第三章 我こそは最弱、魅惑のソラオクの巻

第16話 ひとつ屋根の下……何も起きねーぞ!

【前回のあらすじ】

こと不哀斗ふぁいとをブッ倒したら小学生サイズに縮んじまった!」


   #   ♪   ♭



 慌ただしい日々が過ぎ去り、ことは平穏な日常を噛み締めている最中だった。


 昼休みの教室、隣同士の机をくっつけてのランチタイム。


「お前それ、全部食うつもりか?」

「おれちゃまは育ち盛りだからなァ」


 本気か冗談か、不哀斗ふぁいとの弁当箱は三段重ねの重箱だ。それぞれいっぱいのブロッコリー、棒々鶏バンバンジー、そして麦ごはんが詰められている。


「またあのデカさに成長する気かよ」


 ことの懸念をよそに、不哀斗ふぁいとはマヨネーズと胡麻だれをふりかけるそばから、おかずにがっついていた。


「もぐもぐ……大丈夫だ。そのつどサイズに合った服を作ってくれると、メガネのおばさんが言ってたじぇ」


 戦いの後、マキナはその場で不哀斗ふぁいとを採寸し、翌日には何着もの服を仕立て上げてきたらしい。


「あのコスプレ女、無駄に裁縫スキル高いからな」

「おう。自分では着れない服をたくさん作れると喜んでたじぇ」


 マキナの趣味はともかく、不哀斗ふぁいととの良好な関係は意外だった。正直、悪魔ならば問答無用で消し去る女だと、ことは思っていたからだ。

 心なしか、マキナの振る舞い方が以前と変わってきた気がする。


(オレがレもんを助けたせいだったりしてな)


 きっかけが何であれ、殺伐としているよりは余程いい。


「なぁ、不哀斗ふぁいと。今日オレたちと一緒に帰るか?」

「悪いな。おれちゃまはほんさんと帰る約束してるのだじぇ」


 C組の女子生徒だ。不良に絡まれているのを、転校直後の不哀斗ふぁいとが助けたと聞いている。


「そっか。お前もしっかり学校生活を楽しめよ」

「おう。ほんさんといると楽しいのだじぇ」


 マヨネーズの付いた口角を緩ませ、不哀斗ふぁいとは勢いよくご飯をかき込んでいた。

 だが、程なくして箸が動きを止める。


「ん? どうした?」

「ぬぅ……お腹いっぱい、なのだ……じぇ」

「言わんこっちゃねぇ。ちょっと貸せ! 手伝ってやっからよ!」


 こと不哀斗ふぁいとと分担して、重箱三つ分の弁当を完食した。



  *



 学校帰りの夕方。ことまい、レもんと連れ立って、近所のドラッグストアへやって来ていた。


「唐揚げの材料もつくろっておかねーとな。先輩、カレー味とかどうッスか?」

「最高~! でも和風も捨て難いよね~」


 二人で調味料の棚を見て回っていると、レもんがおぼつかない足取りでレジから戻って来た。

 手ぶらで。


「何だ。お前、美容液買って帰んじゃねーのか?」

「……ない……」

「在庫切れか。しゃーねー――」

「お金が……口座に振り込まれてなぁい!!」




 ベンチでうなだれるレもんに、ことは無糖ミルクティーのボトルを差し出す。


「まぁ、元気出せよ。とりあえずこれでも飲め」

「かたじけない……」


 レもんは子犬のようにしょげ返っていた。理由は明白だ。


「レもんちゃんかわいそう。知らない間にバイト先クビになるなんて」


 まいの認識は当たらずと言えども遠からず。悪魔組織・七伯爵の裏切り者となったレもんへの、活動資金の支払いが差し止められていたのだ。


「このままじゃ家賃も払えない……来月からあーしはどこに住めばいいんだぁー!」

「ごめんね、レもんちゃん。うちのマンション、ペット禁止だから」

「ありがと、まいん。気持ちだけで充分だよ……」


(オレはツッコまねーぞ!)


 それはそれとして、ことも他人事で済ますつもりは毛頭なかった。


「オレん部屋空いてるし、来いよ」

「えっ……! で、でも、敵の家に世話になるわけには……」

「うるせぇ! 負け犬の手下Aごときが今さらグチグチ言ってんじゃねー!」


 尻込みするレもんを、ことは強引に家まで引きずって行った。



  *



 ことの家は二階建ての一軒家だ。

 物心ついた時分から母親と二人暮らし。だが、その母もここ数年は仕事で家を開ける日が多い。


「……ん? 鍵開いてんな。ただいまー」


 玄関をくぐった瞬間から、食欲を誘うスパイスの香りが漂っていた。

 レもんを連れてリビングに入ると、ソファには珍しく母が座っていた。


「おかえり――あら、お友だち?」

怒狸どりあんレもんです。ことさんと仲良くさせてもらってます」


 かしこまってお辞儀するレもんを一瞥いちべつし、母は何事かを察したように腰を上げる。


「そうなの。なら、お邪魔虫は退散しようかしら」

「お、おい! コイツはそういうんじゃねー! ただのダチだから!」


 ことは慌てて二人の間に割り込み、本題を切り出した。

 話を聞いた母は難色を示すでもなく、ただどこか淋しげにうなずくのだった。


「いいんじゃない。いつまでも部屋を空けとくのも、ね……」

「マジか! 助かるぜ」

「すみません! しばらくご厄介になります!」


 レもんは膝と額が引っ付きそうなほど深々と頭を下げる。


「それじゃ、お母さんは会社に戻るわね。台所にカレー作っておいたから、よかったら二人で食べて」


 母はすぐに家を出て行ってしまったが、ことの胸の内には言い知れぬ余韻が残っていた。たった二人の母娘なのに、これだけ多くの言葉を交わしたのはひどく久しぶりな気がした。


「いいお母様じゃないか。あんな落ち着いた女性から、ことっちみたいな脳筋ヤンキーが生まれてくるのは人間の神秘だな」

「誰がヤンキーだ! 叩き出すぞコラァ!」

「いいや、ここの家主はお母様だ。あーしはお母様のめいに従うね!」


 すっかり元気を取り戻したレもんを前に、ことは心ならずも安堵している自分を発見する。


「ったく、ふてぶてしい奴だな。さっさとカレー食おうぜ。福神漬けもあるぞ」


 こうして自称・正義のヒーローと落ちこぼれ悪魔の共同生活が始まったのだった。



  *



 後日、ことはレもん同居の顛末てんまつ不哀斗ふぁいとにも話して聞かせていた。


「なわけでよー、レもんのバイト先も『めい治家じや楽器店』に決まりそうなんだわー」

「おう」

「アイツ母ちゃんに気に入られすぎだろ。オレなんかよー……」

「……おう」

「何か今日お前元気ねーな。そろそろ昼メシにすっか」


 いつものように教室の机を向かい合わせ、ことは弁当を取り出す。

 ところが、不哀斗ふぁいとの机にはプロテインバーが一本だけ。


「あ? 今日の分それっぽっちかよ」

「おれちゃまのお給金……止められたのだじぇー!」

「お前もかよ!」


 居候がもう一人増えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る