……なんとしてでも話を聞く必要がありましたね……)

 力尽くでは無理だと分かった今、エイミは他の方法を考えるため、そして奪われた魔宝具を取り戻すため思考を巡らせるのだった。

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100の思い出、巡り巡って、終わりまでプロット#2 武内将校 @Takeuchi0918

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