#4、昇る雷

 放たれたいかずちの矢の威力によって、もうもうと立ち込めた土煙が少し晴れ、黒く焦げた地面が見えてくる。

「さて、どうなったでしょうか……一応傷が治ってもトラウマで私に逆らえなくなるぐらいの威力で撃ったつもりではあるのですが……」

 弓を下ろし、エイミはそう呟く。

「おっそろしいこと言うなー、お前……」

 まだ完全には晴れない土煙の中、ゆらりと片腕を無くしたエイジの影が動く。

「……かすれば半身が吹き飛ぶ、というのは決して脅しのつもりでは無かったのですが。一体どうやって……」

 エイミは警戒を強め、再び天使の弓を構え直す。

「簡単だ。俺自身じゃなくてわざわざ右腕を狙ってくれたからな。右腕引きちぎって囮にした。ま、若干俺も吹き飛んだが」

 つまり、亜光速の矢がエイジに到達する瞬間に右腕を引きちぎるという選択をし、尚且つ実行したということになる。その狂気とも言えるやり方にエイミは驚きを隠せない。

「なっ……いくら外に出れば治ると言ってもそんな実戦で使えないようなやり方、気が狂ってるとしか思えません!」

「良いんだよ、どうせ元に戻るんだから『……外:……で』」

 エイジがぼそりと何かを呟きながら土煙の中から完全に出てくる。

「っ!? なぜ……?」

 土煙から完全に出てきたその姿を見て、エイミは驚く。確かに血が流れた形跡はあるものの、引きちぎったはずの右腕は存在しており、何より砂埃で汚れてはいるものの、見える範囲でエイジは無傷だった。

「さぁ、どうしてだろうな。ま、これからは俺のターンってことでっ!」

「っ! 『ロック:対象の……』」

「遅い!」

「きゃぁっ!?」

 エイジが仕掛ける気配を察し、慌ててエイミが弓を引くが、それより速く懐に潜ったエイジがまだ乾ききらない右腕の血をエイミの目にめがけて飛ばし、その顔と鮮やかな金髪に血の斑模様が付く。

「悪ぃな、流石に女子を殴り飛ばすわけにはいかないから。これで終い……」

「『天使の羽』!」

「あれ?」

 前に進んだ勢いのまま、エイミを転がそうとしたエイジだったが、その直前にエイミが「#14、天使の羽」を起動し、エイジの上に飛び立ち回避する。

「あー、そういや背負ってたな。魔宝具『#14、天使の羽』その体型にランドセルってのが似合いすぎてて忘れてたわ」

 赤いランドセルの四隅から、エイミの身長程もあろうかという大きな二対の羽が生えている。天井の照明のせいか薄く光って見えるそれに目を細めながら、エイジは憎まれ口を叩く。

「安い挑発ですね。生憎ですが、私には怒りという感情が無いので効きません。薄いとかではなく無いので」

「へー、それがお前の『乖離』、魔宝具を扱えるほどの魔力容量の源か。確かに感情1個ぐらい無いと魔宝具は扱いきれないよな。まぁ、2つ持ってるってことはもう1個なんかありそうだけど」

「それは、あなたには関係ないことですよ、ねっ!」

「そりゃそうだなっ!」

 言葉尻にエイミが上から放った鉄の矢を、エイジは素手で払い除ける。

「……先程からあなたの体はどうなってるんですか? ただの基礎的な魔力による身体強化とは思えません。そもそもただの身体強化では魔宝具の魔力が乗った『神罰の矢』を防げるはずがありませんし」

「さぁ? ただひとつ言えるのは魔宝具に対抗できるのは魔宝具だけってことだな」

「なるほど、分かりました。やはり、力づくで回収しなければいけないようですね」

(とは言え、遠距離から矢を放っても先程のように何かを囮にされるだけ。そして、神罰の矢を受けて無傷な体、今飛んできている銃弾。恐らく武器や防具を出す魔宝具のはず……つまり出す隙を与えなければいい。通用するか分かりませんがあの手・・・で行きましょう)

 エイミが思案に耽る中、下からは魔法による火球や風の刃、弾丸などが飛んでくる。しかし、エイミはそれを余裕を持って回避する。

「くっそ、当たんねぇなー。確か飛べるのって天使の羽だけだったはずなんだよな……今手持ちにいい感じの威力の対空手段なんてねぇしな……」

「危ないですね、当たったらどうするんですか? その銃、どうやって出したんですか?」

「企業秘密だ。てか、俺の半身吹き飛ばそうとした奴がよく言うな! で? なんか考えてたみたいだけど作戦は決まったのか?」

「ええ、やはり正面突破あるのみです!」

「脳筋かよっ……!」

 そう言い放つエイミは再び天使の弓を構え、今度は炎の矢を生成する。

「『天火の矢』……『ロック:平エイジ 』!」 

 下から飛んでくる魔法や銃弾を回避しながら狙いを定め、弓を引き絞る。

「10秒……さっきよりは短いですがこれで決めます!」

 放たれた矢は真下に、重力を味方にしてエイジに向かう。

「どーせそう言って最後じゃないんだろ! 『激流』!」

 エイジはそう叫んで勢いで弾かれないよう左手で抑えた右手から、魔法による水流を放つ。並の矢や魔法であればそのまま飲み込まれ、相手ごと押し潰すような威力と範囲だったが、魔宝具によって威力が強化された才能と努力オリジナルには勝てず、大量の水蒸気を発生させ、威力を半減させることしか出来なかった。

「ま、上出来でしょ。ここまで弱まれば素ででもいける」

 そう言って轟々と燃え盛る矢を裏拳で地面に叩きつける。

「けほっ、さぁ、俺の視界は塞いだぞ! 後ろか? それともそのまま上か?」

 地面で爆発した矢は土煙を発生させ、水蒸気と共にエイジの視界を塞ぐ。その中においてもなお余裕だと言うように、大声で自分の居場所を知らせる。

 その時、エイジの目の前の土煙が揺らめき、天使の羽を生やした影が一直線に向かって来るのが見えた。

「正面か! ほんとに脳筋なのか!?」

 なんにせよ、これを同じく正面から叩き潰し、目的を達成すればこの吹っかけられた問答も終わる、と思った瞬間だった。

(消えた!?)

 突然、視界からエイミの影が消える。そして次の瞬間、声が聞こえてきたのは予想してなかった方向からだった。

「残念、下です。チャージ30秒……『神罰の矢』、昇れ雷!」

 潜り込むようにしてエイジの足元に飛んだきたエイミは体勢を反転させ、上から下に、今日1番の威力の矢を顔面に撃ち込む。反射的に下を向いたエイジにエイミは勝利を確信する。しかし――

「魔宝具『#19、ヘッドレス』」

 神罰の矢はエイジの顔を通り抜け、そのまま天井で雷が落ちる轟音と共に弾けた。

「いやー、危ねぇ……流石に死ぬかと思った……」

「なん、ですか……今のは……」

 エイジの後ろに飛び抜け、地面を削りながら片膝を着いて着地したエイミだったが、渾身の攻撃が外れたショックと、魔宝具を2つ併用した副作用によりその体には力が入らず、立ち上がる体力は無かった。

「自分でもびっくりしてるよ。流石にあの近距離のかみなりより速く口が動くとは思わなかった。まぁ、矢を放つ手は亜光速とかじゃないからだなー」

「違、います……あなたの魔宝具は、武器や防具を出す物じゃなかったんですか……?」

「え? 何それ。なんか知らないうちに勝手にそんな勘違いしてたの? まぁある意味間違っちゃ居ないけど……それより気になってるのこれか。魔宝具『#19、ヘッドレス』」

 こつこつと人差し指でスポーツタイプのヘルメットを叩きながらエイジは語り始める。

「これな、父親が俺が初めて自転車乗るって時に作ってくれたんだよ。最初は超安全なヘルメットってだけだったのになー。いつの間にか頭部への攻撃を全部無効化するなんて代物に……」

(父親……? 作って、もらった……? 一体この人は何を言って……だめ、体温が高い……耳も聞こえないし目も霞む……魔力中毒の症状……魔宝具の併用は無茶でしたかね……)

 エイジが何事かをぼやき始めたが、もはやエイミにそれを聞く体力は残っていない。

「でさ、コウスケがさこのヘルメット……おい、大丈夫か!?」

 どさり、とその場に倒れたエイミを今日1番の焦った声を出しながらエイジが駆け寄るのを感じながら、エイミの意識は黒く消えていった。

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