第37話「真衣華:絆エピソード 後編」
思えば僕と真衣華が初めて出会った時、彼女はお腹に穴をあけて出血していた。すべてはあそこから始まったのだ。
そして今。あの時と立場は逆転し、僕のお腹は穴があいて出血している。どうも僕と真衣華の青春は痛みなくして語れないようだ。
「ははっ……」
自分で考えて笑ってしまった。青春は痛みなくして語れない、とはよく言ったものだけど、腹に穴を空けるまでの痛みを伴う青春は、きっと僕達以外経験していないだろう。少し痛みが強すぎるもん。
「司さん、どうして笑っているの?」
「僕と真衣華の青春は、誰も経験できないものなんだろうなって思ったら面白くて」
「これって青春なのかしら?」
「そうじゃない? 腹に穴あけながら悪者退治を頑張るなんて、アニメみたいな青春だよっ! ワクワクしない?」
「ふふ、たしかに。言われてみればそうね。銃弾が飛び交うデートなんて、私達にしか経験できないものだわ」
「だろう? そう考えると、僕達は今世界で一番幸せだ」
「そうね。私、司さんと契約して本当によかったと思ってる。こんな時だからこそ、そう強く思うわ」
「そうかい? 嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。これはちょっと、カッコいいところを見せないといけないな」
「司さんはもう十分格好いいわ」
僕達はお互いの顔を見合わせて笑みを浮かべた。さあ、出口はもうすぐだ。
長いバックヤードを抜けるとそこは雪国だった。
「飛んで火に入る夏の虫、だな。ここで待っていれば来ると思っていたよ」
どうやら僕達は待ち伏せをされていたらしい。ざっと数えて20人くらいはいる。
グラサン達がいたのは、解けることのない雪に覆われた王国を舞台とした作品「フローズンジャーニー」をモチーフとしたエリアだった。
「やあゴキブリみたいな人達だな。僕達みたいな善良な市民相手に寄って集って大人げないと思わないのかい?」
「なんとでも。それに私はお前をもう子供扱いはしない。これで二度目だ」
「一応聞いてあげようか、なんの回数だい?」
「お前にしてやられた回数だ。ただの学生だと舐めてかかった私の落ち度だった。もう油断はしない」
「いちいち回数数えちゃって。細かいこと気にしてたらハゲちゃうぜ?」
「……やれ。男は殺して構わん」
「うっひゃー!」
僕と真衣華目掛けて一斉に機銃を掃射してきた。たまらず側にあったキッチンカーの影に真衣華と共に転がり込む。
「あいつら真衣華ごと狙ってきてないか!?」
「足の一本や二本傷つけてもいいと思っているのでしょうね」
「この雨じゃ表に出るのはちょっと厳しそうだな……!」
折を見てキッチンカーから顔を出して撃ち返すが、如何せん距離が離れているせいで拳銃ではなかなか狙ったところに飛んでいってくれない。
マガジンひとつ分撃ち込んだけど、倒せたのは8人くらいだ。
「クッソぉ、どうせなら拳銃じゃなくてバズーカ持たせてくれりゃあいいものを」
「倒しても倒しても湧いてくるわね。司さん、残弾は?」
「マガジン2つ分」
「このままじゃジリ貧ね……私が前に出るわ。援護してちょうだい!」
「あ、ちょ! 真衣華!」
制止する間もなく真衣華は飛び出してしまった。僕と違って真衣華は命を狙われていないとはいえ流れ弾で万が一ということもあるというのに。
「あーもう! めちゃくちゃだよ!」
仕方がないので僕もキッチンカーから飛び出す。
真衣華が場を乱してくれたおかげで射線が分散していて狙いをつけやすかった。
そうして僕が予備のマガジンも全て撃ち終えた頃には、
「信じられん……子供二人に我々がやられるなど……!」
「それ、典型的なやられ役のセリフだぜ?」
まだ何人か残っているが、そちらは真衣華が片付けてくれるだろう。
つまり、実質残ったのはラスボスであるグラサンだけということだ。いいね、やっぱりラストバトルは主人公が決着をつけないと締まらない。
「図に乗るな! まだお前を倒してオリジナルを確保すれば私の勝ちだ!」
「ああそう、喋れば喋るほど負け確の悪役キャラになってるよ?」
「このっ……!」
今泉と模擬戦をやった時も思ったが、どういうわけか僕は誰を相手にしても負けるビジョンが浮かばない。
あの時は彼の名誉のために二回目をやったら負けるなんて言ったけど、本当は微塵もそんなことは思っていなかった。
今だってほら、グラサンが伸ばした手を意識せずとも掴んで捻っている。
「ぐあっ!」
僕の身体は僕が思っている以上に強いんだ。
「悪いけど、外させてもらう!」
グラサンの右肘に体重をかけて外す。ゴキンッ、という派手な音が響いた。
「ぐあああああああああ!」
「大の大人がそんなに騒ぐものじゃあないよ。うるさいから眠ってろ」
グラサンの首に指をかけてキュッと絞める。頸動脈失神というやつだ。
彼の意識が落ちたことを確認した僕は、
「やあ、久しぶりの外出はなかなかにヘビーだったな」
と映画のキャラクターっぽいセリフを言ってみた。
しかし、僕って本当に何者なんだろうか。月野さんには格好つけて過去なんてどうでもいいとか言ったけど、こうなってくるといよいよ気になるな。
グラサンだって普通に考えて「そういう訓練」を積んだプロだろうに、僕ときたらあっさり倒しちゃうんだもん。我ながらびっくりだ。
銃の使い方もそうだし、この格闘術も一体どこで身につけたんやら。そんなことを考えていると、
「お疲れ様、司さん。やったわね」
「真衣華もお疲れ様。怪我はない?」
「ええ。司さんは?」
「僕もあれ以降は特になにも。ところで真衣華、スマホ持ってる? 僕さっき逃げる時に落としちゃったみたいで」
月野さんも何度通信を試みても返事がないし。僕は無視されるのが大キライなんだぞ?
「実は私も落としてしまったようで……」
「なんてこったい。困ったなあ、この人達回収してもらいたいのに」
「放って置くわけにもいかないものね。本当に、最後まで邪魔ばかりする人達ね……さらし首にでもしようかしら?」
さらっと恐ろしいことを言う真衣華に内心引いていると、見慣れたキャスケット帽がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「よかった、二人共無事みたいねっ」
どうやら月野さん側も一生懸命戦っていたらしい。服に汚れが見られる。通信に出てくれなかったのは許すとしよう。
「月野、どうしてここに?」
「えっ……それは、護衛よ。隠れて二人の護衛をしてたの」
「護衛ってあなたのことだったの」
「人手不足なのよ」
「どうだか。司さんのことが気になってついてきただけじゃないの?」
「違うわよ! ちゃんと業務命令よ!」
「あー二人とも、その辺にしてもらえると。月野さん、悪いんだけどアプローチと連絡とってもらえない? 僕達スマホ落としちゃってさ」
「もう呼んでるわ。警察も向かってるみたいだし、面倒なことになる前に引き上げるわよ」
「その前に病院寄ってもらえると助かるかな?」
「やだ、九条君怪我したの?」
「お腹に2発ほど。ほれ」
ぺろんと服をめくって見せると、そこには血で真っ赤に染まった布。月野さんはサアッという効果音がとてもよく似合うほどに顔を青くした。
「何これ!? 血がいっぱい出てるじゃない!」
「流石に傷が深くてね。布で縛ったくらいじゃ止血しきれなかった。けど、弾は抜けてるから縫うなりすればすぐに治るよ」
「大変……! すぐに救急車を呼ばなきゃ!」
「大袈裟だなあ。普通に歩いて病院行けるって」
「嘘おっしゃい! そんな大きな怪我して……ここに車は来れないわ。私が外まで連れて行くから、おぶさりなさい」
「いえ、おんぶなら私がするわ。さあ司さん、私の背中に」
「いーえ私が連れて行くわ! だいたい真衣華は戦闘直後でしょ? 休んでなさい」
「それを言うなら月野だって一緒では? ただ単に司さんをおんぶしたいだけでしょう」
「私はねぇ!」
「何よ!」
二人の言い争いを聞いていると、日常に戻ってきたという実感が沸く。やっぱり僕にシリアスは似合わないようだ。
「まあまあ二人とも。僕ならほら、自分で歩けるからさ。手を繋いでウチに帰ろう」
お腹の傷なんてほっといても治る。そんなもので二人が争うのは望むところじゃない。
僕達は仲良く三人手を繋いで帰路についた。
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