月野キャプチャー
第39話「プロローグ」
「とんでもないことになったわね……」
とは
どことなく拗ねた印象を抱かせる赤目の美少女が発したその言葉通り、今僕達は少々、いやかなりの面倒事を抱えていた。
「まさか
「せっかく面倒事に決着がついたと思っていたのに。どうするつもりなの?」
「それを相談するために今から
「そうだったわね……はぁ、ほんと最悪……」
トレードマークのキャスケット帽子から溢れる夜色の髪が元気なさげにサラリと垂れた。
僕がオリジナルエゴである
つい昨日、それらの大半に決着をつけ、ようやく天音が日常に戻れると思った矢先、一般人だったはずの天音がエスの海に招待されてしまった。
それが意味するところは新たな面倒事の登場ということ。そして僕達はその対処法を考えるべく、僕達が所属陣営でアプローチのボス、八田さんに相談しに行くところだった。
「昨日はイドとの戦闘があったから、とりあえず本社に預けてたけど、今後はどうなるんだろうね。まさかエスの海の度に天音を預かってもらうわけにもいかないし」
「一番可能性が高いのは保護観察プログラムの延長でしょうね。それかアプローチ所属になるか」
「3人揃って仲良くアプローチ所属か。月野さんはよっぽどスカウトの目があるみたいだね。プロデューサーにでもなったら?」
「Pヘッドかぶって笑顔ですとでも言えって? お断りよ」
「あら残念」
なんていう話しをしていると、八田さんのいる部屋に着いた。
果たして彼はなんと言うか……。
「道は2つに1つだ。アプローチの社員として働くか、保護観察プログラムを生涯に渡って受けるか。これ以外にない」
月野さんの予想した通りの回答だった。
「やっぱりそうなりますよね。天音さんには私達から話しておきます」
「うん、頼んだよ。けどその前に、彼女がエゴとしてエスの海に招待されたのかどうかだけは調べなければならない」
「ああ、その可能性があったのか。天音がエゴだったからといって誰かと契約しなければならないとかそういうのはないですよね?」
もしそうなら、僕は八田さんと、ひいてはアプローチと戦わなければならない。
「いや、そういう決まりはないよ。ウチにはエゴだけど事務として働いている人もいるからね。僕としてはイドと戦ってほしいなとは思ってるけど、無理強いはしない」
「それを聞いて安心しました」
「だいたい、そんなことを言ったら
「よくおわかりで」
僕がそう返すと八田さんはニコッっと微笑んだ。白い歯がキラッと輝く、ニコキラ笑顔だ。
「そういうことで、
気は進まない。とても気は進まないが、天音にはしっかりと説明しなければならない。
僕にできるのは彼女の選択を最大限尊重し、寄り添うことだ。それが巻き込んでしまった僕の責任。やらなければならないこと。
「あら、おかえりなさい。話し合いは終わったの?」
家に帰ると、真衣華が出迎えてくれた。
どうやら彼女はコスプレに道を見出したらしい。今日は某魔女っ子アニメのコスプレをしていた。わざわざ黒猫のぬいぐるみを肩に置いている辺りに本気度が伺える。
「なんとかね。ちなみに聞くけどその肩の猫、名前は?」
「ジジよ」
「なるほど。そんなにコスプレにハマってしまったのかい?」
「私に足りないのは存在感だと思うの。コスプレ美少女っていいキャラだと思わない?」
「天音と微妙にキャラが被っているような……?」
「天音さんはツッコミキャラだもの。私とは違うわ」
「それもそうか。天音は?」
「部屋にいるわよ。呼んでくる?」
「お願い。第2回家族会議を行わなければならない」
と、いうわけで、
「第2回家族会議を始めます」
前回の家族会議から1週間とちょっとしか経っていない。ちょっと開催頻度が高すぎると思うのは僕だけだろうか。
「なんかこれだけ高頻度で開催されると問題のある家庭みたいだね」
とは天音の言。今日も今日とて程よい可愛らしさだ。同居しているので甘酸っぱいラブコメが始まりそうなものだが、残念ながら今回の家族会議開催の原因は彼女にある。
お、部屋着がダルダルだからおっぱいが見えそう。
お茶を取るフリして覗き込もうとしたら、僕の考えを察したらしい月野さんに目隠しされてしまった。
「九条君?」
おっぱいは見れなかったが月野さんの柔らかい手のひらが僕の顔に触れたから差し引きトントンってことにしておこう。
「コホン……まあ実際に問題ばかり起こっているのだから仕方がない」
「あたしが原因なんだよね? なんか
「エスの海だね」
「そう、それそれ。結局のところエスの海ってなんなの? あたし未だに理解できてないんだけど」
「まあ簡単に説明するとだね、イドという悪者がいるわけだ。そして、イドはエスの海にしか存在できない。で、エスの海には一部の人しか行けないって感じかな」
「へー。じゃ、あたしはその一部の人になっちゃったってこと?」
「そういうこと。で、ここからが本題なんだけど、天音にはアプローチの社員になってもらうか、今みたいな保護観察プログラムを生涯に渡って受けるかのどちらかを選択してもらう必要があるんだ。どっちがいいかな?」
「司達はここの社員なんだよね?」
「そうだね」
「じゃ、あたしも社員になるよ」
「そんな簡単に……いいのかい? これはいわば天音の将来にかかわる話なんだぜ?」
「特にやりたい仕事とかもなかったし、ここお給料いいんでしょ?」
「僕と天音じゃ部署が違うからなんともだけど、たぶん普通に働くよりはいいかな? その辺どうなの、月野さん」
「大手商社の事務職くらいかしら? 私も比べたことないから正確じゃないけど」
「あ、そうだ。これは聞いておきたかったんだけどさ、あたしがここの社員になったら、今のこの生活も続けられるんだよね?」
「そうね。天音さんがそれがいいって言うなら続けられるわよ?」
「なら決まり! 今の生活壊したくないし!」
うーむ……天音の考えを尊重するとは言ったが、こんなに簡単に決められると肩透かしを食らった気分だ。もっと時間をかけて悩んだ方がいいと思うんだけど……。
「本当にいいのかい? 天音はイドを見たことがないから、せめてイドとの戦いを見てから決めた方がいいんじゃないのかい?」
「じゃあ見せてよ」
そう来たか。まあ当然っちゃ当然だけど、僕としてはなるべく天音を危険に晒したくないんだけどなあ。悩んでいると、
「じゃあこうしましょう。次の戦闘、私達は参加しないで遠目から天音さんと一緒に観戦するの。危険が及びそうだったら私と司さんで天音さんを守る。どうかしら?」
真衣華がそんな提案をしてきた。
ふむ。まあこれならいいか。問題は誰がイドと戦うかだけど、その辺は
「よしわかった。じゃあ真衣華の案でいこう。八田さんには僕から説明しておく。ひょっとしたらその間に検査なんかがあるかもしれないけど、それは受けてほしい」
「検査って?」
「あー、つまり、天音が真衣華や月野さんみたいな特殊体質かどうかを調べる検査だ」
「あたし普通の人間だよ?」
どう説明したものかと考えあぐねていると、月野さんが代わりに説明してくれた。
「エスの海に招待されると、女の子はエゴと呼ばれる存在に覚醒している場合があるの。私や真衣華みたいなね」
「え、じゃあ月野さんみたいに物を再生できるかもしれないんですか?」
「まあ簡単に言うとそうね」
「やったー! 壊れたゲームが直せる!」
どこまで能天気なのかと我が友人ながら不安になってくる。事はそう単純ではない。
月野さんなんかはエゴに覚醒したことで身体能力が手を握って力を入れるだけで骨が砕けてしまうほどに一般人と比べて逸脱してしまった。
それによって周囲の人間が自分に恐怖していると考えたり、自分を利用しようとしているんじゃないか、と他者を信用できなくなってしまった。
どのような力に目覚めるかによるが、力によってはそうした問題も生じるのだ。
「天音、これは手放しで喜べることじゃないんだぜ? 仮に君がエゴに目覚めていたとして、どんな能力が身につくかわからないんだから」
「そうなの?」
「ええ。私の場合がそうだったというだけで、真衣華は肉体の再生能力だったし、人によってどんな能力かは異なるの」
「なんだあ、残念」
「とはいっても、エスの海に招待されたからといって必ずエゴになるわけではないわ。だからこその検査なの」
「エゴだった方が面白そうなのに」
「おいおい、簡単に言ってくれるな。僕がどれだけ心を痛めてると思ってるんだい」
「そうね。エゴになるのは面白いことではないわ。私はむしろ不幸なことだと思う」
「え、そんなマジトーンで言われても……真衣華ちゃんもそう思うの?」
「私の場合は月野とはケースが違うから完全に同意見ではないけど、概ねそう思うわ。司さんも天音さんが心配で言っているんでしょうから、その気持ちは汲んであげてほしいわね」
「はーい……」
打って変わってしょんぼりしてしまった天音の様子を見た真衣華は「でも」と言って、
「二人とも脅かしすぎだわ。エスの海に招待されたからといってなんでもかんでも危険というわけではないわ。私達が天音さんを守れば済む話よ。違う?」
「それは……確かにそうだけど」
確かに天音を大切に思うあまり脅かしすぎた。僕が彼女を守れば済む話と言われればそれはそうだ。月野さんも僕と同じ考えに至ったのか、「そうね」と返した。
「ごめんね天音、ちょっと言い過ぎた」
「私も。自分のことと重ねすぎたわ。ごめんなさい」
「いやいや、二人が一生懸命頑張ってくれてたのを知ってたのにふざけちゃったあたしが悪いよ。だから、ごめんね?」
「いいんだ、天音は悪くない。仲直りの握手をしよう」
僕が右手、月野さんが左手で天音と握手をして仲直り。よし、これでこの話は終わりだ。
「仲直りも終わったところで、家族会議はお終いかしらね?」
握手をする僕達を若干羨ましそうな顔で見ていた真衣華が言った。
「そうだね。とりあえず天音の方針も決まったことだし、話すことは話したし」
「それじゃあ私は着替えてくるわ」
「なんでまた。さっき着替えたばかりじゃないの?」
「司さんの反応が微妙だったから」
「ああ、そういう……」
「何かリクエストはあるかしら?」
「メイド服」
何を隠そう僕はメイドフェチだ。この間のデートで着てくれたのが記憶に新しいが、良いものは何度見ても良いのでまた見たい。
「わかったわ。下に行って新しいのを買ってくるわね」
と言って真衣華は早速家を出ていった。肩に黒猫を乗せた魔女っ子の格好のまま。
そんな彼女を見た月野さんは、
「コスプレ美少女っていうよりオモシロ枠になってないかしら?」
と言った。
正直、僕も同じことを思った。
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