番外編

番外編 デウス・エクス・マキナ(1)

 バーの入口をまたいだマキナを、聞き慣れた声が出迎えた。


「あら、まさかもう集まったの?」


 バーテンダーの女。顔なじみでありながら、未だ名前を知らない。人の姿をした、底知れない何かだということは分かる。

 燃え上がるような赤い髪になぞらえて、仮に『真紅』とでも呼ぼうか。


「いいや。けど、今回はいつもにも増してペースが早い……気がするよ」


 マキナはバッグから取り出した小瓶を一つ一つカウンターに並べ置いた。それらをかき集めながら、『真紅』はだるげにつぶやく。


「何周目だったかしらね……まあいいわ。この量なら半年分はこうできそうよ」

「やり直しを判断するには時期尚早だよ」


 マキナはスツールに腰を掛けると、『真紅』から差し出されたソフトドリンクを口に運んだ。


「その口ぶりだと順調のようね。どう? 今度こそ上手く行きそう?」

「どうかな。前回の記憶が維持できれば、見通しも利くんだけどねぇ」


 厄介なことに、「前の周」に経験した物事は、時間をさかのぼるに従い忘れ去ってしまう。


「私の力も万能ではないわ。自然の摂理に逆らうのだもの。代償は付き物よ」

「やれやれ、難儀な仕事だ」


 忘却は脳が混乱を回避するための作用なのだろう。マキナは既視感だけを頼りに、「正解ルート」を模索するしかないのだ。


「あなたしか適任者がいないのよ。やり遂げられたら、約束どおり元の世界に帰してあげるわ」


 マキナに選択権はない。どのみち故郷へ帰るための燃料は、小瓶の中身を流用することになるのだから。


「勿論、キミのことは信じているさ。悪魔は一度結んだ契約を決してたがえない――それが使い魔であっても、たとえ魔王であってもね」


 グラスをあおり、顔を戻すと、『真紅』が艶然えんぜんとこちらを見据えていた。


「あなたが私に向ける感情は、信頼ではなく信用なのね」

「不満かい?」

「いいえ。それでこそ私が見込んだ人間だわ」


 つくづく大変な相手に気に入られたものだ――と、マキナは諦め半分に仕事へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る