ピエピエロロロ

ズマ

ピエピエロロロ

「コンッばんは皆さま! さぁさぁさあ! ワタシのとっておきの舞台を楽しむ準備は……できておりますかな?」


瞼を緑に塗り、鼻を鮮血で赤く染め。


長いセンター分けの白髪が揺れる。純粋さを体現するような、雪のような。真っ白の髪はその穢れなき美しさを冒涜されたように黒く、緑に毛先から染められている。


裂けた大きな口は紫のリップで色づき、ツリ目がちな四白眼は愉悦に歪む。


それはそれは、楽しそうに。


無邪気に振り回すのは本物のナイフ。

穢れた白の衣装に包まれる身体は二メートルはあるだろう。


楽しげに、不気味に、美しく、大胆に。

男が舞うように踊れば、衣装から覗いたのは縫い跡。


顔にも刻まれたボディステッチはハートや涙を描き、男を彩る。


「ワタシッ! 欲望に忠実な人間ドモはダァ〜いスキですッ‼︎

もう、愛くるしさでムネが張り裂けてしまいそうなくらいにッ!」


「 ピエピエロロロ、ピエロロピピピピ 」


誰もいなくなった小さなステージ。終わった男の独壇場。

月明かりさえも届かない腐敗臭に満ちた路地裏に、奇妙な声が響き渡る。


決して低くもなく、高くもなく。けれど耳障りの悪い不協和音のような声。不快なガラガラ声。

声帯を壊さんと喉を握り締め、無理して捻り出す高い声。


「 ピエロピエロ、ピピピピロロロッ! 」


「ハァ〜ッ! クヒッ、ヒヒヒ、アヒヒヒヒ‼︎‼︎」


「ワァ〜タシのコトが気になりますカ?

そうでしょうトモ、そうでショウとも‼︎」


恍惚とした表情を浮かべ、白塗りの下で上気した頬は歪に持ち上がる。

伝う唾液が首筋をなぞり、その快感に背筋を震わせる。


ガクンっ。


カエルのようにしゃがみ込み。石造りの床についた鮮血を眺め、九十度に首を傾げる。


「マダ、まだまだマダァ!

ハァ〜……♡新しい、新しいものですネェっ‼︎」


地に、血に口づけを落とし。れろり。紫に混じった赤を肉厚な舌で舐めとる。


骨張った大きな手が頬を押さえ、紫の唇をなぞった。


「ンフッ、フフ、ピピピ‼︎ アヒッ……♡

この血、この血ワタシ知ってます。

あの通りノォ、肥えた豚のようなくソ店主の味ダァ……ッ♡」


ペタンと座り込み、新調したばかりの汚れた白いズボンを破く。

足首からふくらはぎまでが露出する。ボディステッチの施された片足に紫の口を寄せた。


つぷり、ぶちり。


皮膚に食い込むのは鋭い犬歯。

伝う血と唾液が床と服を汚す。


足にも床にも舌を這わせ、舐めとればぼんやりと男は顔を上げた。


ぐるりと首が百八十度回転し、腰を抜かした? 誰かを見やる。


「ハァ〜イ……♡

貴方はワタシをコロシに来た人間ですカァ?

それとも、殺されにキタ人間ですかァ?

ああ、そもそも人間じゃないかもしれませんネぇ‼︎」


「 貴方の肉は、美味しいデスカぁ……? 」


「ピロ? いえ、イエ、違うのデス!

ああ、ああああ。そんなに怖がらないでください。

ピエロのちょっとしたイタズラですヨォ……?」


「……ア〜ナタのことなど記憶にありまッセェン♡

人違い、イエッ! ピエロ違いではナイですかァ?」


ぐりんと九十度にのけ反らせた背。

少し汗が浮かぶ額に、テンポのチグハグな挙動。

弧を描ききれていない口元。


ぐたりと身体から力が抜け、頭を強打しながら傀儡のように崩れ落ちる。

開閉する口は息を吐くばかりで音を紡がない。


路地裏で倒れた、狂気で有名なピエロの稀有な失態。


物陰からピエロを眺める影がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。


響いた銃声と、跳ねるピエロの体。


鮮血は、どろりとピエロの頬を色づけ、髪を染めた。

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