第3話

今の時間は6時半、西野さんが部屋に入ってしまってからというもの、誰も利用者は部屋から出てこない。

見守りとして廊下に立ってはいるが、いくらなんでも立っているだけというのは暇でしょうがない。


「あの、未来先輩。」

「うん?どうしたの?」

「西野さんが部屋に入ってから誰も出てきませんけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫って…、あぁ、大丈夫よ。利用者さんの中では時間に余裕を持って行動する人の方が少ないから。7時過ぎたくらいからちょこちょこ顔を出すんじゃないかな?」


そう言って未来先輩はパソコンに再度目を向ける。

なるほど、と一瞬納得したが、希美はそこで施設の中を見渡してあることに気がついた。


「綺麗…」

「え?」

「あぁ、いや、改めて見ると施設の中って綺麗だなと思って…」


施設の中は清潔、というだけにとどまらず、まるでホテルにいるような感覚にさえ陥るほど綺麗だ。

超豪華、というほどではないかもしれないが、こんなところで過ごすのは贅沢だと言えるだろう。


「そうかな?どこの施設もこんな感じだと思うけど、いや、この施設は小規模だからむしろ落ち着いている方かもね。」

「これで落ち着いている方なんですね…」

「希美ちゃん、他の施設も見学したって言っていなかった?他の施設はもっと質素な感じだったの?」

「あぁ、えっと、ただ改めて見ると内装が凝っていて綺麗だなって思っただけです…。もっと豪華なところはありましたけど…」


希美は咄嗟にはぐらかした。


見学に行った記憶がすっぽり抜けている。とりあえず状況が理解できるまでは発言や行動には注意しないと…


ピー…

ガチャ!


「あの、部屋の生活用品取り替えたって言っていませんでしたか?トイレットペーパーは変えられていないし、ティッシュも新品の箱が置かれているだけなんですけど。」


ドアが開くなり、他の女性の利用者がおはようございますの声もなしに厳しい声で話しかけてくる。


「近藤さん、おはようございます。ティッシュとトイレットペーパーはこの前近藤さんが自分で変えるって職員に言っていましたよ?今度からは職員が変えるように言いましょうか?」

「いや、別にそう言っているわけじゃ…、でもこんな置き方って…。」


ぶつぶつと言いながら近藤さんと呼ばれた女性は部屋に入っていく。

近藤さんが部屋に入ってしまうのを確認すると、未来先輩が話しかけてきた。


「大丈夫?カチンときたかもしれないけど、たまにあるだけだから安心してね。でも、なんで機嫌が悪いの?いつもは理不尽に怒ることなんて…、あぁ、生理か…」

「え?生理?」

「うん、希美ちゃんも支援員の試験に受かったなら知っていると思うけど、通常者の女性には生理があるからね。人によるけどホルモンの乱れでイライラしたり不安になったり、情緒不安定が起きやすくなることもあるから割り切って関わることが大切だよ。」

「あぁ、はい…」

「じゃあ希美ちゃん。日誌の打ち方を今の時間に教えてあげるから、横に座って。」


そう言って希美は未来先輩の横に座ると、日誌の打ち方について教わった。

日誌に打ち込むことはそれなりに多かったが、基本的に毎日変わらない日常を過ごしているため、テンプレが決まっていてなんとかなりそうだ。

日誌の打ち方をある程度教わるとすでに時間は7時になっている。

7時になっても利用者が出て来ることはなかったが、15分にもなると少しずつ部屋から利用者が出てきて部屋の外にある椅子に腰掛けて話始めた。

こちらを気にしている様子はあるが、特に向こうから話しかけて来ることはなく、問題を起こすわけでもないためただ見守っているだけだ。

この時間を利用して、希美は持っていた手帳に今の状況を整理する。

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囚われ 12階層 優美 @bee-daily

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