第13話 決勝戦の話
トオルと茶髪の決勝戦が始まった。
今回の大会で一番体重の重い、ライトウェルター級が最後の試合となる。否応なく盛り上がる会場。俺はリングサイドのセコンド席に座っている。
本当は部外者が此処に居たら駄目らしいが、係員にトオルの弟だとアンチャンが嘘を言っていた。そんな事でいいのかな?
レフリーの事前注意を、ヘラヘラ笑って聞いている茶髪。トオルは一つ一つに頷いていた。高校生の公式試合は一ラウンド二分間で、三ラウンド制らしい。プロに比べると、極端に試合時間が短いと言っていた。
俺に言わせれば二分間全力疾走したら、ヘトヘトになって次のラウンドに、立っていられないと思うけどな。
そしてゴングが鳴った!
距離を詰めようとするトオルと、距離を取ろうとする茶髪。自然とトオルはリングの中央に、茶髪は周りを時計回りに回り始めた。茶髪は小さなパンチ(ジャブというらしい)を小刻みに出して、トオルを牽制する。
ジャブの合間を縫って、トオルが茶髪に肉薄する。
フワリ
茶髪がトオルに抱き付いた(クリンチというらしい)。クリンチすると審判が飛んできて、二人を引き離す。折角トオルの距離に入っても、何度もクリンチで逃げられる。その内、トオルが首を回し始めた。
「おい、あの野郎、首を腕で抱えてやがるぞ。首相撲じゃねーか!」
歯欠けが罵声を浴びせる。するとレフリーが近づく前に、茶髪が身体を離した。ガクリとトオルが膝を付く。
「離れ際に肘を入れやがった! レフリー! 反則だ! 反則!」
トオルはゆっくりと立ち上がった。レフリーに注意されている茶髪はヘラヘラと笑っている。試合が再開されると茶髪は一瞬、後ろを向いたと思ったら大ぶりの右の裏拳を入れて来た。
「ピポットブロー! キックボクシングじゃねーんだぞ!」
どうやら必要以上に身体を回転させると、パンチが見え辛くなるらしい。これも反則だ。
カーン!
第一ラウンドが終わった。トオルがコーナーに戻って来る。アンチャンが汗を拭いて、うがいをさせた。
「ひょっとすると反則点より、ダウンの方がポイント高いかも」
「うっす」
俺も思わず、口を挟んだ。
「おいトオル! あんな卑怯者に負けるなよ」
「おう、任せとけ。見てろよ」
カーン!
ゴングが鳴って第二ラウンドが始まる。その前に茶髪はレフリーに何か言われていたが、ヘラヘラ笑っていた。トオルは猛然と突っ込むが、ヒラヒラと躱し続ける茶髪。
「不味いな。ポイント稼ぎが成功したと思って、逃げ始めたか」
歯欠けが舌打ちする。しかしトオルは焦らない。ジリジリと茶髪を追い詰める。もう少しで近づけると思った所で、珍しく茶髪からパンチを出した。トオルは動かずに肩でブロックする。
「足! 足踏んでるぞ」
歯欠けの罵声。トオルは動かなかったのでは無くて、足を踏まれて動けなかったんだ。そのパンチは肩でブロックしていても、有効打としてポイントになるかもしれない。
卑怯の百貨店みたいな茶髪は、二ラウンド目も逃げ切ったと思ったのだろう。大きく息を吸い込んだ。その瞬間、
グン!
トオルの身体が沈み込む。気が付いたら茶髪の懐に飛び込んでいた。慌ててクリンチに見せかけた肘を当てようとする茶髪。
ズシン!
肘がトオルの肩に届く前に、鉤状に曲げた左フックが、茶髪のボディに撃ち込まれた。一撃で茶髪はマウスピースを噴出す。連続してドスドスと、左右のフックが叩き込まれた。堪らずにロープ際まで吹っ飛ばされる。
ドゥ。
茶髪が倒れカウントが開始された時、二ラウンド終了のゴングが鳴った。でもカウントは続く。その状況に相手側陣営のヤジが爆発した。
「ゴングが鳴っただろう! カウントを止めろ!」
「おいレフリー! 今、相手のダッキング(相手のベルトラインより下に頭を下げる行為)じゃねぇのか?」
しかしヤジを無視して、カウントは続く。テンカウントを数えてレフリーが、片手を大きく回すと会場中に声援が湧きたった。俺も両手を上げて歓声を上げる。
「お前、ふざけるなよ! 不当審判だろうが」
ニキビ面がレフリーの胸倉を掴み上げた。その手を冷ややかに見つめ、何事かを囁く。それを聞くでも無く、興奮したニキビ面が拳を振り上げた。
バァン!
レフリーは冷静に胸倉を掴む手首関節を極め、素早く足払いを掛ける。ニキビ面が気付いた時には、顔からマットに落とされて、レフリーに腕を抑え付けられていた。
大会関係者たちが続々とリングに上がって来る。一時パニックみたいな大騒動になった。
大荒れのライトウェルター級決勝戦は、トオルのKO勝ちになった。相手側からの二つのクレーム(ラウンド終盤のカウント、トオルのダッキング行為)は、完全に排除される。またKO負けではなく、反則負けにしてもらいたいとの要望も却下された。
これは茶髪の戦歴にKO負け数を少しでも減らし、箔を残したいという狡すっからい要望だったようだ。
さらに私大付属高校には、二つの反則行為が認定された。茶髪のトランクスが長すぎ、ベルトラインが著しく上がっていた事。ニキビ面によるレフリーへの暴力行為である。
トランクスの件はベルトラインの位置を上げて、トオルの持ち味である低位置からの接近を防ぐ為だったんだろう。
再三に渡りレフリーから注意されていたにも拘らず、茶髪はトランクスを着換えたり、高さを改善しなかった。
「本当にアイツ、トオルの事、研究していたんだね。まるで裸の大将みたいな恰好だったけど、そうまでしてでも勝ちたかったんだろうねぇ」
アンチャンはフニャリと笑う。そしてもう一つの反則行為が、致命的だった。
レフリーへの暴力行為。実際にはボクシングライセンスの他に、柔道の黒帯でもあるレフリーにケチョンケチョンにされてしまった。これはニキビ面が暴れたせいで、茶髪が反則負けになったという言い訳を用意していたらしい。
でも実際には二ラウンドKO負けと判定される。そして度重なる反則行為と合わせて私大付属高校は、一年間の公式試合出場停止を言い渡されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます