第5話『幻覚剤は役に立つのか』

「要するに、エストレージャ・デ・マルには大量のドラッグが出まわっているということだな?」

「何を考えているの? 素直になって。パラダイスで、ほかにやるべきことがあるとでもいうの?」


J・G・バラード「コカイン・ナイト」より



☆☆☆



『みんなで遊ぼう♪ 楽しくおどろう♪』


 月の光にらされた

 ラリゴ盗賊とうぞくとりでのあちこちで、

 奴隷どれい小屋で、食堂で、畑で、山で、道で、井戸のまえで、屋根のうえで、たいまつのしたで、

 みんな楽しそうに歌って、おどっていた。

 みんなというのはみんなだ。

 毛むくじゃらなラリゴ盗賊も、

 ふだんは彼らの言いなりになってるミジメな奴隷も、

 男も、女も、子どもも、老人も、

 犬も、猫も、

 馬も、羊も、

 猿も、牛も、

 鹿も、鳥も、

 ドイメも、

 貴族のバカ息子クタオも、

 盗賊の親分おやぶんスゴラノビタも、

 機械兵も、

 大麻の『ぶっとび丸』の甘いケムリにつつまれて、

 みんないっしょに歌って笑い、おどっていた。


「よ、よお佐藤。なんだこれ。幻覚か?」

「こういうバッド入ったときってのわ、こわいよな。アタマがおかしくなったまま一生このままなんぢゃねえかと思って泣きたくなる」

「幻覚とちゃいまっせ! れっきとした現実や!」


 おどろくことに、いつのまにか手足のかせがはずれたシンナーが、あぐらをかいて風船みたいに空中へフワフワと浮いていた。ターバンみたいなキノコ帽子をかぶった、パンツ一枚しかはいてないガイコツみたいな年寄としよりだから、インドで魔法てじなをひろうしたり、苦行くぎょうしてるふりをして日銭ひぜにをかせぐインチキ行者ぎょうじゃにソックリだ。


「これが魔法ドラッグ『ぶっとび丸大麻』の力や!」(ジャジャーン! という音がした。アレエ、幻聴かなあ?)

「シンナーじいさんが浮いてるぞ! ワイヤーかなんかでってるんだ、切っちまえ!」

「やいヂヂイ! 俺たちに変なもん吸わせやがったな!」

「わ! 押したらアカン! あぶない、あぶない、わ! わ!」


 『ぶっとび丸大麻』のいによろめいてカラダがぶつかると、空中のシンナーはいきおいよくぶっ飛んで、モンストかビリヤードの玉みたいにかべ天井てんじょうにはねかえり、奴隷小屋のつくえやベッドなんかをメチャクチャにひっくりかえした。

 いつのまにかとびらがひらいており、ほかの奴隷たちは外へでていってしまっていた。今夜は月がキレイだしかぎも開いてるしぶっとんでるしで、気分を変えるためにみんなで野糞のぐそでもしに行ったのかもしれない。


「イ、イテ! あんたら、なんですぐワアワアさわぎだすんや! 話を聞きなはれ!」

くそ! アタマがフワフワして、えらく歩きにくいぞ」

「シャブかNボムでもぜてあるんぢゃねえか? これだから見ず知らずのヂヂイがもってきたクスリなんてのわ危険なんだ」


 気づくとオレと佐藤のクサリの枷もはずれていたが、『ぶっとび丸大麻』がきすぎて、赤ちゃんみたいなヨチヨチ歩きしかできなかった。

 二人ともヒモがうまくむすべず、そまつな奴隷用のオレンジのズボンがずり落ちて、ハト時計みたいにチンポが出たりかくれたりする。ああ神さま、どうかあわれなすべてのジャンキーに、どんなにぶっとんでもズボンがずり落ちてこないチート能力をください!

 シンナーは天井につりさがった電球みたいに、ちゅうに浮いたまましゃべりはじめた。


「これが魔法や! 無意識の欲望、想像力、願いが、現実のカタチになりまんねん。魔法ドラッグは、その力を何倍にもふやすんや!」

「……んなこと言われてもなあ」

「よおヂヂイ。俺たちわバカなんだから、もうちょっと分かりやすく教えてくれよ」

「説明してるヒマなんかありまへん!

 あんたらこれから、この砦から逃げだして、ズミ川をさかのぼり、ゴブリンたちがすむペッカ村へ行くんや。

 ペッカ村に貧乏人びんぼうにんたちの英雄、勇者カナタがおる。

 チョンマゲっちゅうみょうな髪型かみがたをした、下に白い布だけいたほぼはだかのヤバイ恰好かっこうしたオッサンがおるから、すぐ分かると思いますわ。

 カナタはんは勇者としてあつかわれてるけど、自分ではサムライっちゅうて名のっとる。

 なんでも元の世界ではサムライゆう職業だったらしいんですわ。

 カナタはんもあんたらとおなじ、異世界転移者や。

 田中はんは……よう知ってるんとちゃいますか?」


 ドキッとした。

 聞きまちがいか?

 その勇者の特徴とくちょうは……

 え? 失踪しっそうしたオレのお父さん?

 ちょんまげアタマでふんどし一丁の、自分はサムライだと言いはるイカれたオヤジ……

 いやしかし、そもそもここは異世界で、どんなことでもありうるんだから、ほかにも父親にたキチガイなんていくらでもいるのかもしれないが……

 オレが口をはさむスキもなく、佐藤がしゃべりだした。


「その勇者カナタっていうオッサンに会えって? それわなんのためだ? ペッカ村ってどこだよ? 俺たちわこの世界のカーナビも持ってねえし、スマホもつうじねえんだ」

「せやから、しゃべってる時間がありまへんねん。あとは神さまが……このLSDかみさまの魔法ドラッグが教えてくれはります」

 空中のシンナーはオレたちのところまでおりてきて、キノコ帽子の中からLSDのシートを一枚とりだした。それは切手よりも小さな正方形せいほうけい紙片しへんで、ザラザラした白い表面にモノクロのミッキーマウスの顔がえがかれている(初代ミッキーの著作権って2024年1月に切れたんだよな? これで、これからはどうどうとLSDに印刷できるわけだ)。

 シンナーがとりだしたLSDを口に入れた佐藤は目がライトみたいにピカピカ光りだし、カラダがふにゃふにゃになって地面じめんにぶったおれた。

「お、おい! 佐藤!」ふつうLSDは三十分~一時間ほどたたないといてこないはずだった(吸いとり紙にLSDをみこませたものは、そのあいだしたの下にはさんでおく)。あと魔法ドラッグじゃない現実世界のLSDはただのドラッグなんだし、とうぜんスイッチをいれたみたいに目が光るなんてこともないから、安心しなさい。

「これはLSDの魔法ドラッグ『ひざくだき』。れへんうちは口の中に入れると立っていられへん、膝がくだけたみたいにすわりこんでしまう魔法ドラッグです。まあ初心者のうちは神さまに会うことはでけへんやろうけど声が聞こえて、いろいろためになることを教えてくれはると思いますわ」


 やおらシンナーがキノコ帽子をとると、そのはげアタマにキノコがえていた。

「このキノコも魔法ドラッグですねん。右からじゅんばんに『くりぼうマジック・マッシュルーム』『超キノコベニテングダケ』『金キノコオオワライタケ』」

 アッ!

 シンナーも『くりぼうマジック・マッシュルーム』をむしって食べると目が光りだし、AVのモザイクがかかったみたいにカラダのカタチが曖昧あいまいになって、しまいにどこかへ消えせてしまった。

 かすかに声だけが聞こえ、それも遠のいてゆく。

「ペッカ村に行きなはれ、勇者カナタに会うんや! そこであんたらは、この世界をすくう魔法ドラッグを……逃げろ……王のコイン……帝国を……おなら……」


「お、おならってなんだ? 俺のことか? ……俺ってダレだっけ?」

「佐藤! しっかりしろ」

 肩をかしたが佐藤はくそデブなうえに、オレも『ぶっとび丸大麻』でフラフラでうまく歩けない。あとおたがい上は裸だから、汗がぬるぬるしてキモい。オエッ!

「おまえ何キロあんだよ。ダイエットするって言ってなかった?」

「うーん、百キロをちょっとえたくらいぢゃねえか? さいきん時間ぢかんが無くて。百十まではいってないと思うけどなあ(ウソつけデブ!)」

 開いていたボロ小屋の扉からでたところで、両目のピカピカ光る佐藤がまたうごかなくなった。

「ヨオ、どうした?」

「き、聞こえる。『膝くだきLSD』を食ってからアタマの中で、変なやつがキイキイ話しかけてくるんだ。これわいったい……」

「シンナーじいさんが言ってた神さまじゃねえの?」

「き、聞こえるぞ……変なやつがアタマの中で俺に命令してる……『あのドイメってゆうガキをたすけて』……『機械妖精ンコソパにたのんで』……『軽自動車ワゴンRをうごかして、』『逃げるんだ』……うう、アタマの中でギャアギャアわめくんぢゃねえ! 俺のアタマわカラオケ屋ぢゃねえんだぞ!」

「機械妖精? どうしたんだよ漫画みたいなこと言って。佐藤おまえ、オタクになっちゃったのか?」

 ガクッと、佐藤のカラダがさらに重くなった。

「田中……は、はやく……逃げないと……『巨人きょじんの足』が空から……ふ、ふってくる……」

 佐藤はつらそうに目をとじた。



☆☆☆



 砦の広場では軽自動車ワゴンRのまわりでラリゴ盗賊も奴隷も、動物たちも輪になっておどり、肩をくんでみんなで歌っていた。



 俺たち 盗賊

 おまえの身ぐるみ はがしにきたぞ

 俺たち 盗賊

 おまえのプライド ぬすみにきたぞ


 俺たち 東へ行くぞ

 オナラ しながら

 俺たち 北へと行くぞ

 ウンチ しながら

 俺たち 南へ行くぞ

 オシッコ しながら

 俺たち 西へと行くぞ

 ハナクソ 食べながら



「ケッケッケッケ。オラたち、盗賊。ケッケッケッケ。ああ、楽しいだっぺえ」

 見ると、ドイメが青い目をまっ赤に充血じゅうけつさせて、ヨダレをたらしておどっていた。いや、おどってるというより、ちゅうにむかって犬かきでもしてるみたいに手足をバタつかせている。メイド服のスカートがきわどくハネあがるのも気にせず、ごきげんで、かなりぶっとんでるみたいだった。

「おい、しっかりしろ! あの人形はどこだ? はやく逃げるぞ!」

「なんだっぺ? あ、ハゲだ! このハゲ! ギャハハハハ!」そういってオレのアタマを手のひらでたたいてくる。

 あばれるドイメの腕をつかんだが、新しい雪みたいに肌がやわらかくて、けて消えるかとおどろきすぐ手をはなしてしまった。たおれそうなのにたおれない、猫みたいにカラダをクニャクニャさせている。

「オレはハゲの田中、そこで寝てるのがデブの佐藤。おぼえやすいだろ?」

「ハゲのタナカ! デブのサトウ! ケッケッケッケ。ああ、楽しいだっぺえ」


 ドイメはバンザイして、またおどりだしてしまった。


「ヘイ! ドイメ!」

「んんん? なんでオラの名前を知ってるだすか?」

「あっちの小屋から見てたんだよ。うるせえな、どうでもいいだろ」

「知らない人にはついていかないように、お父さまとお母さまに言われてるだっぺよ! ざんねん、オラはそんな軽い女じゃないでげす。ケッケッケッケ。アソレ、だっぺ、だっぺ~♪」

 ドイメは楽しそうに、うつぶせになってダウンしてる佐藤のケツを、太鼓たいこみたいにペンペンたたきだした。すると佐藤はブーと、いっぱつでかいをこいて反撃はんげきした。爆風ばくふうがドイメの顔に直撃ちょくげきして、かがやく金髪がクジャクのはねみたいにひろがる。

「ウッ! くさ~……ハッ。オ、オラはいったい。アタマがフワフワしてる。どうしちゃったんだっぺ……」

「よおネエちゃん、まっすぐ歩けるか? んなもん取れよ。遊んでるんじゃねえんだぞ」

「イテテテテ! ちょ、ちょっと、耳をひっぱらないでけろ!」

 猫耳の手ざわりはあたたかくて、かざりやオモチャじゃないみたいにドイメのアタマにくっついていた。

「うわっ!」

「それは耳だっぺ!」

「猫のモンスターだ! オバケ!」

「モンスターじゃないでやんす! オラはネコ族だす。ひ、ひどいだっぺ」


 て、てめえら、みんな逃がさねえぞ! 勝手に外をうろつきやがって!

 ふるえるどなり声がして、軽自動車ワゴンRのかげから、毛むくじゃらのスゴラノビタがゴロンところがりだした。

 オレとドイメはハジかれたように飛びのく。

 しかしスゴラノビタはまともに立っていられないようで、サルが綱渡つなわたりでもしているようにソロソロとしんちょうに近よってきた。

 オレがなみのりサーファーみたいにカラダをかたむけると、

 スゴラノビタの太い腕がゆっくりとからぶりする。

 

 ふたりともアタマがぶっとんでいて、『ぶっとび丸大麻』のきりみたいなケムリのなか、太極拳たいきょくけんみたいなスローモーションでしかうごけなかった。

 動物園のナマケモノか、ウンコをもらした老人同士がケンカをしたらこんな感じだろう。

 われながらマヌケで、なさけなかった。

 ただ、ノロノロとなぐりあっているのに、おたがいのうごきの残像ざんぞうがハチミツのように、しばらく空間へねばりついて見えた。LSDなみにぶっとぶ魔法ドラッグ大麻。気分は北斗の拳(気分だけは)。


 おたがいパンチもキックも当たらず、しまいには「ああ、むかしのイヤなこと思いだした」と泣きごとをいって、しゃがみこんだスゴラノビタがひざをかかえてふるえだした。どうやらバッド・トリップに入ったらしい。「あーん、あーん。おかあさーん」スゴラノビタがわめく。

 ケンカに勝ったのかは分からないが、とにかくもう盗賊の親分はオレたちにおそいかかってこなかった。


「ドイメ! あの人形は。ンコソパはどこだ?」

「あれ、あそこだっぺ!」


 メガネにヒビが入った貴族のクタオがひきつった笑顔を浮かべたまま、赤くなったり青くなったりして地面にあおむけになっていた。ドイメは虫をはらうようにクタオをはたいて、その手から美少女フィギュアをとりあげる。


 車体へカラダをぶつけるように殺到さっとうすると、軽自動車ワゴンRのドアは開いていて、苦労くろうしてうしろの席にフヌケになった佐藤をのせたが、くそ、どんなに探しても車のキーが無かった。

 これじゃエンジンがかけられない。


 「グ、グヘヘへへ!」とつぜんスゴラノビタが笑いだした。「……グヘヘ。

 こ、こんな、さわぎになって。

 このみょうなケムリは、

 これは魔法だ! 大魔法だ!

 く、くるぞくるぞ。

 ここらへんは田舎いなかで、

 帝国の結界けっかいの力は弱い。

 だけど、そこに貴族のバカがつれてきた

 機械兵がいるんだ。

 魔力だ!

 帝国の許可の無いところで、こんなにバカでかい魔力を勝手に……

 こんな強力な魔力が機械兵に感知かんちされたら、

 くるぞ。

 もっと、

 じょ、上級の機械兵が、

 帝国の警備けいびシステムが、

 違法な魔力を排除はいじょするために

 召喚しょうかんされる……」


 そのとき、砦の上空に稲光いなびかりが走った。


「あれは……」空を見あげたスゴラノビタが、涙を流しながらブツブツしゃべりつづける。

「……グヘヘ、帝国だ。『巨人の足』だ」



☆☆☆



 月光よりも強い光がひらめくと、いつのまにか夜空に島が浮かんでいた。


 あれは、見たことがある。こっちの世界に来たとき荒野こうやてで、空に浮かんでいたものだ。

 しかしまえに見たときより小さいような気がする。いまは近くからでも島全体のようすが一目で分かるくらいにちぢんで見えた。

 よくショッピングモールや倉庫がある、海岸かいがんにつくられた人工島みたいに、空中の島は幾何学的きかがくてきなカタチをしていた。


 島の上は現代アートみたいにメチャクチャで、重力が無視されているのか、

 下から見あげた部分にも城や教会や塔や花園や市場や

 ビルや

 工場が

 あり、

 鉄塔てっとう

 がたち、電線がさくそうして、

 煙突えんとつがケムリをはきだし、

 電光掲示板と広告用映像表示装置と商店街のネオンが光り、

 交通整理やコマーシャルなんかの電子音楽が流れ、

 道路や鉄道を車が走っているようで、

 むかし高校の授業で見た、コンピューターの集積回路しゅうせきかいろみたいにゴチャゴチャした

 島全体がピカピカ光っているような感じだった。

 異世界にしちゃ現代的というか、なんなら重力が変になっているぶん、オレたちがいたもとの世界より未来的だ。


 そして島のいちばん下に巨大な穴があり、そのとなりに穴よりは小さなレバーがついている。

 まるで島のカタチをした、オモチャとか、ソシャゲのアイテムやキャラクターをだすアレ、バカでかいガチャガチャだ。

 そのレバーがモンスターのうなり声みたいな金属音とともにグルリと回転して、中から金色の大きな丸いカプセルが飛びでた。


 金色のカプセルが爆発する。


 目をひらくと空飛ぶ島はあとかたもなく消えうせて、かわりに空へ魔法陣まほうじんがあらわれ、

 トレーディング・カードや絵画かいが用のフレームみたいな長方形ちょうほうけいの金色にふちどられた

 絵が出現しゅつげんし、

 バチバチと電気みたいな音がぜるたびに、

 背景はいけいに描かれた歯車や、ガイコツや、王冠や、コインや、ドラゴンなんかの模様が

 ホログラムみたいにかがやき、

 『巨人の足』という、空中でいきなりできあがった一枚の芸術作品のタイトルが、頭上ずじょうにかがやく文字でかざられる。


 ひゅう、という音がその上空からやってきて、金色の絵はどまん中からぶちこわされ、

 そこから金属なのか、巨大なとてつもない重さのカタマリが落ちてきて、

 地面がはげしくゆれた。


 ドシンッ!


 空から落ちてきた物体のすがたが土けむりの中からゆっくりあらわれると、

 ラリゴ盗賊の砦でいちばん大きな、スゴラノビタの石づくりの家がペシャンコにつぶされていた。


「帝国だ」「上級の機械兵だ」「『巨人の足』だ」

 人びとの恐怖のハミングが、かぼそい声となり、たばねられ、ひろがりのあるメロディーとなって、

 気づけば絶望ぜつぼうの歌の大合唱になっていた。



☆☆☆



 かえしのはりめぐらされた門、見はりのやぐら、盗賊たちのすむ兵舎、みんなの食糧庫しょくりょうこ

 建物の大小は関係なく、ラリゴ盗賊の砦は『巨人の足』の金属製の厚底あつぞこブーツみたいなギザギザの足裏で、かたっぱしからあっけなくみつぶされていった。

 それは足というよりは超大型重機をムリやりつみあげたような不格好ぶかっこうなすがたで、見なれぬ記号や点滅するランプ、パイプや骨格なんかがむきだしだった。

 中小企業の自社ビルほどの大きさで、遠くからだとかろうじて切りはなされた一本の巨人の足に見えないこともない。

 そんなバカでかい金属のカタマリが、どんなしくみか、クレーンも無いのにひとりでに空へ飛びあがってはアタマの上に落ちてくるんだ。たまったもんじゃない。


「帝国だ!」「上級の機械兵だ!」「『巨人の足』だ!」

「「「ワ~♪ ワ~♪ ワ~♪ ワワワワ~♪」」」

 ラリゴ盗賊も奴隷も動物たちも、広場の一角いっかくに合唱コンクールみたいに整列せいれつして、絶望の歌をうたっていた。みんなそれぞれの両手をまえにかさねて、あくびするように口をゆがめたり、白目をむいたり、歯ぐきを見せたりして声をだしている。指揮者しきしゃ役の奴隷のオッサンが木の枝をふって指示すると、注意された若い盗賊は顔を赤らめてすまなそうにアタマをさげた。


「あ、あいつらなにやってるんだ?」

「どうでもいいだっぺ! 『巨人の足』がきてるだす、はやく逃げるでやんす!」

「でも車のキーが無いんだ、車がうごかせない」

「キー? と、とにかく、走って逃げるだっぺ!」

「佐藤をいて行けるわけねえだろ、くそ!」

 軽自動車ワゴンRのまえでドイメと言いあらそっていると、後部座席に寝ていた佐藤がアタマをあげて糸目をひらき、とつぜん目からビビビと光線ビームをはなった。強烈きょうれつな七色の光がドイメのかかえたピンク・ドレスの人形に当たり、ボディのつぎ目や関節部分が発光はっこうし、電子音がひびいて歯車が回りだすけはいがする。

 『チャージ完了』という音声が流れて、その美少女フィギュアの背中せなかから光の羽がはえ、ドイメの手から飛びたった。アゲハチョウみたいにキラキラとしたえがいてから、足をあげてバレエのようにクルクルとまわり、ゆっくりオレとドイメの目線めせんのあたりでうごきを止めた。

 人形劇のマリオネットみたいに口の両はしからアゴにかけてふた筋の切れ目が入り、白人の少女にた顔が人間のようにしゃべりはじめる。


『あ、モシモシ? モシモーシ。あ、どうもお! ワタクシ、機械妖精のンコソパともうします~、お世話になりますう、ハイ~』

「オモチャがしゃべった! トンボみたいに飛びまわってるぞ!」

「オモチャでもトンボでもないでやんす、ンコソパ様だっぺ!」

『佐藤さまからのサポート・サービスへのご登録のお申しこみとお、魔力のお支払いを確認いたしましたのでえ、ご連絡もうしあげましたあ。まことにありがとうございます~。

 それで今日はどうされましたあ? なにかおこまりでしょうかあ? お客さまあ?』

「サ、サポート? お客さまって、オレたちのことか?」

「ンコソパ様! 『巨人の足』が空から! たすけて! アタマがフラフラして! もうそこらじゅうメチャクチャで! ……ああ、はやくたすけて下さいだっぺ!」


 一瞬いっしゅんでンコソパの白いコードみたいな髪の毛が何本ものびて、軽自動車ワゴンRのボンネットにからみつくと、ケモノのようなうなり声をあげてエンジンがかかった。

「おい、車がうごいたぞ!」

「すべての機械をあやつる、これが機械妖精。帝国のライセンスが無くても、機械魔法が使えるでやんす。反帝国の守り神……ウワサは本当だったっぺ」

『今後はパーティー・メンバーのかたがたからあ、魔力のほうを自動でお引き落としさせていただきましてえ、サービスのほうを提供ていきょういたしますのでえ、よろしくお願いします~』

 とっさに運転席のドアをあけたが、手足をひろげたンコソパが目のまえでオレを止める。


『あのお、スミマセーンお客さまー。帝国のデータベースの情報をもとに『巨人の足』の移動速度を考えるとですねえ、軽自動車ワゴンRでは逃げきれないと思うんですよお。ドウカナー』

「じゃあどうするんだよ」

『えーと、軽自動車ワゴンRのうしろのお荷物を確認していただけますかあ? いくつか楽器があると思うんですけどお、その中にギターはございますかあ?』

 『異世界トンネル』に入るまえ、スポーツ・カーに乗ったモヒカンのガキどもをヘコましてぶんどった楽器の中に、れたようにかがやく赤いエレキ・ギターがあった。

『それは伝説の魔法使いジャンキーが使っていた

 『はじまりの楽器きかい』という由緒ゆいしょのある一品いっぴんでしてえ、

 赤いギターキャンディーとよばれていますう。

 魔力を増幅ぞうふくする楽器きかいでしてえ、

 もう『巨人の足』から逃げるのはムリですからあ、アレを破壊するしかないと思うんですよお。

 坂口安吾さかぐちあんごは、せっぱつまった人間が最後にふり回すぼうっきれが文学だと言っていましたが、

 お客さまも文学みたいに、

 赤いギターキャンディーをふり回してください。

 じゃあはりきって、どうぞ~』



☆☆☆



「へっへー! こんなところにあったのかよ」

 『ぶっとび丸大麻』を口のはしにくわえていたのを、ぶっとびすぎて忘れていた。

 思いきり吸いこむと勝手に火がついて、魔法のケムリがカラダの中に入ってくる。ゴホッ! ゴホッ!


 砦のすべてをこわしつくした『巨人の足』が、今度はまっすぐオレたちのアタマの上へむかって落ちてきていた。


 オレはギターのネックをつかんで、グルグルふり回してヘリコプターのプロペラみたいにカラダごと回転していた。

 大麻でアタマがぶっとびすぎて、ふり回そうとして、ギターにふり回されていた。

 子供のころ、放課後ほうかごの野球でおなじようなことをしたことがある。トルネード打法だほう。見た目は派手だが、ただのオフザケだ。そんなふうにバットをふって、ボールに当たったためしはない。


 子供のころからふざけてばかりで、ホームランなんて打ったことがなかった。

 家に帰れば両親はケンカばかりで、

 オタクもマジメも不良も、学校のやつらも会社のやつらもみんなウソをついたり、ミエをはったり、楽しいフリをするばかり。みんなくそにたかるハエだ。

 オレはボールなんかより、くそみたいな現実を笑い飛ばすのでいそがしかった。

 すべてをぶっとばす笑いを、ドラッグを、オレの神さまをさがしていた。

 死ぬまえのワルあがき、

 さいごのジョーク。

 ふつうに考えたら、ギターごと押しつぶされて死ぬだけだ。

 あっというまにあの世へトリップ。

 だからってほかにどうしようもない。

 ギターで原子爆弾を打ち返せるって?

 音楽とドラッグで世界が平和になる?

 てめえはヒッピーか?

 ハハハ

 幻覚か。むかしの記憶、もとの世界の思い出、異世界に来てからのできごとが、風といっしょにオレのアタマの中にあつまってくる。

 あのくそいまいましい『巨人の足』は、二代目バカ社長だ。

 この世のありとあらゆるエバったやつ。人生アガリのくそみたいな金持ち。そのくそにたかるハエども。

 あのマヌケづらがせまってくる。

 またぶっとばしてやるよ。

 くたばれ。

「このクソ野郎! 月まで飛んでけ!」


 オレは赤いギターキャンディーのボディをたたきつけた。

 死の衝撃しょうげき

 異世界行きのトラックにはね飛ばされるのってこんな感じか。

 当たったかどうかなんて分からなかった。


 しかし、まだオレは死んでなかった。

 『巨人の足』のかかとに、赤いギターキャンディーのボディがめりこんでいた。

 空中で静止せいしした『巨人の足』のかかとから光の亀裂きれつが入り、

 メキメキ、ピキピキ、ビリビリ、パキパキ、ガラガラ音がして、

 超大型機械の接続部分や部品のつまった内側、装甲の表面が大爆発をおこし、

 赤、青、黄色の火花をはなって

 花火みたいにバラバラに飛びちった。


 何かの計器が赤く爆発し、

 何かのモーターが青く爆発して、

 何かのタンクが黄色く爆発する。


 何かが赤く爆発し、

 何かが青く爆発して、

 何かが黄色く爆発する。


 何かが爆発し、

 何かが爆発して、

 何かが爆発した。


 オレも、佐藤も、ドイメも、ンコソパも、

 ラリゴ盗賊も、奴隷も、動物たちも、

 赤、青、黄色の光にてらされて、

 みんな花火を見あげていた。


「これが、音楽の力か」

『ちゃうわアホー!』

 爆発した『巨人の足』の花火のうしろに、カラダを半透明はんとうめいにして上半身じょうはんしんだけ浮かびあがった山のように巨大なシンナーが、とつぜん夜空のむこうからオレにツッコミをいれた。

「よおシンナーじいさん。あんた、幻覚か?」

『その『はじまりの楽器きかい』は、棒みたいにヒトやモノをぶったたくモンちゃいますねん! アンタらホンマ、むちゃくちゃやで』

「へっへー! なんとかなったんだから、なんでもいいだろ!」

『ハア……


 アンタらがなんで神さまに選ばれたのか、よう分かりましたわ。

 アンタらアホや。

 アンタらバカや。


 バカっちゅうのはすぐ泣くし、

 オモロいことにはワッと飛びついて、

 つらいことがあったらすぐ逃げだす、


 ほんで、バカっちゅうのは、あとさき考えずブチギレることができますねん。


 おりこうさんやったらアカン。こうはいかん。自分を守ることだけ考えて、

 ガマンにガマンをかさねて、

 強いやつ、かしこいやつ、えらいやつ、金持ちどもにゴマすって奴隷になる。


 バカは、ちょっとでもバカにされたらすぐブチギレるねん。バカだから。

 どこに人のことをイジメて、苦しめて、バカにするやつがいるか、すぐ分かるねん。

 すぐわめいて、おおさわぎするねん。


 バカっちゅうのは、正直しょうじきゆうことや。

 金もコネも学も無い。血すじだってしょうもない。この物語は、そんな気の短(みじか)いバカどもが主人公なんですわ。


 そんなバカが、神さまから魔法ドラッグをたくされた。

 アンタらやったら、帝国に支配されたこの世界を、ホンマにこのンゲンニ界を、すくうことができるかもしれん。

 アンタらみたいなキチガイは、ナニしでかすか分からんのや』


 オレが思いきり石をなげると、シンナーはケムリが立ちのぼるように空へ吸いこまれて消えていった。


「タナカ! また帝国の機械兵がくるかもしれないでやんす、はやく逃げるだっぺよ!」

 あわてるドイメに手をひっぱられても、オレは赤いギターキャンディーつえのかわりにして、しばらく夜空のマボロシみたいにキレイな機械の花火をながめていた。


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薬物中毒者の異世界ぶらぶらドライブ 御尻割太郎 @kikkoshibari

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