第6話 友達の話



 カーチャンは面倒臭そうに、パンチたちとの説明を始めた。彼らが此処の学生だった時、暴走族のメンバーだった事。カーチャンは交通課の警官として、を行った事。今は警察官を退職して、専業主婦をしている事。


「もう警察官げんえきじゃ無いんだったら、そんなにビビらなくても良いんじゃないすか?」


 それを聞いた歯欠けは、小首を傾げる。パンチは青い顔をして両手を振った。

「馬鹿野郎! 現職の時は、他の警官が俺たちを護ってくれたんだよ。今、ここにいるのは赤鬼だけじゃないか! コイツの暴走を止める奴が、いないだろうが」

「赤鬼ってなぁに?」

 アンチャンがヘラヘラ笑いながら聞いた。パンチはゲンナリした顔で、言葉を続ける。


「この姉御が暴れ始めると、顔色が赤くなるだけじゃなくて周り迄、で赤くなるんだよ。本物の鬼みたいだろう?」

「……赤鬼のバックには青鬼が居て、これがまた酷いんだ」

 パンチの言葉の後を、メガネが引き取る。本当に酷い目に合って来たのだろう。言葉の説得力が、不良とは思えないほど強かった。カーチャンは冷めた目で、二人を眺めている。


「楽しい昔話は、これぐらいで良いだろう。倒れているトオルは、私が送って行こう。それから、お前ら。一週間以内に、あの下品な車をノーマルに戻しておけよ」

「ええ、そんな! あの愛車には一年分の労力と、給料の大半を注ぎ込んだのに」

 パンチの悲鳴。アンチャンが半笑いしながら、二人を庇う。

「今時、こんな昭和チックな暴走族なんて、Utubeか漫画でしか見れないよ? 貴重な文化財だと思うんだけどなぁ」


「こんな馬鹿げた文化財があってたまるか。こんな物を後世に残したら、それこそ人類の汚点だ。いいな、ノーマルに戻した車を見せに来いよ」

 ガックリと首を落とした二人は、返事もせず膝を落とした。まわりの不良たちが、何やら気の毒そうな表情を浮かべている。言うだけ言ったカーチャンはトオルを運ぶ車を、部室に着ける為にサッサと部室を出て行った。



「本当に、大丈夫か?」


 俺とトオルはカーチャンの運転する、車の後部座席にいた。もう普通に話しているし、身体に異常は無いみたいだ。

「あぁ。左ストレートを一発で、チンに入れられちまった。意識だけを綺麗に刈り取られちまったよ。他の先輩に貰ったパンチの方が、ダメージが残っているかもしれない位だ」

「ヘラヘラしているのに、アンチャンは強いんだな。あんなに厳つい先輩たちに勝っていたトオルを、簡単に倒しちゃうんだから」

 トオルは肩を竦めた。しばらく言おうか言うまいか、考えていたようだが結局口を開く。


「シンヤ先輩に、ぶっ倒されて俺は少し助かったと考えているんだ」

「何言ってんだ? 意味が分かんないぞ」


 トオルは言う。新人である一年生の自分に、倒された二・三年生は表には現さないが、内心は非常に面白くない。何しろ喧嘩しか取り柄の無い、ボクシング部員地域不良の集合体である。

 部員の誰もが自分の戦闘能力に、絶大な自信を持っていた。


 そんな彼らがボクシングを始めて、数か月の後輩に手も足も出ない。努力や才能の違いを頭では分かっていても、気持ちの整理が追いつかないのである。一年坊になんか勝てて当然で負ければ、面子丸潰れと考える輩ばかりなのだ。

 そんな生意気な一年生も、シンヤには一撃でリングに沈められる。これで何とか先輩としての面目を保つ事が出来たと、溜飲を下げている輩も居るに違いない。


「何だ、不良って面倒臭いんだな。年上だって、年下に敵わない事くらいあるだろ。すること全部が、年下より上なんてことは無いよな。小学生でもその位、分かるぞ」

「俺たちの学校では勉強で負けても、平気な奴らばかりなんだ。でも喧嘩だけは別なんだよ。俺も含めて腕っぷししか、取り柄の無い馬鹿なんだから」

 その中でもアンチャンの強さは、別格だったらしい。トオルと同じ一年生の時、県大会優勝を果たしたのだ。


「インターハイ出場権もゲットした。日本一になる事だって夢じゃなかったんだ。でも……」

「でも何だ?」

 俺の質問に、トオルはハッとした表情を浮かべた。それから小さく首を振る。

「……何でもない。シンヤ先輩が話さないのに、俺が喋る訳にはいかない」

「そうか。分かった」

 あっさり頷いた俺に、トオルはため息を付く。

「淡白というか、分かりが良すぎるというか…… お前、学校で友達いるのか?」

「友達位いるぞ。トオル、お前も友達だ」


 キョトンとした顔のトオルは、顔を赤くする。

「おい! お前と俺の年の差が幾つあると思ってんだよ。先輩か年上のお兄さん位にしとけよ」

 後部座席でギャーギャー言い合っていたら、ハンドルを握っていたカーチャンが、ボソリと口を開いた。


「中学生の頃のお前は、暴れまわるだけのただの馬鹿だった。今日のお前は、理屈のある馬鹿くらいに成長している。これは凄い事だ。お前をここまで育ててくれた、周りの人たちに感謝しろよ」

「なぁ、カーチャン。どっちにしてもトオルは馬鹿なのか?」

 俺は小首を傾げた。トオルは下を向いて口を開かない。暫くして


「うっす」


 と、だけ返事をする。それから家に帰るまで、一言も口を利かなかった。カーチャンは前を向いて、運転だけをしている。

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