美食国家の王子《プリンス》は人並み外れた美味を好む

夜桜くらは

美食国家の王子《プリンス》は人並み外れた美味を好む

 ここはグルメ大国、ビショック。この国には世界中から一流の料理人が集い、その腕を振るっている。

 中でも、首都グルーメは世界有数の食の都だ。繁華街には、あらゆる人を魅了する無数のレストランが軒を連ねている。ひとたび訪れれば、至高の料理に舌鼓を打つことができるだろう。


 では、この国に料理人が集う理由とは何か。

 それは、ビショックがグルメ王国の名を冠することからもわかるように、世界中の食通が集まる食の聖地だからに他ならない。

 そして、このビショックで一流の料理人として認められることは、料理人にとって最高の栄誉とされている。その称号を求めて、世界中から腕自慢の料理人が集い、しのぎを削り合うのだ。


 ビショックの頂点に立つ料理人に贈られる称号『グルメキング』。それは、ビショック国王ウマイゾから授けられる。だが、今回は違うようだ。

 国王の息子──アジオン王子が、国王に代わって称号を授けるというのだ。

 これは前代未聞の名誉だった。

 アジオンは幼い頃から、一流とされる料理人たちの料理を食してきた。その中でも、アジオンの舌にかなう料理人は誰一人としていなかった。

 国王ウマイゾは、そんな息子を憂いていた。アジオンは、一流の料理人が集うこのビショックで、未だ自身を満足させる料理人に出会うことができていないのだ。


 そこでウマイゾは一計を案じた。ビショックの頂点に君臨する料理人の称号である『グルメキング』。その称号を、アジオンが見初めた料理人に与えようというのだ。ウマイゾは料理のコンテストという形をとって、料理人たちを集め、アジオンに審査をさせることにした。

 このしらせは瞬く間にビショック中に広まり、料理人たちは大いに奮い立った。

 一流料理人としての誇りと栄誉のため、そして、アジオン王子をうならせる料理を作るという夢を賭けて。

 コンテストがいよいよ始まる。


 🍽️


「さあ、待ちに待った料理コンテスト! 司会を務めますのは、私、ビショックTVレポーターのレレポです!」


 壇上で、レレポが甲高い声で叫ぶ。

 コンテスト会場である円形のドームは、人で埋め尽くされていた。皆が料理人たちの腕前に期待の眼差しを向けながら、今か今かと開始の合図を待っている。


「このコンテストには、世界中の一流シェフが集い、アジオン王子に認めてもらうために自慢の腕を競いあいます。では、コンテストの開幕に先立って、主催者のウマイゾ様に登場していただきましょう。ウマイゾ様、よろしくお願いします」


 拍手の中、ウマイゾが壇上へと上がった。


「うむ。わしはビショック国王、ウマイゾじゃ。今日は存分に腕を振るってもらいたい。このコンテストに参加するシェフたちは皆、一流の料理人ばかりと聞いておる。期待しておるぞ」

「ありがとうございます! では、早速ですが、コンテストのルールをご説明いたします!」


 レレポはきびきびとした動作で会場に向き直り、ルールの説明を始めた。


「ルールは至極簡単です! 制限時間は一時間。その間に、用意した食材を使って、最高の料理を作ってください。審査するのはこの方……アジオン王子です!」


 レレポに促されて、壇上にアジオンが現れた。会場から、割れんばかりの拍手が沸き起こる。アジオンは満足げに会場を見回すと、レレポからマイクを受け取った。


「アジオンだ。今日は、私のために集まってくれてありがとう。皆の料理、心して味わわせてもらう」


 アジオンは一礼するとマイクをレレポに返した。


「では、早速開始といきましょう! シェフの皆さんは準備に取り掛かってください!」


 会場から拍手が沸き起こる。いよいよ、コンテストが始まったのだ。

 料理人たちが一斉に動き始める。ある者は食材を、ある者は調理器具を取りに向かう。


「さあ、いよいよ料理が始まりました! 果たして、どんな料理が飛び出すのか? では、早速見ていきましょう!」


 レレポの実況が会場に響き渡る。観客は、固唾かたずをのんで料理人たちの動きに注目していた。


「まずは……こちらのシェフから! おお、これは見事な包丁さばきです! 食材を瞬く間に切り刻んでいく! 一体どんな料理ができるのでしょうか?」


 レレポが実況する中、一人のシェフが手際よく食材を調理していく。その鮮やかな手つきに、観客たちは感嘆の声を漏らした。


「お次は……あちらの料理人です! おお、これは凄い! まるで魔法を見ているようです!」


 レレポが興奮気味に叫ぶ。料理人が手にした食材は、みるみるうちに姿を変えていく。観客たちは息を呑んで見守った。


「さあ、どんどんいきましょう! お次はこちらのシェフです!」


 その後も次々と料理人たちが技を競い合う。彼らは一流のシェフだけあって、皆見事な腕前を披露していった。



「はい、ここでお時間となりました! 皆さん、本当に素晴らしい腕前を披露してくださいました。では、早速審査に移りましょう!」


 レレポの宣言に、観客たちは期待に胸を膨らませた。それは国王ウマイゾも例外ではない。ようやく、息子のアジオンを満足させる料理人が見つかるのだ。


「さあ、まずはこちら! デリーシャ・スーダ氏が作りましたのは、海鮮料理です! 新鮮な魚介類をふんだんに使った、見事な一皿です!」

「私の自信作、『シーフード・カルパッチョ』です。どうぞ、お召し上がりください」

「うむ。見事な腕じゃ。アジオンよ、これはどう見る?」


 ウマイゾの問いかけに、アジオンは満足げに答えた。


「はい、父上。これは実に素晴らしいです。この料理には海の幸の旨味が存分に活かされています。まさに絶品ですね」

「うむ、そうだな」


 アジオンの返答に、ウマイゾは満足そうにうなずいた。この様子ならば、良い料理人に出会えそうだ。ウマイゾは確信した。


 ……だが、そう簡単には行かなかった。


「では、次に参りましょう! ボノーノ=ヤバウマ氏が作り上げたのは、肉料理です! 香ばしい焼き加減が食欲をそそります!」

「俺の得意料理、『ワイルド・ビーフのロースト』だ! さあ、召し上がってくれ!」


「うむ、見事な料理じゃ。アジオンよ、これはどう見る?」

「はい、父上。これもまた素晴らしいです。この料理はワイルドな味わいの中にもどこか気品が感じられます」


 アジオンは満足そうに答えた。先ほどとほぼ変わらない笑顔を浮かべて。


「お次はビミ・オイシオス氏が作り上げました、こちらの料理! 野菜をふんだんに使ったヘルシーな一皿です!」

「ウチの十八番、『彩り野菜のかき揚げ』どす。さあ、召し上がっておくれやす」


「うむ。これまた見事な料理じゃ。アジオンよ、これはどう見る?」

「はい、父上。このかき揚げは見た目も鮮やかで食欲をそそります。野菜の旨みが凝縮されていて大変美味しいです」


 アジオンはやはり満足げに答えた。先ほどとほとんど変わらない笑顔を浮かべて。

 ウマイゾは内心、困惑していた。アジオンが、どのシェフの料理を食べても同じように微笑むばかりだからだ。思わず表情を変えるようなことは、全くない。


「どんどん参りましょう! 次はゼッピン・ウマイメ氏が作りました、香辛料をふんだんに使った刺激的な一皿です! さあ、どうぞ!」

「我の力作、『スパイシー・トゥーフー』ネ。さあ、召し上がるネ」


「ふむ。実に見事な料理じゃ。アジオンよ、これはどう見る?」

「はい、父上。この『トゥーフー』は刺激的な辛さがクセになりますね。香辛料の風味が豊かでとても美味しいです」


 ……駄目だ。何度聞いても変わらない笑顔に、ウマイゾは焦りを感じていた。これでは、アジオンを満足させる料理人は見つからないのではないか。


 果たしてその不安は的中してしまった。

 参加者の最後の一人、オーイ=スィーネの作り上げたフルーツパフェを口にしても、アジオンの笑顔が変わることはなかったのだ。



「はい、お時間となりました! 皆さん、本当に素晴らしい腕前を披露してくださいました。では、早速審査に……って、ちょっと! あなた、何してるんですか!」


 レレポの叫び声に、会場がどよめく。ウマイゾも慌てて調理場に目を向けると、そこには置いてある食材をごそごそさせる少女の姿があった。


「……へ? あ、あたしですか?」


 その少女は、自分を指差してほうけた顔をしている。まさか自分のことだとは思わなかったようだ。


「そうです! あなたですよ! ……ちょっと、勝手に食材をいじらないでください!」

「えー? 良いじゃないですかー? もう使わないんでしょう? もったいないですよ」


 少女はレレポの注意をものともせず、食材を調理台に広げていく。そして、包丁を手に取ると、目にも留まらぬ早さで食材を切り始めた。


「ちょ……ちょっと! 何する気ですか!」


 レレポが慌てて止めに入る。だが時既に遅く、少女は料理を完成させていた。


「はい、できましたー! あたし特性『なんでも炒め』でーす!」


 少女が笑顔で皿をアジオンに差し出す。その途端、会場からどよめきが起こった。


「な……! あなた、エントリーしていないでしょう! アジオン王子、これはルール違反です! 失格になさってください!」

「いや、待て」

「お、王子……?」


 レレポが慌ててアジオンに向き直る。


「せっかく作ってくれたんだ。彼女の料理を食べるとしよう」

「王子!」


 レレポの制止を振り切って、アジオンは皿を受け取った。そして、その料理を一口食べると……。


「これは……!」


 アジオンの顔が驚きの色に染まる。会場からもどよめきが起こった。


「……美味しい」


 そう呟くと、アジオンは夢中で『なんでも炒め』を頬張り始めた。その姿は、まるで無邪気な子供のようだ。

 その様子に、ウマイゾは目を疑った。アジオンが、あんなにも美味しそうに料理を食べているところなど見たことがない。


「美味しい……こんな料理があったなんて」


 夢中で『なんでも炒め』を平らげると、アジオンは満足げなため息をついた。


「ああ、美味しかった……。これは素晴らしい、本当に美味しかったよ。『グルメキング』の称号は、君にこそふさわしい」


 アジオンの言葉に、会場が再びどよめく。まさか王子が飛び入りの少女の料理を褒め称えるなど、誰も予想していなかったのだ。


「えっ、本当ですか!? やったー!」


『なんでも炒め』の少女も、アジオンの賞賛を素直に喜んでいる。


「ああ、本当に美味しかったよ。……君、名前は?」

「あ、あたしですか? あたしは『マズィー』って言います」

「そうか、マズィーか。良い名前だ」


 そう言うと、アジオンは少女に微笑みかけた。その笑顔は今まで見たことがないほど優しいもので……ウマイゾは驚きのあまり言葉を失った。


「もし君が良かったら、私の専属料理人になって欲しい。君には私の食事を作ってもらいたいんだ」

「……え?」


 アジオンの申し出に、マズィーがきょとんとした表情を浮かべる。ウマイゾもまた、驚きに目を見開いた。

 ……だが、次の瞬間には、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれていた。

 こうして『グルメキング』の称号は、アジオン王子をうならせた謎の少女に贈られることになったのだ。



 そして後日。国王ウマイゾも、息子を満足させた料理が気になり、マズィーに料理を振る舞ってもらうことにしたようだが……。

 ウマイゾは、一口食べてすぐに悟ったらしい。……アジオンのが狂っているだろうことに。アジオンは『美味しい』と思う範囲が、常人のそれとはあまりにも違いすぎた。


 ……そう。マズィーの作る料理は、びっくりするほど不味かったのだ。

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