第10話「ラブコメ、始まります」

 何やら書かなければならない書類があるとのことで、トレーニングルームから10階にあるオフィスフロアへと移動してきた僕達。


 そこでは多数の職員が忙しそうにパソコンに向かって作業をしていた。

 そんな中僕達は応接室らしき部屋に案内されていた。


「九条君と黒鉄君にはアプローチの職員になってもらうことになる。働くにあたってここの情報を外部に漏らさないだとか、どういう条件で働いてもらうだとかの契約書にサインしてもらうことになるから。印鑑は持ってきてるね?」

「はい。バッチリです」


「あの、私はそういったものを持っていないのですが」

「ああ、大丈夫だよ。黒鉄君には戸籍も作ってもらうことになるから、印鑑はその後でいい。それまではさしあたってサインで大丈夫だ」


 エスの海で生まれた真衣華には戸籍というものがない。日本国的には存在しない人間という扱いになっている。


 そんな彼女に戸籍を作るだなんて簡単に言えるアプローチが恐ろしい。国と太いパイプで繋がっているのだろうか。今度聞いてみよう。


「で、次は風上君だね。二人同様契約書に判を押してもらうのには変わりない。ただ、職員という扱いではなく、あくまで重要参考人という扱いになる。二人とは契約書の内容が違うからそこだけ注意してね」

 と言って、八田さんはたくさんの紙が入ったクリアファイルをそれぞれに渡してきた。


「何かわからないことがあったらすぐに質問してね。噛み砕いて説明するから」


 契約書の内容に目を通す。小難しい言葉で長ったらしく書かれているが、要はイドが現れたら戦ってね、たまに検査もするから協力よろしく。アプローチでの事は絶対に外部に漏らさないでね。お給料はこれくらいだよ、ということが書いているだけだった。


「あの、給料のことで質問があるんですけど」

「なんだい?」

「基本給80万って本当ですか?」

「うん。ボーナスもきっちり2ヶ月分つくよ。他にも危険手当だったりもある」

「高過ぎません?」

「そう思う?」


「正直。僕みたいな一介の学生がもらうには少々身分不相応かと」

「ふむ。僕はそう思わない。君はまだ実感が薄いかもしれないけど、イドとの戦いは命懸けなんだ。ここで働く職員は、無辜の民の安寧のために文字通り命を削って働いている。そんな人がもらう給料と考えたら、むしろ安いくらいさ」

「なるほど」


「それに、お金は幾らあっても困らないからね。月野君なんかは基本給で120万もらっているよ」

「ドサクサにまぎれて人の給料バラさないでくださいよ」

「おっと、これは失礼」


 それまで無言で書類に目を通していた天音が「あの」と言った。


「保護の期間が1ヶ月単位で更新ってなってるんですけど……」

「ああ、ごめんね。説明が後になった。君達にはアプローチ所属ということになってもらうんだけど、これから他の陣営にそのことを周知徹底していくんだ。それには時間がかかるんだ。だから、とりあえずとして1ヶ月にしておいて、安全が確認されるまでは自動更新という形を取らせてもらってる」


「ということは、夏休みが終わってからも学園には通えないんですか?」

「痛いところを突かれたね。善処はするが、確実な期日については現状ではなんともいえない。君の安全のためだ、わかってほしい」

「単位とか大丈夫かなぁ……」


「そこに関しては大丈夫だ。学園に働きかける。いつ復帰しても問題ないようにしておくよ」

「本当ですか?」

「もちろんだとも。風上君には可能な限りこれまでと変わりない生活を送らせる。それが九条君の条件というのは聞いているからね」

 そう言って八田さんは例のニコッキラッ笑顔を見せた。


 それから全ての書類にサインを終えると、八田さんは改まった態度を見せた。そしてとんでもない爆弾発言をした。


「これから君達には共同生活を送ってもらう」

「はい?」

 とは僕の言葉。

「え?」

 とは天音の言葉。

「なるほど」

 とは真衣華の言葉。


「驚くのも無理はない。しかしこれにはちゃんとした理由があるんだ。エゴと契約したコントラクターはイドと対等に戦う力を持つことになる。だけどね、ただ契約を交わすだけじゃだめなんだ」

「というと?」

「より大きな力を引き出すには、エゴとコントラクターの間に強い絆を築く必要があるんだ。信頼関係と言い換えてもいい」


 あ、それラノベで見たことある設定!


「そのために共同生活を行う必要がある、と」

「そういうこと」

「けど、あたしは?」


「貴方は保護プログラムを受けているから、常時職員の誰かと行動する必要があるわ。だけど、常時知らない人と一緒というのは思っているよりもストレスがかかるの。それを避けるためです。ですよね?」

「その通り。そして関係ない感じを出しているけど月野君、君にはこの子達の監督官をやってもらうからね」

「はい?」


「当たり前だろう。いくらオリジナルと契約したアルターエゴとはいえ彼は荒事に慣れていない。ウチから職員を派遣するのは当然の話だ」

「冗談は筋肉だけにしてください! 何が悲しくて私が男と共同生活なんてしなくちゃいけないんですか! 職員なら彼一人で十分でしょう!」


「僕の筋肉は冗談じゃないよ。というか、月野君が言った通りの理由だよ。知らない人と一緒では風上君にストレスが溜まってしまう。その点君はすでに見知った仲だ。ほら、万事解決だろう?」

「何も解決してません! 私の男嫌い知ってて言ってますよね?」


「これを機に男性に慣れる訓練をしてもらうという理由もある。それに、彼は良い子だと思うよ?」

「カード手裏剣しようとする男のどこが良い子ですか!」

「ひどい言われようだな。こんなに素直な男は他にいないぜ?」

「素直過ぎるの!」

「しくしく……」


 泣き真似をしている僕を慰めるように背中に手を置いてくれる真衣華。そんな彼女も思うところがあるのか、


「私としても監督官は別の方にお願いしたいのですが……」

「そうは言っても他に選択肢がなくてね。エゴとコントラクターの絆を深めるという観点から男性は論外だし、女性で手が空いていて戦闘力がある人。尚且つ信頼できるのは月野君くらいなんだ。申し訳ないが納得してもらえないだろうか」


 と、いう理由で。居住フロアに移動した僕達は4LDKの大層広い部屋にいた。

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