第33話「デデニーデートのお誘い」

「お前その顔どうしたんだ?」


 真衣華と共に調整ルームへ向かう道中、向こうから歩いてきた今泉がそう言った。


 今僕の顔は相当面白いことになっている。昨夜手痛いお仕置きを受けてしまったため、両目にパンダみたいな青あざが出来ているのだ。


「聞いて驚け今泉、僕は昨夜とんでもなく強いイドと戦っていたんだ」

「昨日はあの後イドなんて現れてないだろ」

「我が家にだけ現れたんだよ」


 そう言うと、真衣華が僕の太ももをキュッとつねってきた。どうやらまだお怒りの様子だ。


「ああ、なるほどな。くくっ、だから言っただろう。バレても知らんぞと」

「僕の計画は完璧だった。八田さんにバラされたんだ」

「八田さんに?」


「そうなんだ。僕が帰宅する前に月野さんに写真を送っていたんだ。八田さんは悪魔みたいな人だよ。今度絶対に仕返ししないと」

「やめとけ。お前じゃあの人には絶対勝てないよ」


「いつかぎゃふんと言わせてやる」

「言わされるのはどっちになるかな」

「君のところは大丈夫だったのかい?」

「特に何も?」


 ますます悪魔みたいな人だな。今後はあの人の発する言葉は必ず裏を考える癖をつけなきゃ。まさしく悪魔の甘言なんだから。


「これから調整だろ? いい結果が出るといいな」

「ありがと。今泉は訓練かい?」


「そうだ。その内お前が嫌って言っても道場に引っ張るからな、覚悟しとけ」

「お断りします」

「お前の意見は聞いてないよ。じゃあな」


 昨日の遊びがキッカケでなんだか今泉との距離が近くなった気がする。


 アプローチはどうしても同性で同年代の人は少ないから、今泉みたいなヤツは貴重だ。仲良くなれてよかった。


「やっはー。久しぶりだねえ、お二人とも。まま、座ってよ。ウチ特製のコーヒーをご馳走してあげるからさ」


 調整ルームに着くと、倉石さんがそう言って僕達を出迎えてくれた。


 ここ最近の調整結果はギスギスしていたのもあって、30点とか50点とかそれはもう酷い点数だったけど、今日は真衣華と月野さんが仲直りしてからは初めての調整なので、良い結果が出るはずだ。


 僕が調整に向けて気合を入れていると、


「司さん、あれ……」

 と、真衣華が僕に小声で話しかけてきた。


 その視線の先には溶け切らないほどの角砂糖をコーヒーにポチャポチャと落とし入れる倉石さんの姿があった。


 なるほど。確かに特製だ。天才特有の糖分マシマシのコーヒーを今から僕達は飲まなければならないらしい。


「はい、どーぞ」


 渡されたコーヒーは角砂糖が溶けずに浮いていた。渡した主が倉石さん以外ならなんの嫌がらせかと思うけど、彼女は僕達に渡したのと同じものを美味しそうに飲んでいた。


 僕も試しにと飲んでみると、想像通りシャリシャリしたゲロ甘の液体的な何かだった。


 はっきり言って美味しくないが、僕は僕のために出されたものを残さないので、一気飲みした。ちなみに真衣華は一口飲んでそっとコーヒーを自身から遠ざけていた。


「お二人ともちょーしはどうかな? 最後に検査した時は32点だったけど、今日は上がりそうかな?」

「そうね。今ならもう少し高くなるんじゃないかしら? ねえ、司さん」

「そうだね。最近は上手いことやってる感じがするし」


 顔にパンダは出来ているが、僕の見立てではそれはさして影響はないはずだ。


「お、それはいいことを聞いた。それじゃ早速やってみようか」


 そうして始まった検査。


「真衣華、股下失礼するよ」

「司さん、顔またぐわね」

「やあ絶景かな。おパンツが丸見えだ」

「ふふ、好きなだけ見てちょうだい」


 倉石さんが言っていた通り、以前までの僕はどこか真衣華に遠慮しているところがあったらしい。しかしあのギスギスを乗り越えた今日は自然と真衣華にセクハラができた。


 好み当てゲームにしても、頭を悩ませることなく真衣華ならばこうするだろうというのがスラスラ出てきた。


 この調子ならば、間違いなく高得点だろう。果たして僕のその予想は、


「結果はっぴょお~。ドンドンパフパフ~」


 またしてもどこから持ち出してきたのかわからないタンバリンを振りながら倉石さんはそう言った。ドキドキの瞬間の幕開けだ。


「さてさて本日の点数は~154点です!」

「それって……!」


 僕よりも早く真衣華が反応した。


「うん。君達にとって最高得点なのは言うまでもないが、月野君との結果に1点だけだけど勝っているね」

「やった……!」


 と、真衣華にしては珍しくガッツポーズまでしていた。それだけ月野さんとの点数を意識していたのだろう。


「いやあよかったよかった。一時はどうなることかと思ったよ」


「ふむ。この点数ならこれまで以上の活躍ができるだろうね。参考までに聞かせてもらいたいんだが、どんなきっかけがあったんだい? 以前も言った通り、この検査は下がることはあっても何かきっかけがない限り上がることはない仕様なんだ」


「きっかけと言われても、普通に仲直りしただけですよ。ねえ、真衣華」

「いいえ、司さんが私のことをしっかり見てくれたからよ」


「そうかな?」

「そうよ」

「そうみたいです」

「なるほどねえ。なんにせよ、これならば戦闘停止も解除されるだろう。次の検査は――」


 その後、日程の調整を行った僕達は部屋を後にした。


 調整の結果が良かったのが余程嬉しいのだろう、横を歩く真衣華は誰の目から見てもご機嫌だった。


「嬉しそうだね」

「当然よ。月野に勝ったんだもの」


 今にも鼻歌を歌いだしかねない様子の真衣華に、ここしかないと思った僕はこう切り出した。


「真衣華、僕とデートをしてくれないか?」

「……え?」

「お互いをもっとよく知るためにも、良い機会だと思うんだ」

「けど、私達外出はできないのではなかったかしら……?」


「言いそびれていたけど、この間解除されたよ。って言っても、監視付きだけどね」

「そう、なのね」

「あ、嫌だったかな? 無理にとは言わな――」

「行く! 絶対に行くわ!」


「おおう、ありがとう。それで日程なんだけど、いつがいいかな?」

「今すぐ行きましょう」

「いやそれは僕が困る」


 一応これはオペレーションまじこいの一環なのだ。監視役として月野さんの予定も確認しないといけないし、どうせ八田さんのことだから彼女以外にも護衛を付けるはずだ。


「なら明日は?」

「八田さんに聞いてみないとなんともだけど、とりあえずそれで予定をたてようか」


「どんな格好をしていこうかしら……着て欲しい服とかはある?」

「メイド服!」


 何を隠そう僕は大のメイドフェチなのだ。メイド服を着ていれば無条件で星が2点追加されるほどに大好きだ。皆もっとメイド服着ようぜ。なんで街中にメイド服着た女の子がいないんだろう。洋服着て歩いてる人がいるんだから、メイド服着ている人がいたっておかしくないじゃないか。そもそもメイド服だって洋服の一種であって、


「司さん」

「はっ! 思わずメイドについて思いを馳せてしまった」


「服装はそれでいいとして、私やってみたいことがあるの」

「なんだい?」


「世の男女はデートの時に待ち合わせというものをするのでしょう? それをやってみたいの」

「護衛の関係もあるから実現できるかはわからないけど、八田さんにお願いしておくよ」


「ありがとう。持ち物はどうしましょう……いざという時のためにあれも持っていきたいし……あれも必要かしら……?」

「遊園地に行こうと思っているから、特に必要なものはないかな」


 とは言ったものの真衣華の耳には届いていないようだった。


 こんなに喜んでくれるなら、今度オペレーションまじこいとは別でデートに誘ってみようかな。今回は行き先が指定されちゃってるから、次回は真衣華と行き先を相談して。


「真衣華ちゃん司とデート行くんだ。おめでとう!」


 家に帰ると、真衣華はいの一番に天音にデートに誘われたことを話してしまった。


 てっきり「あたしも行きたい」とゴネるかと思ったが、意外や意外、天音はゴネるどころか真衣華に祝福の言葉をかけていた。


「ありがとう、天音さん。デデニーランドというところに連れていってくれるらしいわ」

「え! デデニー!? デデニーデートするの? いいなー! あたしも行きたい!」


 前言撤回。やっぱり「あたしも行きたい」って言い出した。


「天音はまだ外出禁止だからなあ、外出できるようになったら皆でまた行こう」

「うー、いいなあ! 絶対だよ? 絶対皆で行こうね?」


「約束だ。今夜は天音の好きなご飯を作ってあげるから、今はそれで我慢してくれ」

「何作って貰おうかなー? しゃぶしゃぶもいいしー、ミートソースもいいなあ……」


 メニューを考え出した天音を微笑ましく見守っていると、


「ただいま。あら、みんなしてリビングにいたのね」


 月野さんが帰ってきた。


「おかえり月野。ねえ聞いて、私司さんにデートに誘われちゃったの」


 真衣華……どれだけ自慢して回るつもりなんだ。この調子だと面識のある人全員に言って周りそうだな。


「あらそ。よかったわね、真衣華。どこに行くの?」

「デデニーランドというところらしいわ」

「ふーん、いいわね。私も行ってみたいわ」


「今度みんなで行きましょう」

「なら天音さんが外出できるように頑張らないとね」

「そうね」


 月野さん演技上手いなあ、なんて思っていると、真衣華と話し終えた月野さんがトコトコと僕に寄ってきてこう耳打ちした。


「晩ごはん食べたらデートの打ち合わせね」


 ふわりと漂う彼女の残り香を思い切り吸い込んで、

「オッケー」

 と返した。

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