第35話「真衣華:絆エピソード 前編」
そうして迎えた翌朝。現在時刻は9時。僕は昨夜も訪れた第3会議室で月野さんとデートの最終確認を行っていた。
待ち合わせ時間は10時なので、今からアプローチを出れば余裕を持って真衣華と待ち合わせができる。
「準備はいい、九条君?」
月野さんが僕を上から下までしっかり確認していく。まるで遠足に行く子供に忘れ物はないか確認するお母さんのようだった。
「準備万端だよ、母さん」
「私はお母さんじゃない!」
「イヤホンマイクも付けてる。忘れ物はないさ」
「待ち合わせ場所に着いたら、真衣華はきっと、ごめん、待った的なことを言うはずよ。そしたら九条君は――」
「僕も今来たところ、でしょ?」
「それでいいわ。真衣華はベタベタなやり取りをしたいと思っているはず。気合を入れてちょうだい」
「わかったよ」
「真衣華が家を出たら私から連絡を入れるわ。返事のやり方は?」
「イヤホンマイクを2回ノックする」
「うん。ちゃんと覚えてるわね。デデニーランドまでの電車の切符は?」
「待っている間に買っておく、だろ? そんなに心配しないでも大丈夫だよ母さん」
「だから私はお母さんじゃない! ほんとに大丈夫? 九条君のことだから何か大きなぽかをやらかしそうで不安なのよね」
「月野さんは心配性だなあ。真衣華との初デート、きっちり決めるから月野さんは安心して草葉の陰から見守っててよ」
「縁起でもないこと言わないでよ。私はまだ草葉の陰に入る気なんてないわ」
「案外僕がしくじって草葉の陰に入ることになったりして……」
ちなみに草葉の陰とは墓の下という意味である。よく使われがちな影ながら応援して~という使い方は誤用だったりする。
「なんだか余計心配になってきたわ……」
「いつもの冗談だよ。そろそろ行かなきゃ。じゃ、行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい。気をつけてね」
エレベーターに乗って1階に降りる。受付に立っている人に軽く挨拶して出口のカードリーダーにIDカードをかざす。
実に一ヶ月ぶり以上の外出。天候は雲一つない美しい青空だった。絶好のデート日和だ。
「久しぶりのしゃばは一味違うな」
なんてしゃば僧みたいな言葉が思わず口をついて出てしまうのも仕方のないことだろう。
真衣華との待ち合わせ場所は、ここから電車で10分くらいのところにある忠犬の像が設置されている公園だ。待ち合わせスポットとして有名なので、迷いようもない。
「切符を先に買っておくか」
忠犬前の駅に到着した僕は、言われた通りデデニーランド行きの切符を購入した。
「よし、これで後は真衣華を待つだけだな」
『九条君、聞こえる?』
「聞こえるよ」
『真衣華が家を出たわ。後15分くらいでそっちに到着すると思う』
「オッケー」
『ひとつ聞きたいんだけど、なんでメイド服? あなたの好み?』
「それは否定しないけど、まさか本当に着てくるとは思わなかった」
『相当目立つわよ、あれ』
「いやたぶん大丈夫だと思う。この辺はぴえんが多いし、デデニーもコスプレして楽しむ人がたくさんいるからね」
『なるほどね。あ、真衣華が電車に乗った。私も乗るわ。通信終わり』
ということなので忠犬の前で待っていると、
「ねえ、あの人かっこ良くない?」
「たしかに。誰か待ってるのかな? 声かけてみない?」
と、明らかに僕を見てギャルが話していた。サービス精神旺盛な僕は、その場で前宙をしてあげた。すると、
「……なにあの人。急に回りだしたよ」
「なんかバカっぽいね。別の人にしよっか」
なんだろう、真衣華と待ち合わせ中だから結果話しかけられなくてよかったんだけど、とても悲しい。急に前宙したっていいじゃないか。
僕がうつむき人知れず悲しんでいると、
「ごめんなさい、待ったかしら?」
こ、これは……! 顔を上げた僕を待っていたのは、ロング丈のいわゆるコスプレ用ではない本格的な英国式のメイド服を身にまとった真衣華だった。
肩周りにだけフリルの付いたエプロン、動きやすさを追及した、ややボフッとしたロングスカート、そして何よりホワイトブリムタイプのヘッドドレスが素晴らしい。
『九条君、声かけ!』
あまりによく似合っていたため言葉を失っていた。慌てて用意していた言葉をかける。
「いや、僕も今来たところだよ」
まずい、黙っていた時間が長かったせいで真衣華が不安そうにこちらを見ている。
「そのメイド服、とてもよく似合ってるね。思わず言葉を失っちゃったよ」
「よかった。実は昨日、天音さんに選んでもらったの」
天音、素晴らしい仕事をしてくれてどうもありがとう。グッジョブだ。
「いやあ、こんな美人さんとデートができるなんて僕はツイてる」
「そう? そんなに喜んでもらえるなら、メイド服を着たかいがあるわ」
「僕はメイドが大好きだからね。普段の真衣華も綺麗だけど、5割増くらい可愛くみえる」
「司さんもその服、似合ってるわ。初めて見る格好だけど、前から持っていたの?」
「デートに合わせて用意したんだ。初デートだし、真衣華にガッカリされたくなかったからね」
「嬉しいわ。実は私、楽しみで昨日眠れなかったの」
「あらら、眠たかったらこの後の電車で寝てもいいよ。着いたら起こすから」
「そういうわけにもいかないわ。せっかくのデートだもの、電車も楽しみたいわ」
「そっか。それじゃ、電車に乗ろうか。はい、切符」
「あら、買っておいてくれたのね。ありがとう」
電車に乗った僕達は、他愛もない話に花を咲かせた。
窓から見える景色について話したり、昨日の夕飯は美味しかっただとか、本当にどうでもいい話だ。だけど、だからこそリラックスしたムードで移動することができた。
「ここがデデニーランド……すごい人ね」
「日本で一番大きい遊園地なんじゃないかな。夢の国って別名があるくらいだし、正直ここは遊園地という括りでは括りきれない気がする」
「親子連れもたくさんいるわね」
「老若男女楽しめるところだからね。はいこれ、園内パンフレット」
受付で貰っておいた園内の地図が書かれたパンフレットを真衣華に渡した。
「こんなにたくさんアトラクションがあるのね……どこに行けばいいか迷ってしまうわ」
「大きく分けると絶叫系とそれ以外って感じかな? お昼までまだ時間はあるし、最初はゆったり系のアトラクションなんかはどう?」
「よくわからないから司さんについていくわ」
「オッケー。移動中に気になるアトラクションがあったら言ってね。フリーパスがあるから待たないでも乗れるし」
真衣華はこういうところが初めてだから、最初から絶叫マシンに乗せてトラウマにはさせたくない。子供向けのファンシーで動きの少ないアトラクションから見て回ろう。
「見て司さん、可愛いらしいマスコットがいるわ!」
子供向けにデフォルメされたパンダのマスコットがポップコーン屋の前に立っていた。
「メロディパンダだね。一緒に写真撮ってもらう?」
「記念に撮りましょう!」
メロディパンダを中心にしてセルフで写真を撮る。
うん、僕も真衣華も実に良い笑顔をしているなあ。いい思い出だ。
「ポップコーンも食べてみたいわ」
「よし買おう。何味にしようか?」
「いっぱいあって決められないわね……キャラメルも気になるし、ハニー味も気になるわ」
「じゃあこうしない? 僕がキャラメルを買うから真衣華はハニー味しよう。そうしたら2つの味を食べられるよ」
「いいの?」
「僕は元々キャラメルにしようと思っていたからね」
「ありがとう、司さん」
買ったポップコーンを仲良く食べながら再び移動する。目的地はトゥーンエリアだ。
「すごい、可愛らしいマスコットがたくさん……!」
トゥーンエリアは先程までに輪をかけてたくさんのマスコット達がいた。
風船を配っていたり、さっき僕と真衣華がやったように写真を撮ってくれたりしている。
「はは、そうだね。えーと、イタズラうさぎのカートゥンスピンはどこかな?」
「ここじゃないかしら?」
「ああ、ここだ。危ない危ない、通り過ぎるところだった」
中に入り、係員さんの説明を受ける。
このアトラクションは、ガチガチにトゥーンで固められた道を車に乗って移動しながら世界観を観て楽しむというものだ。車のハンドルを回すと車もクルクル回るので飽きない。
「それではトゥーンワールドをお楽しみください」
大きな木の扉が開き、車が前に進む。
「あ、うさぎさんが逃げていったわね」
「あれを捕まえるのが僕達のミッションだ」
「そうなのね。気合を入れなくちゃ」
路地裏や大通りと次々に目に映る世界が変わっていく。3Dのキャラクターが飛び出してきたり、音や光でも楽しませてくれた。
無事イタズラうさぎを捕まえてアトラクションが終了する。時間にして10分もない旅だったけれど、アニメの世界に「旅」をしたという気分が得られる素晴らしいアトラクションだった。
「すごかったわね。私、アニメの登場キャラクターになったように感じたわ」
「僕もだ。子供向けと侮っていたけど、なかなかどうして楽しめた。流石デデニー」
『そろそろ第一ウェーブを始めるわ。お手洗いに行くフリして真衣華と離れて』
これがオペレーションまじこいの一環であるということを忘れるくらい素で楽しんでいたところに、冷水をかけられるかの如きその不機嫌な声で目が覚めた。
イヤホンマイクを二回トントンと叩いて了解の合図を送る。
「真衣華、悪いんだけどちょっとお手洗いに行かせてもらってもいいかな?」
「あらごめんなさい、気がきかなかったわ」
「いやいや。トイレ前は座って待つところがあるはずだから、そこで待っててくれるかい?」
「ええ、飲み物でも買って待ってるわね」
というわけで、真衣華と別れた僕はトイレの個室へと入った。
『九条君、楽しそうね? これが作戦ってこと忘れてないかしら?』
そう言った月野さんは「私、機嫌悪いです」というのを一切隠す気のない声音だった。
まあ仕方がない。月野さんの立場だったら皮肉の一つも言いたくなるというものだろう。このイライラは甘んじて受け入れるしかない。
「ごめんよ、デデニーが面白くてつい」
『まったく……でも、そのおかげか真衣華も楽しそうね。順調そのものだわ』
「第一ウェーブって例のナンパ作戦だろう? ほんとにやるの?」
『当然よ。わざわざ徹夜して作戦考えたんだから。ナンパされてる真衣華の元に駆けつけた九条君が、『俺の彼女になんか用?』って言うのよ? いいわね?』
「言葉は僕なりに変えさせてもらうけどね……」
『あら? ナンパ男達がもう現れた……? 変ね、予定より早いけど、九条君の出番よ』
「はいよー。そんじゃま、行きますかね」
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