第34話「デート前夜」
数時間後。晩ごはんを食べ終え特有のダラッとした時間をリビングで各々過ごしていると、
「九条君、仕事の時間よ。八田さんから呼び出しがきてるわ」
上手いやり方だ。これならば他の二人に怪しまれることもなくデートの打ち合わせができる。実際嘘をついているわけでもないしね。
嘘をつく時は真実を混ぜるとバレにくいとはよくいったものだ。真衣華も天音も怪しむどころか頑張ってね、と見送ってくれた。
「さてどこで話す?」
「渡すものがあるからオフィスフロアに行きましょう。会議室を借りてるの」
「オッケー」
エレベーターに乗り10階に移動する。
到着すると、初めて見る人が月野さんにジュラルミンケースを渡していた。
「こっちよ、ついてきて」
月野さんは「第3会議室」と書かれた部屋のプレートを使用中へと切り替えた。
「さて、早速はじめましょうか。デートの日程だけどいつなの?」
「明日」
「明日!?」
「うん。これでもそっちに準備があると思って引き伸ばしたんだぜ? 真衣華には今日行こうって言われてね」
「そういうこと。まあ、今更言ってもしょうがないわね。計画立てる人に文句言われそうだわ……はぁ、ほんと最悪……」
「ごめんよ」
「いえ、いいわ」
「ついでだから言うけど真衣華からの要望として待ち合わせデートを希望されている」
僕がそう言うと月野さんは額に手を当てふらふらと崩れ落ちた。
「護衛が……」
「だよね。だから待ち合わせは厳しいかもしれないとは伝えてる」
「いいわ、やりましょう」
「いいの?」
「元々八田さんから万全を期して望んでくれてって言われてるもの。なるべく要望は通さなきゃ。この際だから他にも要望があるなら全部言ってちょうだい」
「今のところは聞いてないけど、あの様子だと当日要望があるかもなあ」
「わかったわ。デート中はこれを常時付けておいてちょうだい」
と言って月野さんはジュラルミンケースからとても小さなイヤホンマイクを取り出した。
「すごいちっちゃいね。これイヤホンマイクだろう? こんなの市販じゃ見当たらないよ」
「市場には出回ってない技術で作られてるものよ。ちなみに制作者は倉石さん」
「令和最新式イヤホソってやつか……!」
「当日は私もこれをつけているから、二人の会話は丸聞こえっていうのだけ覚えておいて」
「いよいよもって本当に出歯亀だな……」
「残念だけど今回は普通のデートは諦めて。これはあくまで作戦なの。マイクごしに私が指示を出すことが想定されるわ。その場合は可能な限り指示に従ってちょうだい」
「了解」
「それからこれ」
月野さんはジュラルミンケースから一丁の拳銃を取り出した。
「穏やかじゃないな」
「悲しいけど、貴方達を狙っている組織が全て諦めたとは思えない。当日想定されるアクシデントとして、拉致が一番可能性の高いことよ」
「こんなものを渡すくらいだ、武力による拉致を想定しているんだろう?」
「ええ。そうならないようにこちらも努力するけど、常に最悪を想定して行動してほしい。安心して、この銃は非殺傷弾を使用しているから当たっても相手は死なないわ」
「ゴム弾ってことかい?」
「いいえ、倉石さんの開発した薬剤入りの弾丸よ。一発食らえば24時間は絶対に起きない睡眠弾。身体のどこに当てても速攻で効果を発揮するわ」
倉石さん……あなたはどこまでも天才技術者だったんですね。あの人に逆らうのはやめておこうと思った。
「予備のマガジンも2つ用意しておくから、どこかに入れておいて」
「こういうのにありがちなアプローチ側が用意する絆向上イベントとかはあるのかい?」
「いくつかは用意しているわ。ベタベタなのでナンパを装ったヤンキーが絡んできて、貴方に撃退してもらうとかね」
やっぱりあったか。せっかくのデートに水を差されるようで気は進まないが、今回はあくまで作戦だ。アプローチ側に乗るとしよう。
「他には?」
「壁ドンしながら俺のものになれって囁くとか」
ドン引きだ。流石の僕でもそれはやりたくない。少女マンガだとありがちなシチュエーションかもしれないけど、実際にやるには相当ハードルが高い。
「ちなみに聞くけど発案者だれ?」
「私」
僕はそっと月野さんから目を逸らした。
「な、何よ。変?」
「逆に聞くけど月野さん、僕に壁ドンされてトキメクのかい?」
「……ちょっとは」
マジかよ。この人意外と乙女思考なんだな。今度機会があったら試してみよう。それはそうと、
「僕が思うに、真衣華は遊園地自体初めてなはずだから、普通にアトラクションを一緒に楽しむだけでも十分だと思うんだ。特にデデニーなら大人から子供まで楽しめるアトラクションがいっぱいあるわけだしね」
「うーん……なにかこう、パンチが足りない気がするのよね」
「というと?」
「こういう時女の子って、普段とのギャップに魅力を感じると思うのよ。例えば犬系の彼氏が初デートで男らしさをアピールするとかキュンとくるでしょ?」
そう言われても僕は男なのでキュンとこない。しかし月野さんの言わんとしてることもわかる。
「男らしさって意味ならエスの海で見せちゃってるしなあ。優しさとか?」
「九条君、普段から優しいじゃない」
「そうです僕は優しいんです」
僕の言葉を無視して月野さんは、
「九条君にギャップを出してもらうのは難しいかしら……?」
「そもそもギャップなんてものは出そうと思って出せるものじゃないさ」
「それもそうね。二人が楽しい時間を送れることを優先しましょう」
「今日やった調整の結果も良かったし、たぶん楽しい時間を過ごせればオッケーだと思うよ。ところでこういうイベントの時って服装のチェックも入ると思うんだけど――」
と、僕が服装について言及し始めたところで「待ってました!」と言わんばかりの勢いで移動式クローゼットを担いだ一組の男女が入室してきた。
「服のことなら!」
「俺達にお任せ!」
「だ、誰だあなた達は!」
「よくぞ聞いてくれた! 俺は
「私は
「君のデート服を選びます!」
きっとこの夫婦、生まれる前から結婚することが確定していたに違いない。それくらい名字と名前の方向性が一致している。
「紹介するわ。服選美さん達はデザイン部の部長を夫婦で務めてらっしゃるの。このお二人に任せれば明日のコーデは間違いないわ」
本当かなあ。どうも5才児が活躍する子供向けアニメに登場する人物達と同じような名前だからちょっと心配だ。
あ、でも似たような名前でも映画だと主役級に活躍しているパターンもあるからそっちに期待しよう。
「ささ、九条君」
「こちらにきて」
なんて考えている間にいつの間にか簡易式の更衣室が出来上がっていた。
「審査員は私が務めます。着替えが終わったら私にアピールしてちょうだい」
月野さんも月野さんでノリノリだった。手には◯と☓の札が握られている。
「まさか僕がモデルになる日がくるとは思わなかったな……」
更衣室に入ると、そこにはすでに着替えが用意されていた。
白のシャツに七分袖のテーラードジャケット、ベージュのチノパンだ。
デートなので若干のフォーマル感を出しつつも、七分袖とチノパンでカジュアルさも出せている素晴らしいコーデだった。服選美さん、疑ってごめんよ……。
そんなことを思いながら着替えていると、
「俺からすればまだ地味すぎるくらいだぜ! もっと腕とかにシルバー巻くとかさ!」
「もう! 彼の雰囲気には合わないわ!」
どこか聞き覚えのある会話が外から聞こえてきた。というか腕にシルバーはないでしょ。
「着替え終わりましたよっと」
一応今の僕はモデルという扱いなので更衣室を出ると同時にそれっぽいポーズを取る。
――ピンポン!
月野さんが◯の札を上げた。
「いいわね。適度にカジュアルだけど、しっかりデート感が出てるわ」
彼女も僕と同意見だった。よし、服はこれで決まりかな、そう思ったんだけど、
「次」
「へ?」
「なに素っ頓狂な声だしてるのよ。他のと見比べないと」
「なるほど」
今僕はいつだったかに天音の買い物に付き合った時のことを思い出している。どうして女性はファッションのことになるとこうも悩むのだろうか。
それから10着くらいファッションショーを繰り広げたけど、結局最初に試着した服を着ていくことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます