第17話 学生寮へ
六道館学園東京校は、東京都八王子市にある、陰陽師育成に特化した高等専門学校である。
人知れず魔を祓う陰陽師の育成という特色上、文部科学省からの認可を受けた教育機関でありながら、一般の人間にはその門戸は開かれておらず、六道館学園関連の施設は、"ある大学機関"のいち関連施設としてカムフラージュされている。
築人を乗せた車は、一時間半ほどの時間を掛けて、六道館学園から二キロほど離れた場所にある、六道館学園の学生寮、通称『青燈寮』へ着いた。
青燈寮はマンション式の、完全個室制の寮である。
これは、術師の家特有の術の研究や研鑽のための
青燈寮の周辺には、築人と同世代と思わしき少年少女達がちらほらと散見された。おそらくは築人と同じく、この寮に入寮してきた、これから築人の同級生になるであろう者達だろう。
築人の部屋は六〇四号室、つまり六階。不運にも最上階である。
エレベーターでのもったりとした時間を越えて、築人は内海と共に、部屋に入り、新しい
「この他に必要な物は仕送りと一緒に明日か明後日に届きます、あと、足りない物などがありましたら、私の携帯にまで連絡いただければ、これも仕送りと一緒にお届けできますので……」
「そこまでしなくていいよ、内海。お金は無いわけじゃないし、そこまで至れり尽くせりだったら、ダメになっちゃうよ、俺」
「左様でございますか。しかしくれぐれも、無理はせずに。築人様の身に何かありましたら、この内海、すぐに馳せ参じますので……」
「もう、いい、いいから。わかってるって」
「むう、左様で……では、私はもう、お屋敷に戻らせて頂きますので。口煩い爺が長く居座るのも、鬱陶しいでしょうからなあ」
「う、内海、そういうことじゃないってば!」
築人があわてて訂正すると、内海はにこりと微笑んで言う。
「わかっておりますとも。では、築人様。どうかお達者で」
「ああ、内海こそ、達者でね」
「ええ……」
内海は一回、こくりと頭を下げて部屋を出ていった。
「まったく、内海ってやつは。もう六十六近いんだから、心配しなきゃいけないのはこっちの方だってのに」
築人は一人ごちた。
「さてと……ずっとここにいるのも暇だし、散歩でもするか」
────運動系の修行は学校の修練場でしか出来ないらしいし、ここでも術の修行はできるっていうけど、そう大それた術も出来なさそうだ。壁の強度がちょっと心もとないし……ま、歩きながら考えよう。とりあえず学園までいこうかな。いい感じの公園か何かがあったら、そこに行くのもいいな、あればの話だけど。無いことは無いだろうけどね?
築人は部屋を出て、通学路の確認がてら散歩に出た。ドアを開けた途端、隣の部屋────六〇三号室のドアがほぼ同時に開いた。
────お隣さんかな、いい機会だから挨拶でも……!?
築人が挨拶をしようと隣を見た時、築人の瞳がぎゅんっと驚きの目に変わった。
その『お隣さん』は、ボサボサの長い白髪をだらんとしなだらせ、寝間着らしきよれよれの白いTシャツを着崩した女性だった。見るからに、この寮に来て一日二日というような人間ではなく、明らかにここの暮らしに慣れた人間であることが見て取れた。
「あ?」
全身から懈怠なオーラを放つ女は、築人と目が合うと、ぐにゃぐにゃにネジ曲がった前髪に隠された眼差しから築人をぎろりと一瞥した。
「あの……」
「あい。何」
「俺、この寮に越して来た、園條築人っていいたす。よろしくお願いします」
「おん、よろしく。あたしは
女は一息で大雑把にそう言うと、その場を立ち去ろうとする。
「あの!」
築人はそれを引き留める。
「……何ぃ」
真菰は築人の方をうざったらしそうに振り向いた。そんな真菰に、築人は一言聞く。
「ここ、男子部屋のフロアで合ってますよね」
「あん、合ってるけど」
真菰のあん、という適当な相槌を、あん、とは……?と少し気にしながら、築人は質問を続ける。
「どうしてあなたは、このフロアに? すみません。他意はなくて、単純に、気になっただけなんですけど」
「あー、えーっと……あたしはね、今五年なわけ。一年留年の」
「飛雲さんが入学したときは、ここは女子部屋のフロアで……その内に変わって」
「混合になった」
「ああ……そうなんですか」
「あん。いま、そういうことにした」
「え? 待って、いまそういうことにしたって」
「あん。これ以上は答えない。またな」
「え? あ、え……?」
真菰は踵を返して今度こそその場を去っていく。築人はあまりの支離滅裂なインパクトに打たれて、彼女の稲のような猫背が遠ざかるのを見送ることしか出来なかった。
転生陰陽師の現代修行録~転生した平安陰陽師は現代日本で妖魔相手に無法する~ 高崎あざみ @addtakasaki
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