第7話 事態急変、どうする?

 いや、証拠がない今なら、まだ誤魔化せるかも。


「何のことですか?私には、心当たりがありません。」


「本当かな〜?あたしは、直感に頼りすぎないで、貴女と愛宮えのみや陽永ひなを結びつける、いくつかの根拠を見つけたんだよ!例えば、千影ちあきちゃんが部誌に提出する用の小説を書いている期間に、彼女の投稿も止まってるの。それと、年齢が一致してるよね。何より、繊細な心理描写を活かした作風がそっくりだったから、分かったよ。言いふらしたりはしないし、個人的に興味があって、知りたいだけだから、正直に答えて欲しいな。」


       「えっと......」


 思いつきで言っているわけではなくて、根拠まで提示されたら、言い逃れ出来ないよ。それに、他の人にバラさないのなら、伝えても良い......のかな?


「はい。有沙加あさか先輩の仰る通り、私は、愛宮陽永というペンネームで、執筆活動をしています......これで満足ですか?」


「うんっ、ありがとうね!お陰で、気分が晴れたよ。今の件は、あたしの胸の内にしまっ」


「さっきの話、本当なの?」


「あれっ、乱橋らんばし?何で、ここに......」


「僕は、自販機で飲み物を買おうと思って、立ち寄ったんだ。そしたら、小森さんが、愛宮陽永だって話が聞こえて来た。正直に答えて欲しい。君は、愛宮陽永なのか?」


      「えっと、はい。」


「くっ......君は、酷い人だな。自分は、高校生の頃に受賞した経験があるから......心の中では、僕のことを見下して、あざ笑ってたんだろ?受賞おめでとうございますだなんて、よくもまぁ言えたものだ。」


「私、そんなこと思ってなっ」


「いいや、僕には分かるよ。受賞したら、全能感に包まれて、自己中心的な思考に陥ることがある。自分は凄くて、偉い人物なんじゃないかって。それが、未だ精神が成熟し切っていない高校生なら、尚更だ。」


「乱橋〜、いい加減にしなよ。被害妄想に八つ当たり......今の貴方は、冷静さを欠いてるよ。今日のところは帰宅して、もう一度、自分の行いを振り返ってみて!」


楠美くすみさん、君に何が分かるんだ!趣味で執筆活動をしていて、コンテストに応募する勇気も無い君に、何が......」


「あらら、今の話題に関係ないことまで引き合いに出してくるの?あたしは、ここで怒ることは品格を下げる行為で、美しさを損なうって分かってるから、衝動を抑えているけど......乱橋は、そんなこともわからない位、幼稚なんだね。はぁっ、残念だよ。」


「好き勝手言って、後悔しても知らないぞっ」


 乱橋先輩が有沙加先輩に詰め寄って、彼女の襟首を掴んだの。私は、その場に立ち尽くして、何も出来なかったけれど、進藤しんどう君が、どこからとなく現れて、錯乱している乱橋先輩を止めてくれたの。


「はぁっ、はあっ、乱橋先輩!そこまでです!今、貴方が有沙加さんに何をしようとしてたか、分かってますか?」


「進藤君!何故、君がここにいるんだ?というか、止めないでくれ。楠美さん......いや、楠美に対して、分からせてやらないと。」


「相手を物理的に害することで、貴方の望みは叶うんですか?何に対してかは知りませんが、理解や共感を求めるんだったら、冷静かつ論理的に......言葉で説得するべきでしょう!言葉を駆使して小説を書いている立場の貴方は、尚のこと。」


「......確かに、進藤君の言う通りだ。僕としたことが、正気じゃなかった。楠美さん、本当に申し訳ない。怪我は......ないかな?」


「大丈夫だけど、先也せんや君が来るのが後一歩遅かったら、あたしが乱橋のこと、怪我させてたかもね〜。二人とも無事に終わったことは、良かったかな!」


「へっ?僕、楠美さんより腕力あるけど?」


「あたしは、合気道を習ってたから、もし乱橋が平手打ちとかしてこようものなら、受け流そうかな〜って思ってた。でも、用意もなくそんなことをしたら、受け身が取れない乱橋のことを、地面に叩きつける羽目になってたね。」


「楠美さんに恐怖心を抱くのと、優しさに対して安堵するのと、どっちが正しい反応なのか......」


「後、あたしだけじゃなくて、千影ちゃんにも謝りなよ!そもそも、一番の被害者は、千影ちゃんなんだから。」


「嫌だね。表現がオーバーだったかもしれないけど、僕が小森さんに言ったことに、間違いは無いよ。」


「はぁっ、貴方って本当、堅物かつ頑固者だよね。何を言っても無駄みたいだから、この話は、また後日ね。はいっ、今日は解散!」


 私は、解散した後、進藤君に事情を説明したのだけれど、彼も、どうしたら良いか、はっきりとは分からないみたいなの。でも———


「自分の意見を伝えるだけじゃなく、相手のことも理解出来るように、努力して欲しい」


 との伝言を貰ったから、私なりに、頑張ってはみたんだよ。例えば、乱橋先輩との会話を思い出して、彼が欲しい言葉を推察していたの。けれど、私は、対人経験が少ない上に、人の心情を察することが苦手なのを改めて実感させられてね。今まで、人間関係から逃げてきたツケなのかな?


「はぁ、どうすれば良いか、分からないよ。一応、有沙加先輩にも相談してみよう。」


 ただ、深夜の時間帯だと、嫌がるかもしれないから、次の日の朝、起きて直ぐに連絡したの。そしたら———


「千影ちゃんは、気にしないで良いよ。乱橋に非があるから、放っておけば、向こうからアクションを起こしてくるはず!まぁ.......何もしてこないようなら、あたしが場を設けるよ〜」


 という、ありがたいけれど、参考にはならない返信が来たの。正直に言うと、この状況は、詰みに近いね。自分で考えることも、人に相談することも無理だったからさ。後、私に残された手段は、何だろう?熟考したけれど、結局、良い案は出なかったの。その代わり、突拍子も無い考えが、脳裏によぎったのね。


「乱橋先輩の書いた小説を熟読して、ヒントを得よう。」


 私自身、無謀なことをしようとしているとは思うよ。けれど、何も行動しないで、築いてきた関係が壊れるよりかは、進藤君の言う通り、出来ることをやる......歩み寄る努力をするべきだよね。


     「躊躇わず、一歩先へ!」


                  続く

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