第36話「真衣華:絆エピソード 中編」

 真衣華が待っている場所に近づくに連れてその異変に気がついた。ナンパ男らしき人物達が真衣華の腕を掴んでいるのだ。明らかに作戦になかったはずの動きだ。


 というかあのグラサンどこかで見た覚えが……なんにせよ、急いで助けに入る。


「ちょっとおにーさん達、僕の彼女になんの用だい?」

「司さん、来ちゃダメッ!」


 近づいたことで確証を得た。ナンパ男と思われた男達は、以前僕達を襲ってきたMIBだった。一体全体どこで入れ替わったんだ?


「コントラクターも来たか、ちょうどいい。アプローチなぞに所属するなんて、早まった真似をしたな、九条司」


「おやまあお久しぶりで。見覚えがあるとは思ったけど黒スーツ着てなかったからわからなかったよ。僕らはデート中なんだ、話なら後にしてくれ。さ、行こう、真衣華」


 掴まれていた真衣華の手を取りその場を後にしようとするも、MIBの男は掴んだ手を離さなかった。


「最後通告だ。我々の組織に来い」

「断る。人のデートを邪魔してまで勧誘する組織に用はない」

「お前が断れば設置した爆弾を起爆する」


 冗談を、と言いたいが、彼らの声音からは嘘を感じられない。恐らく本当だ。


 月野さんに判断を仰ぐべくイヤホンマイクをノックするが、返事はない。


「我々が受けた命令はオリジナルエゴの確保だけだ。コントラクターの生死については言及されていない。私が優しさを見せている内に覚悟を決めろ」


「優しすぎて涙が出てくるね」


 軽口を叩いたものの、なかなかに状況は絶望的だ。こんな時のためにと渡されていた拳銃に手を伸ばすが、まさかこんな人混みの中で射撃戦をするわけにもいかない。


「ひとつ、我々が本気だということを証明してやろう」

 言って、グラサンは起爆スイッチを押した。


 響き渡る爆音。ついで、人々の耳をつんざく悲鳴が聞こえてきた。


 先程まで僕達が乗っていたイタズラうさぎのカートゥンスピンから黒煙が上がっていた。どうやらあそこを爆破したようだった。


「何考えてる! 子供だっているんだぞ!?」


「これで我々の本気が伝わったかな? 君達が大人しく我々についてくれば、これ以上の被害は出さない。しかし断れば、君達のせいで死人が出るかもしれないな」


 逃げ惑う群衆とは裏腹に、僕達はその場に足を止め睨み合っていた。


 依然として月野さんとは連絡が取れない。こうなってしまえば、僕の判断でどうにかするしかなかった。


「……わかった。ついていくよ。だけど起爆スイッチはこっちに渡してもらう」

「司さん!?」


「仕方がないよ。僕達のせいで関係のない人が傷つくのは見過ごせない」

「利口な判断だ。こちらも君の勇気に敬意を払うとしよう。起爆スイッチは渡そう」


 そう言ってグラサンは僕に起爆スイッチを渡してきた。


「予備で何個もあるとか言うなよ?」

「ないと約束しよう」

「それを聞いて安心した、よっ!」


 爆発の心配さえなくなれば後はどうとでもなる。僕は真衣華の腕を掴んでいた男のみぞおちを蹴り上げ、真衣華の手を掴んでその場から逃げ出した。


「逃がすか!」


 パンッパンッ! 背後から拳銃の発砲音が聞こえた。


「真衣華、危ない! ぐっ……!」


 マズイ、と思った時には真衣華の真後ろに移動していた。そのおかげで、真衣華に当たるはずだった弾丸が僕の横っ腹に何発か命中した。激痛に足を止めそうになるが、今足を止めるわけにはいかない。


「司さん?」

「止まるな、走れ!」


「バカッ! 撃つな! オリジナルに当たったらどうするつもりだ!」

 助かった。これ以上撃たれたら流石の僕でもキツイ。


「真衣華、そこを右に曲がるよ! バックヤードがあるはずだ!」


 これだけの騒ぎになってしまえば、園内からお客さんは全員避難してしまうだろう。しかし、グラサン達に狙われている僕達がその流れに乗るわけにはいかない。


 あいつらは無差別だ。僕達がお客さんの近くにいたら、お客さんまで荒事に巻き込んでしまう。それは望むところじゃない。


「ハァハァ……あいつらは追ってきてる?」

 息を整えるがてら壁に背を預けながら真衣華に問いかける。


「……追っては来ていないみたい。これからどうするの?」

「パーク内で、連中を全員撃退する……ハァ……あんな奴らと、一緒に、街には出れないだろう? ハァ、ハァ……」


「そうね。幸いにして刀は持ってきてるわ」

「それは、心強い、ね……はぁ、はぁ……」

「司さん、なんでそんなに息が――」


 振り返った真衣華が、僕の状況に気付いてしまった。


「その傷どうしたの!? まさか私を庇って!?」


 最早立っていることすら困難になっていた僕は地べたに座り込んでいた。その際、壁に背中を預けながら下がってしまったので、壁にべっとりと僕の血が付いていた。


「女の子を庇うのは、当然のことだろう? 大丈夫……君ほどじゃないけど、僕も治りが早い……少し休めば、動ける……」


「そんなはずないでしょう! 急いで止血しないと……!」

「そうだね……何か……長い布は、ないかな?」

「布、布……これね!」


 真衣華は着ていたメイド服のエプロンを刀で切って包帯状にしてしまった。


「ああ……せっかくのメイド服が……!」


「メイド服ならいつだって着てあげるわ、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう!」


「それも、そうか……。悪いけど、思い切りキツく縛ってくれ……弾は抜けてるから、心配しないでも大丈夫……」


「相当痛むわよ?」

「痛みを我慢するのは、慣れてるよ……」


 僕の服をまくって肌を露出させた真衣華。なるほど、焼けるような痛さで気づかなかったけど、右も左も撃たれていたのか。どうりで出血が多いわけだ。


「いくわよ?」

「ああ……」


 ギュッという音がするほどに真衣華は僕の腹に布を巻いた。


「ぐうっ……! 上出来だ。これなら出血を抑えられる。すぐに移動しよう。ここも安全とはいえないはずだ」

「もう? 少しくらい休んでも……」


「ダメだ。あいつらが何人いるのかわからない内は、一箇所に留まるわけにはいかない」


 それに、月野さんの安否も気がかりだ。先程からずっと通信を試みているのに、一向に返事がこない。あの人のことだから死にはしないだろうけど、何かあったとみて間違いない。


「ごめんね真衣華、せっかくのデートが台無しになってしまった……」


「今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう! どうして私を庇ったの? 私なら、銃で撃たれてもすぐに治るのよ? それなのに……」


 珍しく僕に感情をむき出しにしてそう言う真衣華。そんな彼女に、僕が返す言葉なんて決まりきっている。


「さっきも言ったろう、女の子を守るのは当然だって」

「そんな理由で……!」


「傷が治るからといって痛みを感じないわけじゃないんだろう? だったら庇わないなんて選択肢はないさ。真衣華に痛い思いなんてしてほしくない」


「だからって! 死んでしまうかもしれなかったのよ?」

「僕が死ぬわけないだろう?」

「っ! あなたって人は……そうね、そういう人だったわね」


 真衣華はふっ、と口元に笑みを浮かべた。


「真衣華さん、僕と悪者退治デートに付き合ってくれますか?」

「ええ、私達のデートを始めましょうか」

 



         ☆

物語が盛り上がってきたところですが、一つお話があるので、興味のある方は近況ノートを御覧ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る