(番外編)第5話 ユズル君ち
ユズル君の家は「料亭 永瀬」という小料理さんだった。作りはさほど大きくはないが、入口は白木の格子戸で「料亭 永瀬」と染め抜いた暖簾がかかっている。
私たち4人、ユズル君の担任の先生と私とルアン、レイナはユズル君の案内で、勝手口から家に入った。
ユズル君のご両親に、ユズル君のことで相談したいことがあると担任の先生が申し入れをしたのだ。
「ユズルが何かしたんでしょうか?」
最初、ユズル君のお母さんは先生の訪問を渋ったらしい。
「いえ、そういう訳ではありません」
「では、どういうご用件でしょう?」
「それはお会いしてからお話させていただきたいのですが」
先生が粘ってなんとかお母さんだけでもという条件付きで今日の家庭訪問が実現した。
ユズル君のお母さんと担任の先生、そして私の3人が座敷で向かい合わせに座っている。ルアンたち3人はユズル君の部屋で待機している。
「せっかく来てもらって申し訳ないんですけど、お客さんが立て混んでますので、できるだけ手短にお願いします」
最初から迷惑だという雰囲気を隠そうともしないお母さん。お茶も出さない。歓迎する気はまったくないらしい。
「ユズル君があまり学校になじめていないことはご存じですか?」
「さあ、そうなんですか?それが何か?」
「何かって……」
「ユズルが誰か人様にご迷惑をかけたんでしょうか?」
とにかく早く話を切り上げたいらしい。正座している腰から下がそわそわしていることから分かる。
「学校のことは私どもに言われても困ります。そのために先生がいるんでしょう?」
言葉使いが段々とげとげしてくる。半分喧嘩ごしだ。
「ユズル君はご両親が自分に関心がないと思っています。それでものすごく寂しい思いをしているんです。もう少しユズル君のことを気にかけてあげてもらえませんか?」
お母さんは「ふー」とワザとらしく大きくため息をついた。
「分かりました。話がそれだけでしたらもうお帰りいただけますか?それは私どもの問題ですので、後でユズルとよーく話し合ってみます」
先生がぐっと言葉に詰まった。
「お母さん、ユズル君のアルバムってありますか?」
「あなたは、どなたさんですか?」
今初めて存在に気づきましたって感じで、すごく怪訝そうな顔をされた。
「私は山下歩海っていいます。ユズル君とは姉、弟のように親しく付き合わせてもらっています」
「ああ……あなたが」
なんかユズル君から聞いてたのかな。ちょっとお母さんの表情が緩んだ感じがした。
「ユズル君のアルバムはありますか?」
「まあ、ありますけど……」
「見せていただくことは出来ませんか?」
お母さんは「ふう」と小さくため息をついた。話を聞いてくれる気になったのかもしれない。
「ちょっとお待ちください」
そう言って出て行った。担任の先生が何をするつもりかと不安げに私を見ているのが分かる。間もなくお母さんがアルバムを抱えて戻ってきた。
「これですけど……」
5、6冊はあるようだ。
「これが一番古いものです」
やっぱりそうだ。ユズル君が生まれたときからずっと。これは幼稚園か保育所の入園式、小学校入学式、学芸会、運動会、一年生からずっと。
「これをユズル君に見せたことは?」
「別に隠してるわけやないんですけど、うちは料亭やってますやろ。二人揃ってあの子の学校行事に行くことはできませんのや。そやからどちらか一方が抜け出して写真だけ撮ってくる。あの子に見つかったら「帰らないで」って言われるに決まってる。そんなん言われたら帰れんようになる。そんなんやからアルバムのこともつい秘密みたいになってしもて」
どうして、どこの親もこんなに不器用なんだろう。お互いに愛しているのに。
「お母さん。私の両親もお店をやってて、全然学校行事に来てくれたことなくて、旅行にも連れて行ってくれたことなくて。私ずっと両親は私に興味がないんだって思って拗ねて育ちました。私がアルバムを見つけたのは両親が事故で死んでしまってからずっと後でした。両親の部屋の遺品を整理しているとき、箪笥の引き出しから見つけたんです」
「……」
「ユズル君には私と同じ思いはして欲しくないんです。今ならまだ間に合います。3人でこのアルバムを見て話をしてください!」
帰り際、お母さんは私たちを玄関まで見送ってくれた。いつの間にか私たちの靴が玄関の上がり框に並べられていた。
私たちを見送るユズル君のお母さんからは最初の険しい表情は消えていた。きっとこれが彼女の本来の顔なんだろう。
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