第8話 決着の時!

 私が、乱橋らんばし先輩との関係修復のため、彼の小説を熟読しようと決意してから、一週間が経過したよ。この間、可能な範囲で小説の投稿頻度を下げて、空き時間を、読書に充てていたのだけれど......


「う〜ん、連絡は来なかったね。」


 彼からの連絡が来なかったので、見かねた有沙加あさか先輩が、間をとり持って、対面する機会を作ってくれたのね。そして今、私は、小さめの空き教室で、机を挟んで、彼と向き合っているの———


「お時間を割いて頂きまして、ありがとうございます。今日は、乱橋先輩に、お伝えしたいことがあります。」


「もし、以前の件だったら、聞く義理はないよ。君が、受賞経験があることを隠して創作研に入った時点で、受賞や書籍化を夢見て頑張ってる僕達を、馬鹿にしてると捉えられても仕方ないんだから。」


「そっ、その件に関しては、私がどんなに否定しても意味が無いことだとは、理解してるつもりです。経歴を偽ったことは事実ですし......」


「じゃあ、僕達は、相容れない存在ってわけだね。」


 このままだと、上手く伝えられないで、話が終わることになるよ。いいや、違うのかも。今みたいに、私が本音を包み隠して、遠回りな伝え方をしているせいで、分かってもらえないんだよ、きっと。だから、シンプルに、真っ直ぐな想い伝えることで、私達は初めて、お互いを理解し合える気がするの。


「確かに、私達の境遇は違います。でも......だからこそ、違った良さがあるんです!」


「はっ?どういうこと?」


「乱橋先輩の小説を、何回か読ませて頂きました。その時に、私は、あることに気がついたんです。先輩の小説の長所は、緻密に練られた世界観であり、私の書いている、心理描写の繊細さを重視した小説とは、異なる魅力を持っていることに!私が先輩の小説を模倣することが出来ないように、先輩も私の小説を模倣することは出来ない。これは、確固たる事実です。だからこそ、受賞した順番ではなく、各々の作品の良さに目を向けませんか?いがみ合うのではなく、尊重して、高め合いたいんです。」


「......小森こもりさんが言おうとしてること、分からなくはないよ。僕らの書いている小説は、毛色が違う。君は、舞台が現代で、高校生のキャラが主体だ。対して、僕は、SFやミステリーをメインに書いていて、キャラも、大人がほとんど。だから、比べること自体がおかしいんだ。でも、例えそうだとしても、対抗意識を燃やさない方が難しいだろ!同じ大学で、サークルも一緒。年齢は僕より下なのに、僕より......凄い。その事実を突きつけられたことが悔しくて、負けを認めたくなくて、偏屈になってた。あぁ、君の言う通り、お互いを尊重出来たら、どれだけ良かったか。」


 なるほど。乱橋先輩は、誰よりも負けず嫌いな性格なんだね。彼は、自身の作品に誇りを持っているからこそ、作品がもっと評価されるように努力する、上昇志向を持っているの。その過程で、排他的思考に陥ることもあるけれど......一般的な感性も持ち合わせているから、自尊心のベールを剥がせば、正常な評価を行える知性を備えているってことね。思っていたよりも、わかりやすい人だったから、おそらく、仲直りできるはず!


「まだ、遅くありません。今から、歩み寄れば良いんです。小説を読んで、批評し合って、お互いの作品への理解を深めることで、話し合いでは解消しきれなかった、わだかまりを無くすことが出来る気がします......いいえ、出来ますよ!」


「良いのかい?僕は君を必要以上に罵って、不快感を植え付けた張本人だよ?」


「正直、嫌じゃなかったというと、嘘になると思います。でも、自分が罵られたことよりも、築いてきた創作研の絆が綻ぶことの方を危惧していたんです。だから、仲直りが叶うのであれば、ある程度は水に流します。」


「そうか.......ありがとう、小森さん。」


 乱橋先輩との話し合いを終え、部屋を出ると、有沙加先輩が私を待っていたの。


「有沙加先輩!?もしかして、ずっと待ってたんですか?」


「うん。誰かが入ってきたら、邪魔になると思って、見張ってたの。でも、千影ちゃんの表情を見た感じ、上手くいったのかな?」


「はい。全て解決とまではいきませんが、兆しが見えました。」


「そっか〜。いや〜、良かったよ!これで、学祭を心置きなく楽しめるね。」


「あれっ、確かに、四日後には学祭......」


 ようやく、私達の作品が、大学内や、来場した方々に読まれるんだね、何だか楽しみかも。


「後、全体チャットにも送った通り、千影ちあきちゃんは、先也せんや君と同じ、二日目のシフトだから、頑張ってね!ちなみにあたしは、初日だよ〜。みんなで力を合わせて、全体目標六百部、しっかり配り切ろう!」


 あっ、自分のことで手一杯で考えていなかったけれど、WEB小説と違って、部誌は、対面で配る必要があるよね———


「うぅ、呼びかけも、手渡す時の緊張感も苦手だよ〜。進藤しんどう君、ギブアップさせて。」


「小森、文句を言っても仕方ないんだ。創作研メンバーの七割はやってることだから。」


「あとの三割は?」


「三年生は就活関連で来れなかったり、他は、サークルを掛け持ちしてたりとかだな。」


「なるほど〜、でも、適材適所ってあるでしょ?こういうのは、有沙加先輩が適任だよ!」


「小森の言う通り、有沙加さんは接客が得意で、昨日は人だかりが出来た時間帯もあったらしい。まぁ、部誌より、彼女の容姿に注目してた人達も居そうだが......」


「う〜ん、どんなきっかけでも、興味を持ってくれるだけで御の字だよ。私達なんて、まだ三十部も配れてないんだから。」


「サボらずに、呼びかけをすれば、人は来るはずだ。普段、あまり人前に出たがらない乱橋先輩だって、役割を全うしてたんだから。」


 うっ、陰キャ仲間が頑張っていたのなら、私も少し、やる気を出してみようかな。


「創作研で、部誌を頒布していま〜す!ここでしか読めない、オリジナルの作品集です。是非、お手に取って下さ〜い。」


 呼びかけると、少し遠くから、一人の女性が歩いてきて......


「部誌を昨日貰って、読ませて頂きました。あのっ、小森さんという方に、伝言をお願いします。"心温まる物語をありがとう"って。」


「あっ、はい!必ず伝えます。」


「お仕事、頑張って下さいね。」


「お越し頂き、ありがとうございました。」


「......言わなくて、良かったのか?」


「うん。向こうは、対面したく無さそうだったから。」


「そうか。でも、散々嫌がってた部誌頒布で、良い経験が出来たな。読者から反応を直接貰える機会なんて、中々無いぞ。」


「だよね!良しっ、これを励みに、もっと頑張るよ。」


———気を取り直して、シフトを完遂した私達。最終日も、滞りなく終了して......


「聞いて、聞いて〜!部誌、六百部配り切ったんだって。あたし達の頑張りの成果だね。」


「はい。特に、初日で二百五十部を配ってくれた有沙加さんと、部誌完成に大きく貢献してくれた小森のお陰です。」


「その通りだね。僕のせいで、手間を増やしてしまったから......」


「こら〜乱橋!過ぎたことは気にしないの。自分を責めるより、相手を褒めるのが、貴方の役割だよ。」


「小森さんも、楠美さんも......みんな凄いよ。」


「もっと心を込めて、嬉しそうに!」


「無茶振りだ〜、助けて〜」


「ふふっ、あはははっ!」


 愛宮陽永非現実と、小森千影現実の間には、まだ埋まり切らない程の差があるよ。けれど、ここ数ヶ月の頑張りで、大学で過ごす日常が、こんなにも色鮮やかになったの。仲間に囲まれて、少しだけちやほやされて。SNS上のように、沢山の人に好かれる人気者ではないのだけど、私は一歩ずつ、先へ進んでいるよ。愛宮陽永非現実小森千影現実の差を縮めるための旅路を!


                  完

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カイリ 一ノ瀬 夜月 @itinose-yozuki

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