第41話「いわゆる伏線ってやつ」
「これまで特に問題を起こしてこなかったある学園の学生達が、最近になって大幅に問題行動を起こしている。窓ガラスを割ったり、万引きをしてみたり、まあ学生らしい問題行動ってやつだね」
「その内盗んだバイクで走り出しそうな話ですね」
「もうやってるかもね。けど、今言ったことは正直どうでもいい。一番の問題はいじめだ。学生間のいじめだけでなく、すでに教師も対象となっているらしい。それが原因で休職に追い込まれた人も一人や二人ではきかないようだ」
そこまで話して、八田さんは一冊のファイルをテーブルに置いた。
中を見てみると、問題行動の発生日時と周辺地域のイドの発生率が比例していることが書かれていた。
「見ればわかると思うが、僕は問題行動の裏にイドが絡んでいると考えている。それも、ただのイドじゃない。エクストライドだ」
「エクストライドっていうと、意思を持ったイドのことですよね?」
「その通り。恐らく、エクストライドがなんらかの方法で学生達の抑圧された感情を増幅させていることで生じている問題だと思うんだ。そこで君達に新たな業務命令だ!」
八田さんは先程のファイルを横にどけて一枚の紙切れをテーブルにバンッと置いた。
その紙切れに何が書かれているか読む前に、
「ズバリ! 潜入任務!」
意気揚々と言う八田さんだったがしかし、僕達の反応はとても冷めていた。というか月野さんなんかこれ見よがしにため息ついてるし。
そんな僕達の反応をよそに八田さんの演説は続く。
「君達3人には問題が発生している学園に交換学生として潜入し、実態を調査、問題が判明次第それの対処を行ってもらう!」
「あー、えーと、つまり僕達に学生をやってこいと?」
「その通り!」
「一応聞きますけど僕達に拒否権は?」
「なぁい!」
「この人ぶん殴ってもいいかな?」
「私が許可します」
「私も許可するわ。とても腹立たしい態度だもの」
「ちょっ、待って待って! ちゃんと理由を説明するから。何もふざけて潜入してこいって言ってるわけじゃないんだ!」
「仕方ないから理由を聞いてあげましょう」
「実は何度かウチから職員を派遣して調査してたんだけど、外面がいいものだからいつまで経っても内情がわからないんだ。けどどう考えても原因があそこにあるのは間違いないんだ。これを見てくれ」
八田さんはそこまで言うと、先程どかしたファイルをペラペラめくってその時の調査報告書を僕達に見せた。
そこには現在までに起こった問題と、関連していると思われる学生達に行った聞き取りの内容が記されている。
起こった問題に関しては隠しようがないので信頼性のある情報だったが、学生への聞き取りはどれも上っ面な情報でとても役に立つとは思えなかった。
「もう外部から得られる情報には限界がある。君達ならまだ現役の年齢だから潜入しても違和感がないし、生の声を聞けるだろう?」
「それならそうと先に言ってくださいよ」
「いいじゃないか。僕だってボスっぽいやり取りがしたかったんだ」
「まったく……」
「問題の中心となっている学生がいるはずなんだ。可能性のある人物はファイルにリストアップしておいた。それを頭に叩き込んで、なんとか上手いこと話を聞き出してほしい」
パラパラとファイルをめくってみると、後ろの方に顔写真付きで学生がリストアップされていた。趣味や好きな食べ物なんかが書かれていて実にそれっぽい。
「その問題の学生を見つけたらどうするんです?」
「なに、それさえわかれば後はいくらでもやりようはある。といっても、今回僕は手伝うつもりはないけどね。特戦9課のお披露目会だ、作戦は月野君に作成してもらう」
「え? 私ですか?」
「そうだとも。9課の隊長は君だ」
「わかりました、やってみます。問題を解決できればいいんですよね?」
「やり方は君に任せる。それから、あえて言ってなかったが、君達に行ってもらう学園とは白陵学園だ」
「っ!」
なんだ? なんか月野さんが過剰に反応したぞ? そんなに有名なところなんだろうかとのんびり考えていたら、
「……まだあの女はいるんですか?」
月野さんらしくもない、とても冷たい声音で彼女は八田さんにそう確認した。
「ああ、在籍を確認している」
「なるほど。だから私をこの任務に選んだんですか」
「否定はしない。ちなみに月野君が彼女に対して何かをしてしまったとしても、責任の所在は君をこの任務に選んだ僕にある、とだけは言っておこう」
「……気分が悪いので失礼します」
まだ話しの途中だったというのに、月野さんはそう言って退室してしまった。
「えらい険悪なムードだったなあ」
「月野にしては珍しいわね。何か理由があるみたいだけど」
「悪いが僕の口からは言えないかな」
「要するにそれだけ根が深い問題ってことですよね。月野さんが怒っていなくなるなんてよっぽどだ」
「僕はね九条君、君に期待しているんだ。君なら彼女の抱えているものを解決できるんじゃないかって」
「なるほど?」
なんのこっちゃわからないが僕で解決できる問題なら解決してあげたいと思う。
「任務の詳細は追ってメールで伝えるから準備だけしておいてくれ」
「りょーかいです。それじゃ僕らももう行っていいですかね?」
「ああ、構わないよ」
部屋を出ようとした僕に八田さんはこう言った。
「彼女を独りぼっちにさせないであげてくれ」
彼女が誰を指しているかなど、先程の会話を考えればすぐにわかることだった。
「やっぱり面倒なことになった。これだから八田さんの呼び出しは好きじゃないんだ」
家への帰り道、僕は可愛らしくぷんぷん怒りながらそう言った。
「それにしても月野のあの態度、気になるわね」
「その件だけど、とりあえず僕に任せてくれないかな。八田さんも僕が解決することを期待してたみたいだし」
「構わないけど……大丈夫なの?」
「どうかねえ。そもそも月野さんの抱えているものってのがまーったくわからんちんだから。悩みなのか、解決できるものなのか、それすらわからないときた」
「月野のことだから、家に戻る頃には元に戻ってるとは思うけど、心配ね」
「ま、月野さんには世話になってることだし、僕がひとつ頑張ってみるよ」
とはいったものの、彼女の性格を考えれば教えてと言ったら返って意地になって言わないだろう。だからそれとなく接触の回数を増やしたりして相談しやすい雰囲気を作ろう。
「ただいま」
「おかえりー、遅かったね?」
家に帰ると天音がリビングで漫画を読んでいた。
「新しい仕事を積まれていたんだ」
「へー、どんな仕事?」
「聞いて驚け、潜入任務だ。白陵学園ってところに交換学生として行くんだって」
「マジ? 休学してるのに別の学園に行くって変な話だね」
「それはそうだが仕事と言われてしまえばどうにもならないよね」
「なんか大変なんだねえ」
「これでもサラリーマンなので」
一応僕はアプローチの社員ということになっているのでサラリーマンなのだ。
「ところで二人共、夕食のリクエストはある?」
天音と戯れていると、今日の料理当番である真衣華がそう尋ねてきた。
「僕ハンバーグ!」
「あたしも! 野菜ソースでお願い!」
「わかったわ。ひき肉あったかしら……?」
その後、夕食を食べてシャワーも済ませられるほどの時間が経過したのにもかかわらず、月野さんは帰宅する気配がなかった。
「月野さん遅いねえ。今日残業なのかな?」
唯一、先程のやり取りを知らない天音は寂しそうに溢した。そんな彼女に僕は、
「そうかもね。僕ちょっと見てくるよ。遅くなりそうなら連絡するから天音は先に寝てな」
「司さん、月野の分のご飯、冷蔵庫に入っているから会ったら言ってあげてちょうだい」
「オッケー。それじゃ、行ってくるよ」
月野さんがいるとしたら15階にあるバーだろう。彼女は仕事終わりによくあそこで飲んでいるらしいし。そう思ったのだが、
「いないな……」
念の為バーテンダーの
「月野ちゃんならさっきまでいたわよ? 確かもう帰るって言ってたかしら」
「しまったな、行き違いになってしまった。ありがとうございます」
家に戻ると、リビングでもそもそとハンバーグを食べている月野さんがいた。
「あらおかえりなさい」
「ただいま。いつ戻ってたの?」
「ついさっきよ。なんか私を探しに行ってたんだって?」
「そうそう。天音が月野さんの帰りが遅いって心配してたからさ」
「そうだったの、悪いことしたわね」
「いやいいんだ。次からはラインで確認するよ」
「その方がいいと思うわ」
何の気なしに食事をしている月野さんを眺めていると「なに……?」と言われてしまった。
「そんなに見られてると食べづらいんだけど」
「ああ、ごめん。ちょっとボーッとしてた。部屋に戻るよ」
「別にいてもいいわよ?」
「そう? じゃお言葉に甘えて」
「らしくないじゃない。いつもなら聞いてて鬱陶しくなるくらいのマシンガントークなのに、今日はずいぶん静かなのね」
「僕にだってそういう気分の時くらいあるさ」
「嘘ばっかり。大方さっきの私の態度を気にしてるんでしょ」
「バレたか」
「わかりやすいもの、九条君。……心配かけて悪かったわね」
「おろ? 心配かけた自覚があるんだ」
「人をなんだと思ってるのよっ。ちょっと大人気なかったと思ってるわよ」
「そっかそっか。まあ色々あるんだろう? 言いたくなったら言ってくれ。僕でよければいつでも付き合うからさ」
「残念でした。九条君にはぜーったい話しません」
「ひどいなあ。僕ほど月野さんのことを心配してる男はいないんだぜ?」
「どの口が言ってるんだか……でも、ありがと」
「どーいたしまして。潜入、明後日からみたいだね。さっき制服が届いてたよ」
「そうね。絶対、失敗は許されないわ。九条君もそのつもりで」
「りょーかい。それじゃ、僕は部屋に行くよ。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます