第2話

「資料には今日の昼休みにでも目を通しておいてね。そういえば、希美ちゃんは今日2回目の起床支援だけどやることは覚えている?」

「はい、でも1週間前にやってみて思ったんですけど基本的には声掛けだけですよね?」

「うん、椅子に座って利用者さんが起きてくるのを待っているだけね。あまりないけど、起きてこない人がいたらドアをノックして声を掛ければ良いから。でも、自分の都合で同じ時間に起こしてはだめ、利用者さんは6時から7時半の間に起きてくれば良いことになっているんだからね。」


この施設の起床支援は本当に簡単な見守りだけだ。特に何も難しいことはない、ただそこにいるだけだ。

希美が疑問に思いながらも自分に言い聞かせていると、「ピー」という音と一緒に近くのドアが開き、女性が顔を覗かせた。


「おはようございます…、」

「西野さん、おはようございます。もう準備は終わりましたか?」

「はい、部屋の中で待っておいた方が良いですか?」

「うーん、そうですねぇ、せっかくなので新職員の希美ちゃんとお話ししていて良いですよ。」


そう言って西野さんという利用者さんと未来先輩が話すと同時に希美の背中をつついた。

そこで希美は自分の教育担当である未来先輩の言葉を思い出した。新職員がまずできるようになるべきことは利用者の名前を覚えること。

仕事よりも何よりも利用者に寄り添った支援をするためには名前を覚えることが必須なのだ。


「じゃあ西野さん、ここに座ってお話でもしましょうか。」

「ありがとう、今日は早く起きちゃって退屈していたから…。」


希美は西野さんは近くの椅子に腰掛ける。


「西野さん、今日は早く起きちゃったんですね。」

「はい、そうなんです。この歳になると朝早く目が覚めちゃって…、テレビを見ているのもゆったりしていて好きだけど、やっぱり人と話す方が楽しいから…」

「そうですか、私も西野さんとたくさんお話ししたいです。あの、失礼じゃなければですけど、年齢をお伺いしても良いですか?」

「今年で72歳になります。私たちの年齢で言うとおばあちゃんですね…」


西野さんはくしゃっと笑ってくすくすと笑う。

確かに高齢者だが、60代と言われても納得できるくらい若く見える可愛らしい女性だ。


そうだ、今日私が担当している場所は年齢で言えば高齢者のグループだった。私が担当しているのはもっと若い人向けのグループだったからあまり接点はないんだ。

それにしても、私たちの年齢で言うと?あぁ、なんとなくわかるような気がするけどなんだっけ?


「鈴村さん、だった?新職員みたいだけど今は何歳なの?」

「あっ、私は今年14歳になります。」

「14歳、若いわねー。私が14歳の頃はまだ私たちが学校に通っていたからねぇ…。まぁ私たちの話されても困るだろうけど…」


会話がわかるようなわからないような…、思い出せ、思い出せ…


「あっ、西野さん。担当の北山さんが今度の外出の希望を出して欲しいって言っていましたよ?希美ちゃんとお話しするのも良いですけど今日が締め切りなので今書いてしまったらどうですか?」

「あぁ、そうだった。いけないいけない。鈴村さん、ごめんなさいね。ちょっと失礼します。」


そういうと西野さんはそそくさと部屋に入っていく。

西野さんが部屋に入ったのを確認すると、未来先輩が話しかけてくる。


「西野さんは話が好きな人だから主導権を握られないように注意してね。まだ研修があっていないから知らないのも当然だけど、会話の中で質問を挟んで相手のペースで話をさせないことで会話を切り上げやすくなるわよ。使いすぎると利用者さんが嫌がるけど効果はあるから必要な時を見極めて使ってみてね。」

「はい、ありがとうございます。」

「ここだけの話、利用者さんのペースに合わせてばかりだとストレスも溜まっちゃうからね…」


今は西野さんとの会話を切り上げてくれたのか?

別に長い話だとは思わなかったし、不快ではなかったんだけどな。

やっぱり何か少し違和感を感じる…、そもそも西野さんって…

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