とある朝:Day19『トマト』
翌朝。アルタイルが起きると、すでにアクセプタとアウトリタは活動していた。
トントンとテンポ良く聞こえてくる包丁の音と、湯気とともに漂ってくる美味しそうな匂いからは、アクセプタが朝食の準備をしているのが察せられる。そしてアウトリタは、昨日書いた家の外観図をダイニングテーブルに広げて何やら考え事をしているようだ。
「おはよう、二人とも」
アルタイルが声をかければ、アウトリタはテーブルから顔を上げた。
「おう、ヒロ。おはようさん。今日は早起きだな」
「ああ。今日はいつもより早く目が覚めてな」
それを聞いていたアクセプタが小さく笑う。
「珍しーこともあんだな。変なことが起きなきゃいーけど」
「珍しいこと?」
「今日は、アンタだけじゃなくて、薬屋も早起きしてんだよ」
「レジーナもか? だが、ここにいないみたいだが……?」
アルタイルは首を傾げながら室内を見回した。この場にいるのはアルタイルとアクセプタとアウトリタの三人だけである。
不思議そうに首をかしげるアルタイルに、アウトリタが告げる。
「レジーナなら、何か用事があるっつって出掛けてったぞ」
その言葉に、アルタイルは昨晩の密会を思い出す。
「一人で出掛けたのか?」
「いや、モイが一緒だ。あと、タラゼドも」
「はあっ?! 迷子も出掛けてんのか?!」
アウトリタがあっけらかんと告げた言葉に即座に反応を示したのはアクセプタだった。
「聞いてねーぞ!? いつの間に起きてたんだ?!」
「ちょうど二人が出掛けるタイミングで起きたみてぇで、そのまま二人についてったぞ」
「っつーか、自警団は何で知ってんだ?」
「朝練から帰ってきた時に、三人とすれ違ったからな」
「ふーん……」
そう答えたきりアクセプタは黙り込むと再び料理の手を動かし始めた。
二人の会話を聞いていたアルタイルは、腕を組んで思案顔を浮かべている。何やら心配そうにも見えるその表情に、ややあって、アウトリタが声をかける。
「どうした? 何か気になることでもあんのか?」
「ああ。昨日の夜、タラゼドがレジーナと何かを話してるのを見かけたんだ。だから、もし今朝三人が出掛けた理由がそれと関係してるのなら、何があったのか気になってさ」
「なら、またレジーナが変なことでも思いついたんだろ。昨日俺はタラゼドと一緒にいたけど、何かトラブルとか悩みとかがあるようには見えなかったしよ」
あのお転婆は思い立ったらすぐ行動するからな、とアウトリタはぼやいた。
三人の間に沈黙が流れた。アウトリタはさして気にしている様子はないが、鍋をかき混ぜているアクセプタは神妙な面持ちをしている。
対照的な彼らの様子を見ながらアルタイルは思案する。
楽観的と捉えるべきか心配性と考えるべきか。彼らと旅をしていた時の記憶がないアルタイルとしては、レジーナもモイも腕が立つようなので深刻になる必要はないだろうと思っている。その一方で、気持ちがソワソワして落ち着かないのも確かである。
ポツリとアルタイルが呟く。
「さっき出掛けたなら、急げば追いつけるよな……?」
それを聞いたアクセプタが弾かれるように顔を上げた。
レジーナが話を持ちかけたのか、タラゼドが相談したのか。真相はわからないが、わざわざ早朝から出掛けるほどの何かがあるのは確かだろう。そして、「ヒロ」がその何かに引っ掛かりを覚えている以上は穏やかな話ではないのだろうとも察していた。
「なら善は急げだ! 自警団、後は任せたからな!」
それから数分後。
アルタイルやアクセプタたち一行は、村を出たすぐ近くの森の中にいた。
「ったくアイツら、どこまで行ったんだ?」
「ええ、本当に。森に詳しい兄さまが一緒なら、行動範囲は広いかもしれないわね」
アクセプタとともに先頭を歩くのは話を聞きつけてついてきたベガで、彼女たちの後に続くアルタイルの隣にはいつの間にかに同行していたフリィがいる。彼ら四人は森奥へと進みながら周囲を見回すも、森の中は探し人の姿どころか自分たち以外の生き物の気配がまるでなかった。
アクセプタは隣を歩くベガに声をかける。
「なあ。アンタは、薬屋たちがどこに向かったか心当たりはねーのか?」
「心当たり……。そうね、あるとしたら、薬を作る材料を集めに向かった、とかかしら。この間レジーナが、薬の調合に必要な素材は自分で集めていると教えてくれたのよ」
ベガはニコニコと微笑みながらそう答えた。
しかし、フリィが小さく首を横に振る。
「ううん。それはないよ。だって、レジーナは薬草を集めるのを誰かに手伝ってもらうような性格じゃないからね」
「あら、そうなのね」
フリィの言葉にベガは眉間に小さくしわを寄せながら答えた。
彼女の物言いにはどことなく棘があるようだったが、フリィが気にした様子はない。
ややあってアルタイルが思い出した様子で口を開く。
「そういえば、タラゼドとベガは数年前は別の村に住んでいたんだよな? その村に行ったって可能性はないのか?」
「それは……、ないと思うわ」
ベガは首を小さく横に振ると、ポツリと零すように語り始める。
「わたしと兄さまが暮らしていた村は、数年前の大雨で水没してしまって、今はフォレス湖ダムの底にあるのよ。あそこは何もないところだし、それに今はフォレスの町とレストの町が毎年交互にダムの点検をしているから、わざわざダムに行く理由はないと思うわ」
「それって、僕たちが調査依頼された山の上のダムのことだよね? あのダム、上から見た時はわからなかったけど、ベガたちが昔住んでいた村が沈んでいたんだね」
「あの村には……あのダムの底には、わたしが住んでいた家があるから、わたしの大切なものは今でも沈んでいるの。けれど、兄さまが住んでいた家は流されてしまったから、兄さまの大切なものはあの場所には残っていないはずよ」
「ん? アンタら兄妹って別々の場所に住んでたのか?」
「えっ? あっ、そ……その、少し、いろいろとあったの」
「ふーん。ま、言いたくねーなら別にいいけど」
アクセプタは興味なさげに言うと、後ろを歩く二人を振り替える。
「しっかしそーなると、とりあえずフォレスの町にでも行っとくか?」
「手がかりがないもんね。ヒロと再会したのもその町だし、何か手がかりがあるかもしれないから、行ってみるのもありかもね」
「だよな。アンタら二人はどーだ?」
その質問にベガは手を合わせて頷く。
「わたしは賛成よ。町に行けば、何か手がかりがあるかもしれないわ」
「そうだな。アクセプタの言う通り……、ん?」
アルタイルは頷こうとして、ふと視界の隅に映ったものに思わず足を止めた。
不思議そうな顔で振り返った三人の視線を受けながら、アルタイルは森の脇道を逸れて背高草の中へと足を突っ込む。数歩進んだ彼は地面に落ちている何かを拾う。
「これは……トマトか?」
問いかけながらアルタイルは三人を振り返り、手にした物を見せた。
それはずんぐりとした雫型で、真っ赤でみずみずしそうな色をしている。
「トマトだね」
「トマトだな」
フリィとアクセプタが同時に答えた。
続けて、ベガが不思議そうに首をかしげる。
「どうしてこんなところにトマトがあるのかしら?」
「誰かの落とし物かな?」
「んなわけねーだろ。こんなところ、フツーは誰も通らねーっての」
アクセプタが呆れた声音で言い捨てた。
それを聞いたアルタイルとフリィはハッとした様子で顔を見合わせる。
「ってことは」
「レジーナたちの手がかりか!」
二人は声を弾ませると背高草へと目を向ける。
草むらの隙間から、その鮮やかな赤色がチラリと顔をのぞかせているのが見えた。
「行こう、二人とも!」
フリィの言葉を合図に、フリィとアルタイルはトマトを追って草むらの奥へと進む。
ひとつため息を吐いたアクセプタと、小さく拳を固めたベガがそんな二人の後に続く。
「っつーか、何でトマトが落ちてんだ」
「……あっ。もしかして」
「心当たりあんのか?」
「ほら、昨日の夕食、トマトスープがあったじゃない? それで、モイがトマトの味をとても気に入ったみたいで、家にあったトマトをいくつか分けてあげたの。もしかしたら、それかもしれないわ」
「そーかい。なんつーか、…………迷子らしいな」
ベガの言葉にアクセプタは呆れたような笑いを零した。
それから、意気揚々とトマトを拾う二人の背中を追いかけた。
水鏡に煌めく光 吹雪舞桜 @yukiuta_32
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