第12話 対戦相手の話



 今日はトオルの決勝戦がある。今日勝てば県大会優勝で、インターハイの出場権がゲットできるらしい。歯欠けたちの威嚇のボルテージは、最高潮に高まっていた。これまでの試合で脱落した学校が多いから、今日参加している学校は初日の半分以下だろう。

 でも観客は初日の倍以上に増えていた。トオルに近づく全て人間を威嚇しながら、工業高校ボクシング部は試合開始を待っていた。


「相変わらず、ガラの悪い連中だな」


 揃いの青いユニホームを着た、茶髪、出っ歯、ニキビ面の三人の選手が現れた。歯欠けたちと比べると、洗練されて都会的に見える。私立大学附属高校の、ボクシング部選手たちらしい。でも何か嫌な雰囲気だ。工業高校の生徒と話をしているのに、他のことを考えているような。

 どうやら三人の中で茶髪が、トオルの決勝戦での対戦相手みたいだ。


「まぁ、俺が圧勝するとは思うけど、今日は宜しくな」


 ヘラヘラ笑いながら右手を出した。でもトオルは茶髪の顔を眺めるだけで、口を開かなければ、握手もしなかった。三十秒ほどして手を引っ込める茶髪。

「やっぱりここの高校は、勉強もできなければ礼儀も知らないんだな」


 ガタリ!


 歯欠けたちが無言で立ち上がる。三人を取り囲むように動き出すと、アンチャンがパンパンと手を鳴らした。

「はい、熱くならない。熱くならない。後ろのカメラマンに、良いシャッターチャンスをあげちゃう事になるよ」

 誰もカメラなんか構えていないのに、何を言っているのだろう。良く見ると後ろに立っている出っ歯の耳のイヤホンの形が可笑しい。ワイヤレスホンではなく、後ろから細いコードが見えていた。


 しかも片方のイヤホンを手で弄り回している。舌打ちしながら歯欠けが、そのイヤホンを引き千切る。

「これイヤホン型の隠しカメラだ。イヤホンが集音器になっているから、普通に動画が撮れる奴だ」

「これで彼らを囲んで何かしたら、画像がSNSに拡散されちゃうよねぇ。これまでの画像は、こっちでも撮っているけどさ」

 アンチャンはスマホをフルフルと揺らした。


「相変わらず姑息っすね。シンヤ先輩に手も足も出せずにボコられたのが、そんなに悔しかったんすか?」

 吐き捨てるように、トオルは口を開いた。茶髪は表情を引き攣らせる。

「シンヤなんて目じゃねーよ。お前だって、俺の戦歴を知っているだろう? インターハイ二年連続、今年もお前をブチのめして、三年連続出場予定のモンスターだぞ」

「一年の頃は先輩に負けて二位。去年はウチが出場停止だったっすけどね」

 それを聞いて茶髪は、怒るどころかニンマリと笑った。


「本当に不幸な話だよなぁ。酷い事故もあったもんだ。そこのニヤけた男は、一生ボクシングが出来ないんだって? お前もそうならないように、せいぜい気をつけるんだな」

 周りの雰囲気が最悪になる。物凄い形相をした坊主頭は、茶髪の胸倉を掴みそうな勢いだ。俺は坊主頭と茶髪の間に、身体を滑り込ませる。

「こんな馬鹿の相手をしてたら、アンチャンたちも馬鹿になっちゃうぞ。コイツらはアンチャンたちの悪い画像を撮りたいんだろう? カメラは出っ歯のだけじゃ無いかもしれない」


「何だい、このチビッコは? 育ちの悪そうな、貧乏人の顔をしているなぁ。でも頭の作りは、お前たちより上等かもしれないぞ。俺たちに手を出したら、どうなるか分かっているだろう?」

 また、一年間の出場停止かなぁ、と高笑いする。坊主頭は舌打ちをして、地面を蹴り付けた。勝ち誇ったような茶髪に、俺は声をかける。

「おい、お前。そこの出っ歯と握手してみろ」

「突然、何を言い出すんだ。このチビッコは?」


 明らかに動揺したような顔で、茶髪は横を向いた。

「お前、トオルと握手しようとした右手を、これまでどこにも触っていないし、動かしもしてないよな。何か仕掛けがあるんじゃないか?」

「……仕掛けなんかある訳ないじゃん」

「じゃあ、握手できるな」

 全員の視線が茶髪に集中した。今までのヘラヘラした様子が激変して、チンピラみたいな表情に変わる。


「何だ、このガキ。そんなに気になるなら、お前の顔と握手してやるよ」

 テープで巻かれた茶髪の右手が、凄いスピードで俺の顔に迫って来た。余りの速さに歯欠けや、アンチャンも対処が遅れる。


 ビッー!


 俺のポケットから防犯ブザーの大音量が流れ出した。慌てて手を引く茶髪。キョロキョロと辺りを見回して、舌打ちするとその場を後にする。ニキビ面と出っ歯も後に続いて逃げ出した。

 俺は防犯ブザーを弄くり回すが、止め方が分からない。ヒョイっと防犯ブザーを、アンチャンが手に取って電源を切った。それからフニャリと微笑む。


「流石、赤鬼の息子さんだねぇ。本物の刑事さんみたいだったよ。どうして右手の、不自然さに気が付いたの?」

「そんなのしばらく見ていたら、誰でも気が付くぞ。右手にしかテープを巻いていないのも、おかしいだろう。それより防犯ブザーの使い方は、あれで良かったんだよな。悪い奴がいたから鳴らしたぞ」

「うん。使い方は百点満点だよ。でも、もうあんなに危ない事はしないでね」

 俺は小首を傾げた。

「これだけ一杯、味方がいるんだから危ない訳ないだろう」


 キョトンとした顔をするアンチャン。しばらくして腹を抱えて笑い始めた。

「あははは。ケンタ君は最高だなぁ。ねぇ、みんな。アイツらの顔、見た? 凄く焦っていたよね。」


 厳つい不良たちにも笑いが感染し、試合前のトオルも苦笑する。

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