第32話「男同士の絆エピソード2」

「なあ今泉、僕はどうしたらいいんだろうか」


 家族会議を行った日から3日が経った。その間起きたことをまとめると、


 ・家庭内のギスギスがなくなった。


 ・やたらと女の子3人の仲が良くなった。


 ・毎日女子会が開催されている。(男子禁制のため何を話しているのかわからない)


 ・僕以外が担当する日の料理に必ず僕にだけ一品追加されるようになった。


 と、良いこと尽くめなのだが、何故だろう、どういうわけか僕は寂しさを抱いていた。


だからこうして仕事終わりに今泉を誘い、バーで飲んでいるんだけど、


「知らん」


 僕の真摯な相談はしかし、今泉に一言で切り捨てられてしまった。


「そりゃないぜ今泉」

「あのなあ、約束は約束だから奢りにきてやったが、お前の人生相談を受けるなんて約束をした覚えはないよ、俺は。しかもお前、奢ってやってるんだから今日くらい先輩つけろよ」


 先輩をつけろという今泉の言葉を無視して、


「僕はどうして寂しさを感じているのだろう」

「俺にわかるか」

「つれないこと言うなよ今泉。僕と君の仲じゃないか」


「ええい寄るな触るな近づくな! 俺は男に抱きつかれたら鳥肌が立つんだ!」

「もっと触ってほしいの?」

「この野郎ぶん殴るぞ!」


 本当にぶん殴られそうだったので離れると、


「俺の聞いた話だが、同じ男を好きになった女が取る行動は2つに分かれるらしい。男を取り合ってめちゃくちゃ仲悪くなるパターン。もういっこが男そっちのけでめちゃくちゃ仲良くなるパターン。お前んとこは後者なんじゃないか?」


「今泉、君ってやつは……実はとってもイイやつだったのかい?」


 なんだかんだ言いつつ真面目に僕の相談に乗ってくれるなんて、ちょっと感動だった。


「知らなかったのか? 俺はいいヤツなんだ」

「けど僕そっちのけで仲良くなられると、とても寂しいんだけど」


「いがみ合うよりマシだろ。俺も何度か修羅場は経験してきたけど、あれはもう二度と経験したくないことの一つだね」


「君は面がいいからなあ。実は刺されたことありますなんて言っても驚かない」

「あるよ」

「やっぱりあるんかーい」


「女に刺されましたなんて恥ずかしくて病院で言えないからワセリン塗ってサランラップ巻いて治した」

「ワセリンにサランラップ? そんなんで治るのかい」


「治る。結局出血さえ止めてしまえば後は自己回復力でなんとかなるんだ。人間の身体は意外と頑丈なんだよ。お前ならワセリンもいらないんじゃないか?」

「おや僕の身体のこと知ってるの」


「こう見えても俺はそれなりに偉いんでな。資料の閲覧権限を持ってる」

「なるべく口外しないでもらえると助かるね」

「心配しないでも、社外秘の資料だよ。見れるのも限られた人数だけだ」


「それはよかった。しかし君とこうして二人で飲む日が来るなんて思いも寄らなかったなあ。今だから言うけど、初対面の印象最悪だったからね、君」


「俺だって似たようなもんだ。絶対的エースの自負を持っていたのに、お前ときたら俺のこれまでの努力を嘲笑うかのようにイドを片手間に倒してしまうんだ。正直、嫉妬したよ」


「おまけに生身でも負けるしね」

「絶対いつかぶん殴る……」

「真衣華が言っていたよ、君と君のエゴには信頼関係が足りないって」


「……お前、エゴをどう思ってる?」

「どうって言われても……ちょっと不思議な力を持ってる普通の人でしょ」


「俺はそうは思わない。連中はエゴとして覚醒した段階で、体組織のレベルで人間とは違う生き物になるんだ。お前がご執心の月野さんだってそうだ。彼女は人並み外れた身体能力を持ってるんだぞ?」


「知ってるよ。この間手の骨折られたもん。あ、これ月野さんには内緒ね?」

「それでも普通だって言うのか、お前は?」


「うん。真衣華だってそうだ。ちょっと生まれが変わってるだけで、普通の女の子だよ」

「そうか……そんなお前だからこそ……いや、言ってもしょうがないか……」


 今泉はそう言ってグラスの中身を煽った。度数の高いウィスキーロックをそうやって飲む姿は本当に映画のワンシーンみたいで様になっている。


 僕も真似してサラトガクーラーを煽ってみたが、そもそも注がれている量が違うのでイマイチ格好良くならなかった。


 僕がどうすれば格好良くジュースを飲めるのか試していると、


「どうすればエゴとの信頼関係は築ける?」

「わかってたら今泉に相談してないよ」

「それもそうか」


 僕だって悩んでいるのだ。流石にこの歳で誰かに自分の人生を捧げようなんて高尚な考えは抱けない。僕は真衣華ほど覚悟ガンギマリではないのだ。もっと自由を楽しみたい。


 二人して「こうしたらどうか?」、「ああしたらどうか?」なんて話していると、


「二人して何を話し込んでいるんだい?」

 と、八田さんが現れた。


「おや八田さん」

「お疲れ様です、八田さん。珍しいですね、一人ですか?」


「うん。今日は早めに仕事が終わったから1杯やろうかと思ってね。そしたら珍しい組み合わせの二人がいたから声をかけてみたんだ」


「ちょうどよかった。僕達だけでは答えのでない悩みがあるんです。人生の先輩として教えてもらえませんか?」

「なんだい、どんな悩みだい?」


 八田さんは僕の隣に腰を下ろすと、バーボンのロックを注文してそう言った。


「契約しているエゴとどうやったら信頼関係を築けるのか、って悩みです」

「話している内にわかったんですが、どうも九条のところと俺のところでは悩みの質が違うみたいで……」


「はっはっは! なんだそんなことか。簡単だよ、好きな女を落とすのと一緒さ」

「それができたら苦労しないですよ……」


 そんな簡単にできるのであれば今頃恋人の一人もできているというものだ。


 一方の今泉は何故か苦虫を噛んだような表情を見せていた。


「九条君のところは青春をすればいいが、今泉君のところはそうもいかないだろうね」

「そうですね。俺はエゴを普通の女性と同じには見れない」


「まあ、それは人それぞれだから僕からとやかく言うつもりはないけど、大事なのは対話だよ。心を開いて対話すれば、必ず相手も心を開いてくれる。僕が見たところ、今泉君にはそれが足りないんじゃないかな」


「心を開いて対話、ですか」

「そう。君がどう思っていようと、エゴが心を持った存在であるのは変わらない事実だ。だからこそ、コントラクターが心を閉ざしてしまえば信頼関係なんてものは築けない」


「しかし――」

「しかしもかかしもないさ。前から言ってるだろう? まずは君の抱えているものを正直に話してみなさいって。でなければ、君が目標としているイドも倒せないよ?」


「っ!」

「君だって九条君が来て少なからず思っているはずだ。君の考えるエゴとコントラクターの関係を、少し見直す時がきているんじゃないかな?」


「そう、かもしれません……」

「そう気を落とすなよ今泉。10円ガム食べるか?」

「俺の悩みが10円ガムで解決するか!」


「10円ガム馬鹿にするなよ。生産者の人が一生懸命作ってるんだぞ?」

「くっ! 生産者はバカにしていない。俺がバカにしてるのはお前だ!」

「まったく、ひどい野郎だな」


「酷いのはどっちだ!」

「はっはっはっ! 九条君は本当に面白い子だね」


「どうも。けどそんな言葉で誤魔化されませんよ? よくよく考えたら気付いたんですけど、八田さん僕に月野さんをわざとけしかけてるでしょ」


 わざわざ月野さんの家で共同生活をさせたり、真衣華のいる前で調整を受けさせたり、オペレーションまじこいで行われる予定のデートに同行するよう命令したり、明らかに月野さんを嫉妬させようとしている。


「バレた?」

「当たり前です。月野さんが僕のことまったく好きじゃなかったらどうするつもりだったんです。いや、気にしてくれてるからこそとんでもない目に遭ってたわけですけど」


「月野君と君の相性が良いのは一目見てわかったよ。彼女は優秀なんだが男嫌いなのが玉に瑕でね。普通の子ならそれもいいが、エゴとしては致命傷だ。僕としてもなんとかしてあげたいと思っていたんだよ」


「だからって他にやりようがあったでしょうに」

「けど結果として月野君は九条君を意識するようになった。違うかな?」


「結果論ですよ。おかげで我が家は炎上していたんですから」

「それすらも乗り越えたんだろう?」


「どうなんでしょうね。とりあえず、バチバチにやり合うことはなくなりましたけど」

「結果良ければ全てよし! 今夜は頑張ってくれた九条君にご褒美をあげよう。このお店の人気キャスト全員を呼んでパーチーだ!」


「やったぁ!」

「お前いいのか? バレたら後が大変なんじゃないか?」


「世の中にはバレなきゃ問題ないという言葉があってだね……」

「俺は知らんぞ」


「今泉君も参加してくれるね?」

「いや、俺は――」

「エゴとの信頼関係を築く練習になるよ?」


 悪魔みたいな人だと思った。そんなことを言われてしまえば参加しないという選択肢はなくなる。


「……わかりました、参加しますよ。当然八田さんの奢りですよね?」

「もちろん。好きなものを頼みなさい」


 ボックス席に移動した僕達を待っていたのはまさに酒池肉林。右を見ても左を見てもきらびやかな美人しかいなかった。


「ウェーイ!」

「いいぞぉ! もっとやれぇ!」


 今泉もお酒が回ってきたのか、僕の腹踊りを見て笑っている。


「二人共、こっちを向いて。ハイ、チーズ!」


 八田さんが今日という素晴らしい日の思い出を写真に残してくれた。僕も今泉もさぞ良い笑顔をしていることだろう。後で写真送ってもらわないと。


「そろそろお開きにしようか」


 金主である八田さんのその言葉によって楽しい時間は終わりを迎えた。


「楽しかったなあ……」


 エレベーターに乗ると、身体から強烈な香水の匂いがすることに気付いた。女の子達を侍らせていたから匂いが移ってしまったのだろう。


「マズイな……バレたら殺されちゃう」


 現在の時刻は深夜1時。この時間ならば流石に3人とも床についているはずだ。


 僕に課せられたミッションは忍び足で帰宅をし、誰も起こさないように部屋に行って着替えをしてコインランドリーに今着ている服をぶち込む。そして服を洗っている間にシャワーを浴びることだ。


 なんてイージーなミッションなんだろう。僕ほどの人間になればこの程度は朝飯前だ。ミッションがインポッシブルになる恐れはどこにもないぜ。


「よしよし、やっぱり皆寝てるな……」


 リビングの電気は完全に消えていた。そおっと足音を殺して自室へと向かう。


 しかし、唐突にパチッというボタンを押す音が聞こえたかと思うとリビングの電気が点いた。


「へ?」


 リビングには3人が見たこともない笑顔で仁王立ちしていた。明らかに怒っているのに張り付いた笑顔がとても怖い。まさかとは思うけどバレたのかな。


「司さん、どこに行っていたのかしら?」


 先陣を切ったのは真衣華だった。その目は信じられないほどに細められていた。


「し、仕事だよ? 八田さんに呼び出されていたんだ……」

「へえ、そうなの。九条君、首元に口紅が付いてるわよ?」


 ババっと手の甲で首元を拭う。しかし、どこにもそんなものは付いていなかった。しまった、謀られた……! そう思った時には遅かった。


「なんで慌ててるの? あたし達になんかやましいことでもあるの?」

「あっ、えーと……そのようなことはないような……?」

「ふーん、これを見ても同じことが言えるのかしら?」


 そう言って月野さんが見せてきたスマホには、僕と今泉が女の子達に囲まれて満面の笑みを浮かべている写真が映っていた。


 この瞬間、僕はこれから訪れるだろう運命を受け入れた。しかし、だからといって抗うことは諦めないぞ。


「これはどういうことなのかしら、司さん?」


「ど、どうっていうとぉ……これは、そう、接待だよ! 八田さんはここのボスだし、今泉は僕の先輩だ。僕は上司二人に無理やり連れられたんだ。信じてよ!」


 月野さんは無言でスマホを操作してラインの画面を見せてきた。八田さんが月野さんに向けて送ったらしい文面には、


『九条君がどうしても女の子達と遊んでみたいと言うから奢ってあげたよ!』


 と、書いてあった。


 八田さん、そりゃないぜ……またしても八田さんにやられてしまった。


 僕が一生懸命言い訳を考えていると、いつの間にか正面に真衣華、背後に月野さん、右に天音という包囲網が完成していた。


「ああ……逃れられない……!」

「「「逃げられるわけないでしょ」」」

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