ふたりの幸せな離婚式

ちびまるフォイ

幸せはみなさまの力で成り立っています

「やっぱり見間違いじゃないよね……」


会場の入口にはでかでかと『山田家 離婚式』と書かれている。


「あ、もしかしてご出席の方ですか? ご祝儀はこちらへ」


「はい」


受付に名前を書いてご祝儀袋をいれる。

会場に入ると豪華絢爛な料理が待っていた。


なにも知らずに入ったら結婚式と誤解する人が多いだろう。


『えーー。みなさま、長らくお待たせしました。

 それでは山田家の離婚式をはじめます!

 

 元・夫婦入場! 拍手でお祝いしましょう!』


離婚でお祝いするべきなのか悩んだが、

ある意味ふたりが新しい出発という点で祝福だろうと

なんとか自分を納得させて拍手を送る。


かなしげなBGMをバッグにまずは元・新郎新婦が手も繋がずに歩いてくる。


「ああ……別れたんだ……」


ふたりの距離感がまさに夫婦のすれちがいを体現しているようで、

今自分が離婚式に参加してしていることを自覚させる。


『続きまして、夫婦がなぜ別れるに至ったのか。

 VTRを見ていただきましょう!』


「いや地獄か!」


私は席から転げ落ちそうになったが、離婚式はつつがなく進行してしまう。

式場の巨大スクリーンに新婚時の楽しげな映像が出てくる。


『山田家夫婦。ふたりは同じ俳優座で出会い交際を開始。

 やがて二人は仲睦まじい夫婦となったものの、

 その3年後には離婚。一体何があったのか』


場面は夫婦の自宅の映像に切り替わる。


『夫・パパス の趣味は釣り。

 毎週休日になると会社の知人を集めて釣りに行くほど。

 最初こそ妻・ツマコも寛容に受け止めていた……』


今度は二人の言い争いのシーンとなる。


『毎週釣りばかり。私は家で休みの日も家事ばかり。

 ねえ、私のことを本当に愛してるの!?』


『なんで俺が釣りに行くと、愛してないことになるんだ!!』



ーー 結婚前よりも二人の時間は増えているはず


ーー しかし二人の距離はだんだんと広がっていった……。



ーー 決定的となったのは、子どもの風邪がきっかけだった。



『どうして、息子のたかしが風邪なのに

 あなたは釣りから帰ってくれなかったの!?』


『沖縄にいたんだぞ!? 急に帰られるか!!』


『たかしが風邪で苦しんでるときに、あなたは呑気に海釣りなんて無神経!』


『じゃあ君は世界で戦争が起きてたら、なんにも娯楽をしないのかよ!!』


『もういい! あなたみたいな冷血漢とは一緒にいられない!』


『こっちのセリフだ! 君がこんなにヒステリックだとは思わなかった!!』



ーー こうして二人の幸せな夫婦生活はピリオドを打った……。



映像が終わりスクリーンが上に上がるとともに、会場に電気がともる。


「なんだこの空気……」


会場は鉛を流し込んだような重く暗い空気となった。

葬式のほうがまだお経のBGMがあるぶんマシ。


『では次に、親族からのお言葉を頂戴いたします』


「死体蹴りがすごいな!!」


すでに参加者は料理の手を止めて青白い顔になっているが

そこにさらに追い打ちをかける離婚式。


親族の親がマイクを持たされてスピーチする。


「えーー。ツマコ、パパスさん。

 離婚……おめ、おめでとう……なのかな?


 二人は最初は仲がよさそうな雰囲気だったので、

 私としても安心して娘を送り出せると……うっ、ひくっ……。

 

 天塩にかけて育てた娘が幸せになると……思って……」


そこからは言葉になっていなかった。

嗚咽と悔し涙がマイクで拡張されて会場の隅々に届けられる。地獄か。


ひとしきり怨みと後悔をスピーチした親族の言葉が終わる。


「はぁ……なんか……心がすり減ってきた……」


すでにぐったりし、いつしか早く終われと願うようになっていた。

こんなに願ったのは小学生のときの校長先生の話のとき以来だ。


『では最後に、牧師さんの前にて新郎新婦のお別れの言葉です』


かつて結婚を誓いあった夫婦に立ち会った牧師が、

今度は新郎新婦の離婚の場へと引きずり出される。


牧師さんは何か悪いことでもしたのだろうか。


「新郎。あなたはこの女性を妻としては諦め、

 病めるときも健やかなるときも、もうかかわらないと誓いますか?」


「誓います」


「新婦。あなたはこの男性を夫として諦め、

  病めるときも健やかなるときもーー」


「誓います」


食い気味に答えた元新婦に鋼の意思を見た。


「ではこの誓いをもって、あなたたちは晴れて赤の他人に……」


そのときだった。

席についていた二人の子供が立ち上がった。


「パパ! ママ! 待って!!!」


「「 たかし!? 」」


「なんで別れちゃうの!? なんで!?」



「ママはね。この男の人とはもう仲良くいられないの。

 顔を見ているだけで自分が好きな自分じゃいられない。

 だからお別れして、たかしと新しい人生を……」


「僕はいやだよ! 今のパパが大好きなんだもん!!

 この先新しいパパができたとしても、今のパパ以上に好きになれない!」


「た、たかし……!」


元新郎の目に涙がうかぶ。


「僕はケンカばっかりでも今のパパとママが大好きなんだ!

 分かれるのなら、僕がいなくなってからにしてよ!!」


この言葉に元新婦も涙を流した。


「ごめんね! ごめんねたかし!

 離婚なんて私たちの勝手な都合だった!

 たかしのこと、なにも考えてなかった!」


抱き合う妻と息子に新郎も歩み寄った。


「俺がバカだった。自分のことばかりで。

 家族を第一に考えてやれてなかった! ごめんな!!」


抱き合う家族に親族も涙。

会場に出席していた友人・知人はては外にいる通行人も涙。


全員が立ち上がって夫婦に拍手を送った。


牧師は満足そうに預かっていた二人の結婚指輪を二人に返却した。


「どうやらこれは……まだ必要そうですな」


ふたりは離婚式を中止し、その薬指に思い出の指輪をはめた。

それを見た私も涙が止まらなかった。





「なんか、いろいろあったけど二人が幸せになれそうでよかったぁ」


離婚式を終えてからはいい映画を見たあとのような満足感があった。


そして家についてから気づいた。

気づいてしまった。





「……そういえば中止になったけど、ご祝儀渡しっぱなしなんだ……」



その後、夫婦が定期的に離婚式をやっていることを知人から聞いた。

もう私のご祝儀もどこへいったかわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりの幸せな離婚式 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ