退治屋ケンちゃん(株)

@KatayudeTamako

第一話

 人は夏、死ぬ。

 なんの、冬に倒るあれば春に逝くもあり、など言うは童の戯言にて、夏の眩しさが抱きたる狂気、夏の暑さが抱きたる無情、いづれも死の理に相応しければ後を語るも甲斐無きことなり……。



× × ×



 父の健一郎が、カレンダーに記された赤ペンのバツ印を眺めた。そのカレンダーは六畳の和室の反対の隅に置かれた扇風機がこちらを向く度に、ふわりふわりと踊り、来月の二八日あたりをちらちら覗かせながら小さい紙ずれの音を立てた。

 夏。七月。人の死ぬ季節。蝉の唄うやかましい読経。畳に直に置かれた炭酸水のペットボトルが、水滴でシミをつくる夏。


 健一郎はその日、懇意にしている林業散掻さんかく組への営業と、これまた懇意にさせてもらっている同業他社、鎖々木ささき妖怪工業との打ち合わせを予定に入れており、煩雑な事務仕事を片付けながら脇汗を流していた。


 健一郎が言った。「じゃあちょっと行ってくるから。今日は向こうに泊ってくる」

 俺は返した。「了解。さっきマチダさんから電話あったけど、サンカクさんの方は間に合わなそうだって」

 健一郎は何の表情も浮かべなかった。「わかった。しょうがない。お前行けるか?」

「夜隠――ナキムシボウズでしょ? 一人でも大丈夫」

ホタルはちゃんと新しいの持ってけよ」

「わかってる。蛍と、岩の肌イワノハダね。蛇綱ヘビヅナは持ってかなきゃないんだっけ?」

「一応持っとけ。サンカクさんは昔気質だけど、うるさい世の中だから」

「蝉みたいにね(笑)」

「……」

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