第4話『ガガガガ』

「ドイメちゃーん、逃げちゃダメだよw かわいい『子猫ちゃん』つかまえた♪ って感じ?w」


 あわれな奴隷どれいたちが屁をこいたりシコったりしてくらすボロ小屋のまどから、たいまつのあかりにらされた外のけしきがうかがえる。

 奴隷たちが朝に体操をする広場のまん中で、

 おかっぱの金髪に猫耳をつけた、

 西洋人みたいな青い目をした白い肌の、

 日本人顔のメイド服すがたの女の子がとらわれ、もがいていた。


 彼女の影のほかに、もう一人の小さなかげがうかび、

 さらにもう一人ぶんの、大きな影がうかんでくる。


 そうやってあつまった三人の影が、おだやかでない会話をはじめる。


「その、ンコソパ様にはキズひとつ、つけたりしてないだっぺ。おとなしくばつはうけるでげす。だから、はなしてくれでやんす!」

「グヘヘへへ! ドイメさんよ。ここの奴隷になりたくなけりゃ、クタオ様の言うとおりにするんだな! グヘヘへへ!」

「俺は女はなぐらないw ドイメちゃんはわがメジハ国のガチャガチャ・ガールズ研修生だし?w まあでもあんまりナメたことしてると、さすがの俺でも怒るよ?

 俺が『らんぼう』しなくても、そちらの盗賊の親分おやぶんさんがなにをするか......『わかるよね』......?w」


 三人の影は、風に吹かれるたいまつのあかりにのびたりちぢんだりして、犬や猫、山やキノコ、大きなドラゴンなんかに変化した。


 オレと佐藤は魔法ドラッグでぶっとびすぎて、少しもうごけず窓のまえにくぎづけになり、赤んぼうみたいにヨダレをたらして奴隷小屋の外の三人を見ていた。


 ひらきっぱなしの窓のわくが、大麻の魔法ドラッグ『ぶっとび丸』のケムリにふちどられて、七色にひかりうごめくフシギな唐草模様からくさもようでかざられている。窓が額縁がくぶちになって、夜なのに外のけしきがキラキラかがやいて、三人のやりとりがうごく魔法の絵のようにフシギな幻覚じみて見えた。


(※大麻に幻覚作用は無い、と言う専門家がいる。しかし大麻で幻覚が見えるという人間もいる。まあどっちでもいいことだ。哲学者のヴァルター・ベンヤミンは『陶酔論』という本で、ブリブリになりながら大麻の幻覚について書いた)


「ンコソパ様……オラは、オラは、なにもできなかったズラ。くやしいだっぺ……」


「グヘヘへへ! 手配書に書かれていたとおりドイメさんのことは、ていちょうにあつかわせていただきやした。しかし、ガチャガチャ・ガールズの研修生とは……おしいねえ。ネコ族で、これくらいベッピンの奴隷なら、グヘヘ、都会に家が買えるくらいの値段はつきますぜ!」

「おおスゴラノビタさん、おつw まあ俺、女には興味無いっつーかw まあ仕事で来ただけだけどさ♪」

「ヘエ、ヘエ! グヘヘへへ」

「まあでも男が女を守るのは当然、みたいな?(パン、パン、と、手のひらをこぶしでたたきながら)それが俺の『ポリシー』だし(しゃべっている汗かきデブのメガネが光って、ドイメのすがたをうつす)。女ってなんで『正解』がわからないんだろ? ずっと俺のところにいれば『幸せ』なのに……カッコつけるわけじゃないけどさ♪ マジで『女とか興味ねえわ』w」

「ヘエ。ヘエ。ヘエ。ヘエ」

「今日『コーヒー』飲みすぎて『三時間』しか寝てないんだよね……いつもだけどw ま、どうでもいいけど。まあ、俺はケンカとかあんましないけどさ……本気だすと『こわいよ』? 俺んの警備してる兵士の訓練見てても、剣の『うごき』全部見えるw まあ、俺が本気だしてあいつらの自信うばっちゃったら悪いし、おとなしくしてるw 俺もちゃんと『かんがえて』るんだよ?」

「ヘエ、ヘエ……さ、さすがクタオ様ですねえ! グ、グヘヘへへ! ヘヘヘ、ヘ」

「こんど帝国の機械魔法のライセンス試験うける……いちおう貴族w 俺も金持ちになりたくて『金持ち』やってるんじゃねえよ? あー機械魔法めんどくせw ま、俺なんて『全然たいしたことないけどさ』? ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ

 ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ

 ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ

 ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ」


 ドイメとよばれた黒いメイド服のガキは、オレたちを奴隷にしたラリゴ盗賊の親分、半裸はんらで毛むくじゃらのスゴラノビタの太いうでにつかまえられている。

 そしてそのとなりに、えらそうにドイメと盗賊の親分にツバを飛ばしてしゃべりつづける、コスプレイヤーみたいな恰好かっこうをしたクタオという若い男が立っていた。クタオは少女のかたちをした人形をわきにかかえている。

 クタオは背がひくく小ぶとりで、天パで、ふちなしメガネをかけて、上等じょうとうそうだがファンタジーのアニメ作品にでてくる貴族みたいに本当に大げさな衣装を着ている。胸のところには王冠おうかんとドラゴンをかたどった紋章もんしょうがついていた。

 おもに口呼吸をしているこの貴族の服を着たブタは、なんだろうな? たわいもないつまらないことを、まだぺちゃくちゃと話していた。聞く耳をもたない、人まえでくそしてるみたいに自分の考えをしゃべるのに必死なやつ。こいつの言葉はぜんぜんアタマに入らない。

 まれにみるマヌケ。人をイラつかせる天才。日本に転生したら総理大臣になれるだろう。

 クタオは、いったいなんなんだろうな。なんかダルい感じのやつだった(このウザい感じ、シャブでもやってんのかね?)。


「ぺちゃくちゃ」

「と、ところでクタオ様、めずらしい鉄の車を手にいれたんで。これも買ってくれねえかな? みょうな二人の冒険者が乗っていたモンで、グヘヘ、たぶん機械だと思うんだがね」


 手下てしたの毛ぶかい大男たちや、みじめな奴隷らに運ばせたのだろう。スゴラノビタがアゴでしめしたさきに、オレたちの軽自動車ワゴンRがあった。

 戦闘機みたいにコンビニへバンザイ・アタックする老人ろうじんがよく乗っているようなシルバーのボディが、町なかではつかないだろうほどのどろでよごれている。

 いつのまにか広場の彼らの足もとに、ライブのステージでかれるスモークみたいなケムリがねばりついていた。


「グヘヘ、クタオ様? グヘヘヘヘ…… ク、クタオ様?」


 クタオは白人の少女みたいな顔だちの、ピンクのドレスを着た人形のスカートのはしをつまんで中を見ようとしていたが、盗賊に声をかけられてサッとメガネを押しあげ上をむいた。

 ドイメがンコソパ様とよんだ人形はラリゴ盗賊たちにとっつかまるまえ、だいじそうに彼女が持っていたものだ。人形の髪の毛は、スマホやイヤホンなんかを充電じゅうでんする白いコードにも見える。

 あの美少女フィギュアみたいな人形をドイメが盗んで、クタオがとりかえしに来たってことか? クタオは物にたいする執念しゅうねん執着しゅうちゃくが強そうだからな。キレると口からカッター・ナイフでも飛びだしてきそうなアブラぎった顔。

 足もとから甘いにおいのするケムリが、小さな蜘蛛くもみたいにはいあがる。


「ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ」

「ヘエ、ほかにも変なこな乾燥かんそうしたなんかの葉っぱをたくさん持っていたんだが。ためしにうちの若いのに飲ましてみたんでやすが、ぶったおれてそのまま死んじまった! あんなおそろしいモン、たぶんあの二人は機械魔法使いじゃなくて、いまいましい貧乏人びんぼうにん魔法使いジャンキーどもだ。あのゴキブリども、グヘヘ、身ぐるみはいで奴隷小屋にぶちこんでやりましたぜ!」

「ぺちゃくちゃ?」

「ヘエ、ヘエ。あとはこの機械の車のなかに、価値のありそうな楽器がありやす。おおかたこの機械も、古代遺跡こだいいせきのダンジョンから盗んできたもんでございやしょう。こずるいくそ魔法使いジャンキー! まあ盗みにかんしては、俺たちもエラそうに他人のことをどうこう言えませんがね。グヘヘへへ。

 さあ、ドイメさんともども、いくらで買ってくれるんですかい? しかし……」


 スゴラノビタがうすいケムリのベールでつつまれた広場のはしっこを横目でにらむと、そこにはけんたて装備そうびした人型ひとがたのロボットが二体、彼らを監視かんしするように立っていた。手足や関節は、むかしテレビのロボット・コンテストで見たように金属の骨格やコードがむきだしだったが、胸やアタマはだいじなトコロなのか、よろいかぶとみたいなカタチの装甲そうこうでおおわれている。そこにクタオの服についているのとおなじ、王冠おうかんとドラゴンの紋章もんしょうが浮いていた。


「グヘヘ。やっぱり帝国の機械兵ってのは、見てるだけでムカムカしてくるもんだね。クタオ様がいなかったら、ぶっこわしてバラバラにして売っぱらっちまうところだ!」

「ぺちゃくちゃ!」

「……ヘ、ヘエ。すみません。だけど味方だと、機械兵もおとなしいもんだね。俺たち盗賊は、いちどはこいつらに痛めつけられてるもんだからよお」

「ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ」

「グヘヘへへ、さすがクタオ様。機械兵までしたがえるなんて、さすが帝国の大貴族さまだ」

「ぺちゃくちゃ」

「しかし、いいのかね? 貴族さまと盗賊ふぜいがつるんでるなんて知れたら、さわぎになるんじゃねえか? グヘヘ。まあ、ここらへんは田舎いなかで帝国の結界けっかいの力がゆるいから、バレる心配しんぱいも少ないかもしれねえが」

「ぺちゃくちゃ!?」

「い、いや、おどすつもりなんてねえよ。めっそうもない! グヘヘへへ。まあ朝までにお屋敷やしきへ帰れば大丈夫だろう。これからも仲よくいきましょうや……

 ……え? なにアレ?」


 にゃー、にゃー、わん、わんと、鳴き声がした。

 どこからか茶色いノラ猫と、黒っぽいノラ犬が広場へフラリと入ってきた。

 しかし、おどろくことにその動物たちはうしろの二本足をつかって、人間のように歩いてきた。

 いや……歩いてきたというより、楽しそうにおどりながらステップをふんでいた。

 にゃー、にゃー、わん、わん、歌いながら。犬猫にしてはおどりがうまい。

 犬や猫では人間みたいな笑顔をつくることはできないはずだが、犬も猫もうれしそうに笑っていた。

 ケムリがくなってきた。


「ぺ、ぺちゃくちゃ……ぺちゃくちゃ!」

「グヘヘへへ……変だぞ。な、なんだかアタマが、フワフワして。カラダが……」


 ジリリリリリ! いきなり機械兵のカラダが警告音を鳴らし、スピーカーから機械音声が絶叫ぜっきょうした。『警告けいこく! 警告けいこく! 異常いじょう魔力まりょく感知かんちしました!』『警告けいこく! 警告けいこく! 異常いじょう魔力まりょく感知かんちしました!』『警告けいこく! 警告けいこく! 異常いじょう魔力まりょく感知かんちしました!』ロボットもパニックになるんだろうか? カラダへへびみたいにケムリがきついた機械兵の目が赤く点滅をくりかえして、ガチャガチャ音をさせながら、首や手足がメチャクチャにのびたりちぢんだり、グルグル回転した。


 ラリゴ盗賊のとりでのあちらこちらから、男たちのおたけび、女たちの悲鳴が聞こえてくる。


 スゴラノビタはよろめいて力がはいらず、ドイメのことをうまくつかまえておくことができないようす。

 しかしドイメはドイメで、逃げだすことができないようだった。

 クタオは顔を赤くしたり青くしたりしていた。

 三人ともゾンビみたいにヨダレをたらして、うなりながらフラフラしている。


 砦には奴隷たちのすむ小屋がちならび、ほかにも鉱石の精錬所せいれんじょ、農作物をおさめる倉庫、武器庫、見はりやぐら、兵舎へいしゃなどがあったが、それらはすべてモクモクとケムリにおおわれていた。

 いろんな建物たてものの屋根や角では、犬や猫のほかにたくさんの馬、羊、牛、鹿などの動物たちが二足歩行して、みんなステキに笑いながらおどりをおどっていた。

 オレと佐藤はひたすら大麻の魔法ドラッグ『ぶっとび丸』を吸っては副流煙ケムリをはきだした。


 大麻のケムリ一筋ひとすじ一筋ひとすじが糸になり

 世界が一枚の超巨大な織物おりものになって、

 オレや佐藤がえがかれた、

 シンナーが描かれた、

 世界が一枚の超巨大な織物おりものになって、

 ドイメが、

 クタオが、

 スゴラノビタが、

 一枚の超巨大な織物おりものの模様たちが、

 軽自動車ワゴンR、機械兵、

 月、砦、小屋、やぐら、山、たいまつ、

 奴隷たち、犬や猫なんかの動物たちが描かれた、

 世界が一枚の超巨大な織物おりものになって、

 心の中から吹くすさまじい風にはためいていた。


 いまやラリゴ盗賊の砦はすべて雲のなかみたいに、オレたちがはきだした大麻の魔法ドラッグのケムリにつつまれて、

 みんなぶっとびはじめていた。



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