第5話 時の鏡 (終章)

 僕はその後も、何度もあの「謎の便所」の上をペチペチやってみたけど、二度と過去の世界をのぞくことはできなかった。そしてあれから 五年という月日が流れ、僕は中学生になっていた。過去の世界を見ることなんて、もうどうでもよくなっていたけど、なんとなくあの物体が どうなったのか気になって、久しぶりに小学校に行ってみた。

 あの物体のところでは、六十過ぎくらいの初老の男の人が一人、かがんであれの上を、僕が昔ペチペチやっていたところを、懐かしそうに 手のひらでなでていた。僕に気がつくと、男の人は立ち上がって僕を手招きした。僕は彼のそばに行った。

 「これはあなたが三十五年前に創った作品ですね?そしてこの学校を見守り、歴史を記憶し続けてきた鏡」

 「君はこれをのぞいたことがあるのだね?」

 「はい。でも一度だけです。その後はいくらやっても見えませんでした」

 「またのぞいてみたいかね?」

 「そうですね、のぞいて見たい気もするけど、別にどうでもいいです。昔なんか見たって、歴史を変えることはできないし、自分が 作っていける今のほうがおもしろいですよ」

 「今なら見えるだろうよ」

 「は?」

 「過去に執着する者に、過去を見ることはできない。過去は未来を目指す者にこそ、その姿を現す……」

 彼は、僕のほうを見ながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 僕はかがんで「便所」の上に手を置いた。

 「ペチペチ」

 「便所」の表面が小さく波うつと、次の瞬間、僕たちは夏の日差しのようなまぶしい光に包まれていた……。




https://kakuyomu.jp/users/AkatsukiKanatsu/news/16818093080358143885

『時の鏡』挿絵など。


補足

※初出は、大学の児童文学同好会のサークル誌でした。一部加筆・修正しています。

※「時の鏡」は、私が通った小学校に実際にあった謎の物体をモデルに書きました。「謎の物体」は、サークル発表当時には、すでにありませんでした。

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時の鏡 暁香夏 @AkatsukiKanatsu

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