第2話 弁当
「――
「だから無理だって言ってるでしょう? まったく……」
明日葉先生への告白は日課である。
周りに知られて茶化されたくないし、変な噂が立って明日葉先生を困らせたくもないので、周囲に誰も居ないときのみ告白を行う。
現状は昼休み。
購買で買ったパンを今日は中庭の片隅にある東屋で食べようとしたら、そこに明日葉先生が先客として居たというシチュエーション。
手作りと思しき小さな弁当箱を片手に、もぐもぐとランチ中のようだ。
ミディアムボブの黒髪をそよ風に揺らし、凜々しい眼差しが僕を捉えている。
今日もフラれたけれど、先生の意識に収まっているだけで僕は満足だ。
「一緒に食べてもいいですか?」
「フラれた相手に積極的過ぎるのよ、君……まぁ良いけどね」
許しを得たので正面に座り、惣菜パンを食らう。
「一応確認ですけど、先生は彼氏居ないんですよね?」
「居ないわ。仕事が恋人だからね」
「じゃあ仕事が一段落したら僕と付き合ってもらえるということですか?」
「……どんだけポジティブなの?」
「照れますね」
「褒めてないからね? ともあれ、仕事が一段落しても付き合わないわ……教師と生徒は清く健全な関係でなければならないの。卒業してもそれは同じ」
「でも、卒業してから結婚した教師と生徒の話って普通にあるじゃないですか」
「よそはよそ、うちはうち」
母ちゃんみたいなことを言いながら、明日葉先生は探るような口ぶりで、
「……ところで、私のことが好きだと言っておきながら、昨日は飯沼さんのアピールに応じる八方美人っぷりを発揮していたわね?」
と、昨日の出来事を槍玉に挙げられてしまった。
いけない。弁明しなければ。
「アレは生徒会の円滑な体制維持のための方便です。あそこで飯沼のアピールを否定すれば気まずくなる可能性がありましたから、明日葉先生一筋なのは変わっていません」
「――っ、そ、そうなのね……」
明日葉先生はなぜか僕から顔を逸らして背後を振り向き、「(イエスっ)」などと小さくガッツポーズを作っているように見えた。
さすがに気のせいだろう。
「先生、クシャミでも出そうなんですか?」
「こ、こほん……なんでもないわ。じゃあとにかく、飯沼さんのことが好きとかではないのね?」
「違います。僕が好きなのは先生だけです」
「分かったわ……だけど、私は
いつも通りのお断り。
今日も完全敗北です、本当にどうもありがとうございました。
「じゃあ私はもう行くから、1人で静かにお昼を楽しんでちょうだいね」
小さな弁当を空にした明日葉先生は、そう言って校舎の方へと歩いていってしまった。
つかの間だけど、先生と話せて楽しかったな。
「――
明日葉先生が居なくなってから1分ほどが過ぎた頃、1人で惣菜パンを囓る僕の前に飯沼あずさが現れた。
さっきまで話題に上がっていた生徒会書記の後輩。
長い栗毛をふたつのおさげに結っている小柄女子。
はてさて、一体なんの用だろうか。
「何しに来たんだ?」
「将来良いとこの大学に入って大企業に就職出来そうな期末1位の基継パイセンを捕まえておくためにアピりに来たに決まってるじゃないっすか~♪」
……こいつ目的を隠しもしないのが逆に潔くて好感度高いわ。
「実はお弁当作ってきたんですっ。よければ食べてください!」
そう言って飯沼が手提げ袋からコンパクトな弁当箱を取り出してきた。
「でもパイセン、パン食べてますし、ひょっとしてお腹いっぱいですか?」
「いや、これだけじゃ足りなかったからありがたい」
日々のランチ代が潤沢じゃない苦学生の僕である。
追加の食料が貰えるのはすごく助かる。
弁当はコンパクトだから過剰な量じゃないのも良い。
「じゃあどうぞ! きちんとあずさの手作りですよ!」
弁当がパカッとお披露目される。
中身はオーソドックス。
白メシ、唐揚げ、ウインナー、卵焼き。
ひと口食べてみると、
「旨い……」
「じゃあ将来を誓い合いましょう!」
「いや誓わんし……」
「なんでですかっ!? あずさは1年の5月から生徒会に当選するような美少女ですよ!」
ぐいっ、と東屋のテーブル越しに身を乗り出してくる飯沼。
確かに美少女。
100人にアンケを取ったら98人くらいは可愛い認定すると思う。
けれど、しかし、僕が好きなのは明日葉先生。
こんな小娘と将来を誓い合うことはありえない。
飯沼を傷付けたくないし、生徒会を円滑に運営したいから断言はしないが。
「むーっ、いいですもん! あずさはへこたれません!」
そう言って僕の正面で自分の弁当を食べ始める飯沼。
やれやれ……取り扱いの難しい後輩が出来てしまったもんだ。
そう思いながらひとまず飯沼の弁当を食べ進め、ふと校舎の方に目を向けたときに明日葉先生が廊下の窓からジッとこっちを眺めていることに気付いてビビった。
無表情の明日葉先生が黙ってこっちを見つめている。
怖い……ちょっとしたホラーだ。
どういう感情なんですか……。
「パイセン、どうかしました?」
「え? あ、いや……明日葉先生がこっちを見てるんだよ」
「え?
飯沼がキョトンとしている。
校舎に視線を戻してみると、明日葉先生はすでに消えていた。
※
そんなことがあった翌日の昼休み――、
「――兼定くん、ちょっといいかしら?」
購買で列に並んでいたら、今日も見目麗しい明日葉先生に声を掛けられた。
廊下の隅に手招きされたので付いていく。
「なんの用ですか? 付き合ってくれるんですか?」
「ノーよ。……それはそうと、コレを受け取ってちょうだい」
明日葉先生が手渡してきたのは、弁当でも入っていそうな手提げ袋だった。
「……なんですかコレ」
「お、お弁当を作ってきたから、兼定くんにあげるわ」
「――っ!?」
……どういうことだ。
明日葉先生が僕に弁当って……。
「せ、先生……もしかして告白がしつこ過ぎる僕を毒殺することにしたんですか?」
「ち、違うわよ今日は自分用のおかずを作り過ぎてしまったからいつもひもじく惣菜パンを囓っている兼定くんに分けてあげようと思っただけであって別に昨日の飯沼さんに張り合ったとかではないから勘違いしないことね!」
めっちゃ早口。
そして明日葉先生はつかつかと歩き去ってしまった。
……よく分からないけれど、とりあえずこの弁当は大切に食べようと思った。
散々告白しても相手にしてくれない美人教師、僕が他の女子生徒と何かしてると明らかに様子が変です 山犬 @nisemono_zato
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