(番外編)第1話 授業参観

「歩海、これ」

「なに?」

 ルアンとレイナが差し出したのは授業参観の案内のプリントだった。 ルアンとレイナは同じクラスだから彼女たちが差し出したプリントの内容はまったく同じものだった。

 孫パパとママがこの夏に世界旅行に旅立って以来、私の立場はルアンとレイナ、二人の恋人、兼、保護者代理である。

 二学期が始まって間もなくの9月のこと、勤務先のニイハオ鍼灸院から帰宅した私は大急ぎで夕飯の支度をしているところだった。

「土曜日の午後だね。大丈夫。鍼灸院は午前中だけだから行けるよ」

 まあ、もし休みでなかったとしても休みをもらうけど。

 二人の学校行事、イベントには必ず参加すると決めている。


 私の両親は「カフェ山下」って言うお店をやっていたから忙しかったし、定休日が水曜日だけだったから、私が子供のころ学校の行事にはほとんど不参加だった、とずっと思っていた。

 でも実はこっそり見に来てくれていたことを知ったのは両親が事故で亡くなったずっと後だった。

 それまで私は両親が私に関心がないものと思い込んで拗ねた少女時代を過ごし、そのことが私の性格や人付き合いによくない影響を与えたと思っている。だから万一にもそんな思いをルアン、レイナにさせることだけは絶対にしてはいけないと固く誓っていた。

 

 ところで、授業参観って何着ていけばいいのだろう。私の記憶ではお母さんは着物、お父さんはスーツというイメージがある。

 私は着物なんか持ってないし、会社勤めをしたことがないのでスーツすら持っていない。

「普段着でいいよー」って二人は言うけど……

「じゃあ、スエット、トレーナー、サンダルで行っちゃうぞ!」

「いや、それはちょっと困るかも……」

「歩海はスタイルいいからジーンズでもいいと思うよ。ただし足元はパンプスで。上は白のブラウスかな」

「歩海はショートヘアでちょっとボーイッシュな感じするから、タイとかしてもカッコいいと思う」

 二人から具体的なアドバイスをいただく。それなら別にわざわざ買わなくてもあるもので行けそうだ。


 ある平日、学校帰りらしくランドセルをしょった子供がニイハオ鍼灸院にやって来た。鍼灸院に子供が来ることは珍しい。たまにスポーツをやってる子が筋肉痛や腰痛、関節痛なんかで来ることはあるけど、私の知る限り最低でも高校生以上の子だ。だから小学生らしきその子のことが印象に残った。


 問診票によると(個人情報を必要以外で見ることは本当はいけないんだけど……)、

 年齢は12歳、小学校6年生だろう。ルアン、レイナと同い年。

 住所からして小学校もたぶん同じ。

 名前は永瀬弓弦(読み仮名によるとナガセ ユズル)君。(下があの有名なフィギュアスケートの選手と同じ名前!)

 症状の欄には『偏頭痛』と書かれていた。

 

 孫先生はマッサージ用のベッドにうつ伏せに寝るように指示し、その子の背中、肩甲骨周り、肩、首筋をゆっくりとマッサージしていく。孫先生はマッサージしながら色々と世間話をするのが常だ。

「偏頭痛が起こりだしたのはいつ頃から?」

「スマホは一日何時間くらい見てる?」

「ゲームなんかはするの?」

「今ハマってるゲームってなに?」

「夜はよく眠れる?」

「ご飯は三食三度ちゃんと食べてる?」

「好きな食べ物はなに?」

「得意な科目はなに?」

「ご趣味は?」

 病気と関係あるのかなと思うような質問もあるけど、まあ、世間話として聞いてるんだろう。ユズル君もいちいち几帳面に答えている。


「学校は楽しいかい?」

 そう孫先生が問いかけたとき、ユズル君の顔が強張ったよう見えた、のは嘘。うつ伏せ状態のとき、顔はベッドに穿たれた穴に嵌っているからその表情は見えない。急に黙ってしまったのでそんな気がしたのだ。しばらくして、

「あんまり……」とユズル君は答えた。

「友達はたくさんいる?」

「いえ……友達はいますけど、仲がいい子はいません」

 仲が良くない友達って、友達なのかな?

 その日は30分ほどマッサージをして、次回の予約をして会計もちゃんと済ませ、ユズル君は帰って行った。


「うーん、あの子の偏頭痛の原因は周りに話し相手がいないことだな。色々言いたいことを頭にため込むから頭痛が起こるんだね。それに友達もいないようだし学校も楽しくないようだ。そもそもあまり学校に行けてないみたいなんだよね。登校拒否とか引篭りとまでは行ってないけど、このままじゃ時間の問題だなあ」

「一番の問題は、あの子の両親があの子とちゃんと向き合っていないことだ。両親がちゃんと話を聞いてあげてれば、ここまでひどいことにはなっていないはずだ」

「あの子は両親が自分に関心がないと思っている。暴力じゃなくても、親が子供に関心を払わないのは虐待と同じことだよ」

 どこかで聞いたような話だ……

 さっきの会話から分かることもあるだろうけど、両親との関係までどうしてして分かるんだろう。


「心は体に現れるからね。だいたのことは『筋』に触れば分かるよ」

 そんなことマッサージ学校では習わなかったぞ。本当かな。

 そう言えばこの先生、私をマッサージ助手として採用するとき、何も聞かないで私の背中や肩や首筋を触っただけだった。

「歩海君のことも、おおよそは分かったよ。君、バージンでしょ?」

「ぎやー!!そんなことまで分かっちゃうんですか!?それってセクハラですよ!セクハラ発言ですよ!!」

 あはは、と先生は全然悪気のない顔で笑った。

 本当かどうか若干怪しいけど、私はユズル君の情報をマッサージを施すものとして一応心に留めておくことにした。



 ルアンとレイナの授業参観は英語の授業だった。

 この頃は小学校から英語を習うんだと言うことをこのときはじめて知った。

 クラスの生徒全員が順番に英語で自己紹介をするというのが今回の授業内容らしい。この日のために事前に準備したらしく、みんなすらすらと英語で自己紹介している。ただ暗記したことをそのまま喋っている感は拭えないけれど。


 先生がアドリブで質問を挟んだりすると、たいていの子はあわあわして答えられなかったり、そもそも何を聞かれているのか分からない子が小首を傾げて苦笑いを浮かべる姿など、見ている側としてはそこが一番おもしろい。(生徒たち、すまん!)


 英語の先生は金髪の外国人男性で、年齢も結構若いんじゃないかな、なかなかのイケメン。参観するお母さんとしては眼福というおまけ付きの、なかなかお得な授業参観である。私は興味ないけど。


 さて、いよいよルアンの番が来た。がんばれルアン!心の中で声援する。

「My name is Son-Ruan.12 years old. I'm from China, but my nationality is japanese. My favorite food is Katsudon. Thank you for listening」

(私の名前は孫ルアンです。12歳です。私は中国出身ですが、国籍は日本です。好きな食べものはかつ丼です。ご静聴ありがとうございました)

「Oh,I like Katsudon,too. By the way、what do you like about it?」

(うん、僕もかつ丼好きだよ。ところで、かつ丼のどこが好き?)

「Hmm…The combination of juicy Tamagotoji and pork cutlet is the best!」

(うーん……ジューシーな卵とじとトンカツのコンビネーションが最高!)

「I see! Thank you Ruan」

(なるほど!ありがとう、ルアン)


 ルアン、すごい!英語喋れるんだ!参観のお母さん方からため息がもれる。みんなびっくりしてるんだ。続けてレイナの番。

「My name is Son-Reina.12 years old. I have twin sister. Ruan is my older sister. My favorite food is Katsudon,too. Thank you for listening」

(私の名前は孫レイナです。12歳です。私は双子の姉妹がいます。ルアンは私のお姉さんです。私の好きな食べものもかつ丼です。ご静聴ありがとうございました)

「Thank you Reina. Is your sister kind?]

(ありがとうレイナ。お姉ちゃんは優しいかい?)

「Of course. she's kind! If I don't say so, I will be beaten」

(もちろん優しいです! もしそう言わなかったら、殴られちゃう)

「oh that's tough!」

(ああ、そりゃ大変だ!)

 この冗談を聞いて笑ってるのはレイナとルアンと先生だけだった。

 

 土曜日の午後は授業参観だけで終わり。みんな参観に来てくれたお父さんやお母さんといっしょに帰っていく、のだが私は担任の先生に呼び止められた。

「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 ルアン、レイナの担任の先生は、たぶん20代と思われるわりと若い女の先生だった。

「ルアンさん、レイナさんのクラスの担任をさせていただいている斎藤と申します」

「山下歩海です」

「失礼ですが、山下さんはルアンさん、レイナさんとはどういうご関係なんでしょうか?」

 ご関係ときたか、婚約者です。

「血縁関係のあるご親族の方ですか?」

「違います」

 こう言う質問がくることはあるだろうと、前々から頭の中で準備していた答えをそのまま喋った。

「私はルアン、レイナのご両親に大変お世話になったものです。現在、二人のご両親は仕事で海外に赴任されておりますので、その間は私が保護者の代理として二人のお世話(?)をしております」


「ルアンさんとレイナさんが婚約をしていると言うのは本当ですか?」

「え!?それは誰に聞かれましたか?」

「二人がクラスの子たちに話しているのをたまたま聞いてしまいました……」

 ルアンたち、みんなに話してるんだ。隠してるのかと思っていたからなんか嬉しい。

「ご両親がご不在だし、悪い人に騙されているのではないかと心配になって……」

 余計なお世話です。

「あの子たち、すごくかわいいし、素直ないい子だし、明るくてクラスの人気者だし……」

 確かにそのとおりなんだけど。なんだ、この先生? えらく二人のこと持ち上げるな。興奮して顔も紅潮してるみたい。これは釘を刺しておいた方がよさそうだ。

「婚約しているのは本当です。相手の方は二人のご両親とも知り合いで、ちゃんと婚約の許可ももらっているみたいですよ」

「……そうなんですか」

 がっかりしてる。やっぱりね。でもしょうがない。ルアンとレイナは私のものなんだから。




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