第6話 どうして好きなの?

 孫パパ、ママが神戸へ帰って行き、カードや通帳の復活手続きを終え、私の店を再び訪れたのは5日後だった。その間に私とルアン、レイナは色んなことを話した。


「私はお父さんやお母さんが死んだときにも泣かなかったんだ。二人は私が小さい頃から店の切り盛りで忙しくてほとんど遊んでもらった記憶がないの。参観日とか運動会とかの行事に来てくれたことはないし、友達が家族で旅行に行った話とか聞くのめっちゃ嫌だった。どうして私の両親は私を何処にも連れて行ってくれないんだろうって思ってた」


「私の父と母が死んだのは私が20才の時で、仕入れから帰る途中の事故だった。私が喪主としてお葬式を挙げなくちゃいけなかったんだけど、どうしていいか分からなくてあわあわしてたってこともある。全部終わって気が付いたら私はこの家で独りぼっちだった。その時初めて、それまでも独りぼっちだったんだなーって気づいたんだ」


「この店を継いだのは、別にやりたかったって訳ではなくて、他にやりたいことがなかったし、何の資格も持ってなかったから、就職するよりいいかなーって思っただけなんだ」


 今まで誰かにこんなことを話したことはなかった。話したくても話せる相手もいなかった。我ながら情けない打ち明け話だ。


「歩海さんはどうして私たちが好きなの?」


「最初一目見たとき、かわいい子たちだなーて思った。そのうち明るくて性格もかわいいって分かってますます好きになった。でも自分の気持ちに気が付いたのは二人がいなくなってから」


「心の中にぽっかり穴が空いたみたいになっちゃって、二人の存在が私の中でこんなに大きくなってたんだなって気づいた。会えないことが寂しくて、たとえダメでも、せめて気持ちだけは伝えようって決めたんだ」


「歩海さんはたぶん私たちに家族のイメージを求めているんだと思う。独りぼっち寂しい。誰かと一緒にいたい」

 ルアンの指摘が厳しい。確かにそうかもしれない。でも、


「でも、あなたたちじゃなかったらこんな気持ちにはならなかったよ。今までだって寂しいと思ったことなかったし。二人のことが好きになって初めて自分が独りぼっちだって気付いたの」


「うん、分かってる。歩海さんの気持ちを疑ってるのと違う」


「私たちもたぶん、歩海さんに本当のお母さんのイメージを重ねてるんだと思う」

「本当の、お母さん?」

「今のお母さん、私たちの本当のお母さんと違う。お母さんの妹だった人」

「そうなの……」

「血縁重んじる。中国ではよくあること」


「パパ、中国でのこと話したでしょ。私たち、お母さんと私とレイナ、武器もった男たちに監禁されてたことあった。パパが必死に戦って助けてくれて四人で逃げた。でもその途中でお母さん見えなくなった。パパは私たちに逃げなさいって言って、自分だけ戻って行った。でも、戻って来たとき、パパ一人だった。それでパパ、中国捨てること決めた。日本へ出発する前、お母さんの実家に寄ってお母さんのこと報告した。そのときお母さんの妹だった人、日本にいっしょに行くことになった」


「パパ、独りぼっちで寂しかった。心の隙間うめてくれる人必要だった」

「だから今のママがお母さんになってくれた」

「今のママ優しい、大好き。でも本当のお母さん違う」

「私たち、歩海さんに本当のお母さんのイメージ重ねてる。たぶん」

「私たちも歩海さんと別れた後、寂しくて、早く歩海さんに会いたいってパパに言ってた」

「実はパパのお金盗んだの私たち」

「ええ!?」

「だって早く帰りたかったんだもん」

「内緒ネ」


 そこまでして私に会いたかったんだってことは分かった。その気持ちはすごく嬉しい。でも、私たちのことを理解して許してくれた孫パパやママに秘密は作りたくない。

「今度パパとママが来たとき話そうね。私も一緒に謝るから」

 ルアンとレイナは顔を見合わせている。

「うん……分かった」

 素直でかわいい!


「ところでなんだけど、私たち、歳は離れているけど恋人同士みたいなもんでしょ。私のこと名前で呼んでくれないかな」

「歩海さん?」

「だから『さん』なしで」

「歩海」

「うわっ……!」

 私は思わずのけ反った。すごくいい感じ。歳の差を感じさせない本当に恋人同士って感じがする。


「レイナも」

「歩海」

「うおっ……!」

 今度は頭を抱えてうずくまる。名前を呼ばれただけで、こんなにいい気持ちになるなんて。

「なんか面白いネ」


「歩海」

「うくっ……!」

 耳から全身に快感が走る。呼び捨てにされることがこんなに嬉しいなんて。私ってMのケがあったのかな。


「歩海」

「あああ……!」

 二人とも笑ってる。完全に面白がってる。


「歩海」

「待って、待って!気持ち良すぎて私、やばいことになりそうだよ」


 孫パパが二人を迎えに来るまでの間、ルアンとレイナは毎日店のフロアーを担当してくれた。


 二人のかわいらしい接客が人気を呼んで、SNS上でも話題になり、日々お客さんが増えていく。


 おかげで歩海は、夜の仕込みと昼間の厨房の対応で、これまでにないくらい忙しく働いた。でも二人から注文を聞くたび、いくらでも力が湧いてくるような気がする。


「歩海、トンカツ定食。ご飯大盛ネ!」

「歩海、カツカレー二人前ネ!」

「ルアン、天丼上がり!」

「レイナ、海老フライ定食上がり!」

 店の仕事がこんなに楽しいのは、この店を引き継いでから初めてのことだった。


 仕事が終わったら三人で食事。そのあと二人は夏休みの宿題をしている。働いていても、大の大人相手に喧嘩しても、やっぱりまだ中身は小学生なのだ。


 お風呂に入って(別々に)、いっしょの部屋でお布団を並べて眠る。幸せだ!


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