第38話「エピローグ」

「やあ4人共。呼び出してすまないね」


 それから3日後の昼。僕達の姿はボスの部屋にあった。先述の通り、八田さんに呼び出されていたのだ。


「九条君、お腹を撃たれたって聞いたけど大丈夫なのかい?」

「え! 司お腹撃たれたの!?」


「うん。けど僕はスーパーマンだからだいじょおぶなのだ!」

「はっはっはっ! 実に頼もしいね。そんな君にはこれをプレゼントしよう」


 そう言って手渡されたのは、手のひらサイズの正方形の箱に、丸いドクロのボタンが付いたスイッチ的な何かだった。


「なんですかこれ?」


 以前までの僕だったら、渡された途端に「ポチッとな!」とか言ってボタンを押していただろうけど、今までの経験から八田さん関連はろくでもないと学習していたので押さない。


「それかい? この間君達が戦った組織の本社ビルに仕掛けた爆弾のスイッチ」

「なんてもの渡すんですか! 危うく押すところだった!」


「押したら奴らのビルは崩壊するんだよ? 押さないの?」

「押すわけないでしょう! 僕を犯罪者にするつもりですか!」

「君達は?」


「お断りします」

「興味ないわ」

「いやあたし関係ないですし」

「そうかあ。仕方ない、では僕が押すとするか。ポチッとな」


 マジかよこの人……なんの躊躇もなく押したぞ。


 ややあって、ドドーンッ! という筋肉アクション映画でしか聞いたことのないような爆発音が彼方から聞こえてきた。


「いやあすっきりさっぱりしたね」

「なんてことするんですか!」


 これには流石の僕もツッコミをいれざるを得なかった。


「そんなに心配しないでも、職員さん達は避難させてるよ。周辺も立入禁止にさせてるし、人的被害はないはずだ」

「そういうことを言ってるんじゃ……」


「まあ真面目な話、これは見せしめだよ。九条君達が戦った組織、オペラントっていうんだけどね。元々、過激なことばかりやるから業界内でも嫌われてたんだ」


 てっきりMIBが正式名称だと思っていたけど、彼らオペラントって名前だったのか。


「九条君と黒鉄君がウチの所属になっても、引き抜きを諦めていない組織ってのはなかなか多くてね。水面下で阻止してたんだけど、そろそろ表立って引き抜き工作が始まりそうだと思っていたところに、先日の騒動だ。いい機会だと思ったよね」


「釘を刺すためにってやつですか?」

「そういうこと」

「だからって爆破はやりすぎでしょう」


 見せしめとはいえスケールが大きすぎる。ボタンを押さなくて本当によかったと思っていると、月野さんが、


「そもそも、そういうことが起こりそうだとわかっていたなら、どうしてもっと護衛をつけなかったんですか。そのせいで九条君は撃たれたんですよ? 二発も」


「そこはほら、九条君なら大丈夫かなって」

「つまり、何も考えてなかったんですね……?」

「そうとも言える」


 月野さんの握りこぶしに怒りマークが浮かび上がっている。この後の騒動を察知した僕はそおっと部屋の隅に移動する。


「真衣華、天音さん、どう思う?」

「アウトね」

「よくわかんないけどアウト!」

「そうよね、私もそう思うわ」


「あれ? 三人とも、そんな拳を掲げてどうしたんだい?」

「今日という今日はやらせてもらいます!」

「私のコントラクターを危険にさらした罪は重いわよ」

「司の仇!」


「た、助けてくれ九条君!」

「キコエナイキコエナイ」


 僕は目を閉じ耳を塞ぎ部屋の隅っこで縮こまっていた。


 閑話休題。


「こほんっ。まあ今回の件でウチに手を出したら手痛い出費を払うことになるというのが方方に知れ渡ったことだろう」


 偉そうに話しているが、八田さんの両目にはパンダみたいな青あざができているのでまったくお笑い草だった。


「様子をみて問題がないようであれば、風上君の保護観察プログラムを停止する」

「それって……!」


「うん。風上君を望んでいた日常に帰せるよ」

「よし! よかったなあ天音!」


 と、僕が心の底から喜んでいるというのに当の本人は微妙な顔をしていた。


「がっこー行かなきゃいけないのかあ。せっかく毎日夜遅くまでゲームできたのに……」 


 なんて女だ。僕がお腹に穴をあけてまで勝ち取った自由はゲーム以下か……。


「それで、考えなくてはならないのが九条君だね。一応このままアプローチに所属したまま学園に通うこともできるが……」

「うーん……ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」


 流石に今のペースでイベントが起こっていては、学園との二足のわらじはキツそうだ。


「もちろんだ。結論を急ぐつもりはないが、あまり学園から離れすぎると講義に追いつけなくなるから早めに決めることをおすすめするよ」


 その後、軽い雑談をした僕達は家に帰っていた。


 笑顔で話していてもなんとなく漂う寂しい雰囲気。皆わかっているのだ。この生活が間もなく終わりを告げるだろうことが。


「荷物、片付ける準備しないと……」


 天音が不意に呟いたその言葉で、僕達の間に漂っていた寂しさが明瞭化した。


「そっか……この生活も、終わっちゃうのね。なんだかんだ言いつつ、楽しかったわね」


 家主であり、当初は文句タラタラだった月野さんがそう言うほどには、この共同生活は思い出深いものだった。真衣華も思いは同じようで、


「長いようで短かったわね。初日にタコパをやったこと、昨日のことのように思うわ」

「そうね……」


「皆と別れたくないなあ。あたしだけ仲間外れになっちゃうもんね……」

「そんなことはないわ! 天音さんがこの家を出ても、遊びに誘うわ。ね、月野?」


「ええ。私達は友達だもの。今までみたいに毎日は難しいかもしれないけど、また女子会をしましょう。絶対に!」

「二人共……!」


 涙がちょちょ切れそうだった。様々な出来事を乗り越え、今彼女達の絆は最高値に達していた。女の子同士の友情は万病に効くってはっきりわかんだね。


 そんな光景を見ながら、一人蚊帳の外にいた僕は、

「最後の思い出作りにもう一回タコパしない?」

 と提案した。


 果たしてその提案は全会一致で可決された。


 タコパに必要な材料は冷蔵庫にストックがあった。全員で協力して準備をすれば、あっという間にたこ焼きが焼ける用意が整った。


「さあ生地ができたぞ。後は焼くだけだ。今回もそれぞれ焼くのでいいんだよね?」

「もち。あたしはタコさんたくさんいれちゃおっと!」


「私はネギを多めに入れようかしら」

「私は天かすを多めにするわ。司さんは?」

「僕はネギ! ネギがたくさん入っていればそれだけで美味しいんだ!」


 それぞれの好みの生地をたこ焼き器に流し入れようとしたところで「それ」は起こる。


 突然襲いくる目眩。そして「「ザザザザッ」というノイズのような音がどこかから聞こえてきたのだ。


「ああクソッ、こんな時に……!」


 せっかく最後の思い出を作ろうとしていたのに、エスの海に招待されてしまった。まったく、君はお呼びじゃないんだよ。


「これだからこの仕事は嫌になるのよね……」

「月野の言っていた意味がよくわかったわ……」

「なんで急に仕事の話?」


 ん? なんか今聞こえないはずの声が聞こえたような……?


「だってせっかく最後の思い出を作ろうって時に仕事に行かないといけないんだもの」

「せっかくのお別れムードが台無しだわ」

「え? そうなの? 仕事の呼び出しきちゃったの?」


 やはり聞き間違いじゃなかった。月野さん、真衣華と話しが回り、最後に天音の声がした。というか、思い切り天音が目の前でジュースを飲んでいるのが見える。


「……なんで天音がいるんだ?」

「なんでってどういう意味さ?」

「え?」

「あら?」


「え? なに? なんでみんなあたしを見るの?」

「状況を整理しよう。今僕達はエスの海にいるよね?」

「ええ、さっきノイズが聞こえたもの。真衣華も聞こえたわよね?」


「ええ。間違いないわ。というよりも、月野も体感でわかるでしょう」

「そうね。天音さんがいるからちょっと自信なくしちゃって」

「なになに? どういうこと? あたしにわかるように説明してよ!」


「つまり、なんだ……天音も僕達と同じ立場になったってことかな……」

「えええええええええ!」


 天音の絶叫を聞きながら天音を除く僕達3人は頭を抱えた。

 どうやら僕達の共同生活はこれで終わりではないようだった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る