第14話 チンピラの話



 試合会場では色々な事が有り過ぎて、騒ぐことが出来なかった。でも工業高校の部室に戻った瞬間、お祭り騒ぎになる。トオルは不良たちに囲まれて、バシバシと背中や頭を平手で叩かれた。

 しばらくして騒ぎが落ち着くと、アンチャンの前に立ち深々と頭を下げる。

「シンヤ先輩のお陰で、勝ち残ることが出来ました。本当にありがとうございました!」

 盛大な拍手と口笛。野太い歓声が湧き上がった。


「僕は大した事してないよ。短い間に濃い練習を積み重ねて来た、トオルの実力だって」

 アンチャンはフニャリと笑うと、片手を軽く振る。それから部内の不良たちを軽く睨み付けた。

「皆、これからお祝いなんて言って、一杯引っ掛けたりしないでね。見つかったら自分が停学になるだけじゃなくて、トオルまで出場停止になっちゃうんだから」

 不良たちは皆、何かを言いたそうだったが、咳払いをしたり目を逸らしたりしている。



「祝い事どころの話じゃねぇぞ」


 メガネが舌打ちしながら、部室に現れた。後ろから大騒ぎしながらパンチが入ってくる。パンチは脇に二十代位の男を抱えていた。物凄く人相が悪い。チンピラにしか見えない。部室の不良たちがパンチからチンピラ受け取り、を羽交締めにする。

「おい。こいつ部室の外で、部室の様子を伺っていたぞ」

「そ、そんな事してねぇって、言ってんだろう!」


 はっきり言って下手なチンピラよりも、パンチやメガネの方が迫力がある。歯欠けや坊主頭も負けていないけど。不良たちに取り囲まれて、チンピラは震え上がる。さて、これからチンピラをどうしようか考えていると、ぽつりとつぶやいた。


「……これ拉致事件じゃねぇか?」


 その言葉に一瞬、不良たちが固まる。それを見てチンピラは、弱味を握ったような表情を浮かべた。確かに今、何か問題・事件を起こしたら良く無いことは、俺にも分かる。


「おら! 手を離せっての! これは問題行動だよな。協会に報告してやる」

 急に勝ち誇ったように、歯欠けの手を振り払うチンピラ。いつもなら強気の不良たちも今一つ、迫力に欠けていた。形勢逆転したのが余程、嬉しいらしい。歯欠けや坊主頭を小突き始める。


「遅くなった。ケンタを迎えに来たぞ」


 その時、カーチャンが部室に入ってきた。胡乱な空気を感じ取り、下顎に梅干の種を浮かび上がらせる。手早くメガネに状況を説明させると、眉を顰めた。

「部外者が入ってくんじゃねぇよ。今、大切な話し合いの最中なんだからよ。はスッこんでろ!」

「……どう見ても部外者は、お前のようだが。何年留年したら、その年まで高校生でいられるんだ?」

 一瞬、ポカンとするチンピラ。暫くして馬鹿にされたことに気がつく。顔を赤くしてスマホを振り回す。


「いいか。俺は不良高校生たちに、拉致監禁された被害者なんだよ! 早速、協会に連絡しなくちゃな!」

「連絡するなら警察が始めだろう」

 魔法の様な素早さで、チンピラのスマホがカーチャンの手に移る。何か操作しようとして、眉を顰めるとメガネに放り投げた。

「ロックが掛かってる。解除しろ」

 スマホのロック解除って、どうやるんだ? 暗証番号でも打ち込むのか? メガネはスマホをマジマジと見てから、チンピラの顔に翳した。ピコン! と音がする。


「解除しましたぜ。姉御」

「おい! 勝手に人のスマホを操作するな」

 詰め寄るチンピラを軽くあしらうと、メガネに位置情報検索アプリを調べるように命令した。

「トオル。お前の携帯番号を言え」

 トオルが電話番号を口にすると、すぐにメガネが手を挙げた。

「ビンゴ! ありました。アプリにトオルの番号が登録されています」


 それを聞いて、カーチャンはチンピラに目を向けた。

「お前らは、知り合いか何かなのか?」

「そんなガキ、知らねーよ」

 チンピラは横を向く。メガネは首を傾げる。

「通常、このサービスは電話番号持ち主の承認が必要なんすけどね」

 ギョッとしたチンピラ。カーチャンは、それを見逃さない。

「このスマホはお前の物で、間違いないな?」

「いや、そのアレだ。会社の携帯で……」


 それを聞いた瞬間に、カーチャンは自分の携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。

「これは学校やスポーツ協会で、捌ける問題では無い。警察への報告案件だ」

「勝手な事すんじゃねーよ!」

「そんなに慌てることはない。お前は被害者なのだろう?」

「いいから、その通話を切れ!」

 チンピラがガッシリと、カーチャンの腕を掴む。それを冷たい目で見つめるカーチャン。


「これは婦女子に対する威嚇と暴行だな。お前らも見たな」

『うっす』


 ズバーン!


 チンピラは腕を極められ、足払いを掛けられた。そのまま腕を抑え込まれて、身動きが取れなくなる。あれ? これと同じ動きを、今日の試合会場でも見たよな。カーチャンも柔道の黒帯なんだろうか。

「私人逮捕だ。男子高校生に対するストーカー行為の現行犯と、婦女子に対する暴行行為。警察が来るまで、この男を取り押さえておけ」

 歯欠けと坊主頭が、慌ててチンピラを押さえ付ける。


「それだけ聞くと、このチンピラさんは両刀使いの、ド変態みたいだよねぇ」

 フニャリと微笑むアンチャンを見て、カーチャンは鼻を鳴らす。

「お前がシンヤか。最近、トオルから良く聞く名前だ。今日は良くやった。だが余り悪さをするなよ」

 ハーイと両手を上げるアンチャン。何だか緊張感がブツ切れになった。暫くするとサイレンの音が鳴り響き、パトカーが構内に入って来る。


 学校内に残っていた先生たちが、慌てて部室に集まって来る。それから顔見知りらしい警察官や関係者との、打ち合わせを手早く済ませるカーチャン。チンピラは喚き声をあげているが、誰も相手にしない。



「俺たちだけなら、どうなっていたことやら。やっぱり赤鬼の姉御は頼りになるな。敵に回さなければだけど……」


 メガネはコッソリと呟く。それからパンチと二人で肩を竦めていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る