第11話「共同生活、はじまります!」
どうやらこの部屋は元々月野さんが一人で暮らしていたらしく、リビングには彼女の私物らしきものが並んでいた。
そして、家主の月野さんは彼女の私室らしき扉の前に黒いテープを貼ってこう言った。
「いいこと? このラインからこっちには絶対に入ってこないで!」
「僕知ってるよ。この場合看病イベントとかが発生して部屋の中に入るんだよね」
「入ってきたら殺すから」
「なんて怖い家主なんだ。これから共同生活を送るんだからもうちょっと仲良くしようぜ」
「お断りよ!」
やれやれ参ったネ。これを機に月野さんと深い仲になろうと思っていたのに骨が折れそうだ。
「あたしの荷物とかってどうなってるんですか?」
「部屋にもう運ばれてるはずよ」
そう言って月野さんが指したドアの先には天音と書かれたネームプレートが下げられていた。
「寝具はあるのかしら?」
とは真衣華の疑問。彼女は一体今までどう暮らしてきたのか着の身着のままアプローチを訪れたので荷物が一切なかった。従って、布団などの類は持っていないはずだ。
「あると思うわよ。用意周到なあの人が準備をしていないはずがないもの」
「助かるわ。生活に必要なものはそちらに用意してもらえると考えても?」
「当面はね。お給料が出たらそれで賄ってもらうけど……そこっ! 埃が立つからバフバフしない!」
リビングのソファが想像以上の沈み込みだったので「いえーい」と楽しんでいたら怒られてしまった。
「この際だから言っておくけれど、家主は私、貴方達は居候。居候は家主の言うことを絶対にきく。いい?」
「そんなにカリカリするなよ。せっかくの美人が台無しだよ?」
「誰のせいでこうなってると思ってるのかしら?」
天音を見る。彼女とは普通に話していたな。次に真衣華。こちらも意外なことに普通に話していた。と、なると……。
「まいったな。僕のせいかい?」
「貴方以外に誰がいるのかしら?」
「それはさておき親睦会でもやらない?」
「なんでさておくのかはともかく、まあそれくらいなら……」
「焼き肉にするか鍋にするか迷うところだね」
「けど家で焼き肉したら匂いついちゃうよね。前司の家でやった時すごかったもん」
僕はとしては全然気にしないけど、確かに天音の言う通り女性の家に匂いがついてしまうのはよろしくないかもしれない。
「だとしたら鍋か……うーん、よくよく考えたら夏に鍋って地獄じゃないか?」
「キムチ鍋とかだと汗かくからダイエットにいいんだよ?」
とは天音の言。比較的スリムな彼女のどこにダイエットするほどの無駄な肉があるのか甚だ疑問だったが、僕一人の意見を押し通すのは心苦しい。ということで、
「真夏に鍋やって汗だくになりたい人この指とーまれ!」
「言い方の悪意ぃ!」
多数決の結果、誰も僕の指にとまらなかったので鍋は却下だ。この国は民主主義なのだ。
「となれば定番のタコパなんてどうだい?」
「別になんでもいいけど、貴方やけにパーティーメニュー詳しいのね。そんなに普段からパーティーしてるの?」
「聞いて驚け僕は友達が100人もいるんだ。それはもう毎日がホームパーティーさ」
「あたし以外に友達いないくせに」
「天音さんはそう言ってるけど?」
「物事を一側面からしか見ないのは実に不合理だ。つまり何が言いたいかというと――」
僕が必死に言い訳を考えながら引き伸ばして話しているというのに月野さんは僕の言葉尻を奪い、「というと?」と早々に結論を求めてきた。
「もうこの話題やめない? 僕にとって大変不都合だ」
「ようするに友達いないのね」
「そんなことはない。なあ天音」
「まあ? 一応あたしは友達のつもりだけど?」
「なんで疑問形なんだ。ああ、しまった。今月の友達料払ってなかったね。今すぐ払うよ」
「今まで一回も受け取ったことないし受け取るつもりもないよ!」
「貴方ってふざけてないと死んでしまうの?」
「そうかもしれない。とまあ、おふざけはこの辺にして、タコパでいいかい?」
「私はなんでも構わないわ。でも、ウチにたこ焼き器なんてないわよ?」
「買ってこようぜ」
「貴方狙われているの忘れてない?」
「覚えてるよ。何も外に行って買おうってんじゃない。アプローチにはデパートも入ってるじゃないか」
さっき契約書を書いた際に、ついでとばかりに関連資料をもらって読んでいたのだ。そこでこのビルの中には職員用のデパートが入っているという情報をゲットしていた。
「ああ、なるほど。けど、たこ焼き器なんて売ってるのかしら?」
「なかったらその時はその時さ。それに日用品なんかも買い揃えたいからね」
「そうね。私も買いたいわ。一度何が必要かリストアップする時間を貰えると嬉しいわね」
真衣華の場合は何もない状況からのスタートだからより一層買い物が必要だろう。
服だって未だに僕のジャージを着ているくらいだ。せっかく綺麗なんだからもっと彼女の魅力を引き立てる衣装を着て欲しいものだ。
「あたしも。流石に歯ブラシとかはもってこなかったし、シャンプーとかも買いたいな」
「ふむ。じゃあこうしましょう。今から一時間後にショッピングフロアに行きましょう。それまでは各自自由行動ってことで」
「オッケー」
「待ちなさい! なんで私の部屋に行こうとするの!」
バレてしまったか。今の流れならスムーズに月野さんの部屋が覗けると思ったんだが、チィッ。男は見てはいけないと言われると意地でも見たくなるもんなんだい。
「いけると思ったんだけどなぁ……」
「むしろなんでいけると思ったのかその根拠を聞きたいわ」
むぅ。ならばこの手はどうだ!
「あっ! UFO!」
誰も窓の外を見てくれなかった。
「……ひょっとして私は今すごくバカにされているのかしら?」
「心外だな。僕は人のことをバカになんかしない」
「天音さん、貴方いつもこんなのに付き合ってるの?」
「まあ……いつもはこんなにはっちゃけないんですけどね……」
「男の子は気になる女の子にちょっかいかけたくなるもんなんだよ」
「だとすれば逆効果よ。私は物静かな方が好きだもの」
「ああ、司にそんなこと言ったら……」
「え、私何かマズいこと言った?」
天音は無言で僕を指した。
「なによ、普通じゃない。地雷踏んだかと思って焦ったわ」
「……」
「そうじゃないんです……」
「え?」
「ああ、そういう。あなた、彼の変化に気づかないの?」
月野さん以外が僕の変化に気づいたようだった。
「? そういえば静かね。まさか私に言われたからって物静かになるわけ――」
「…………」
「うそでしょ?」
「………………」
「な、なんか言ったらどうなの?」
「……………………」
「……静かになったのはいいけど、これはこれで気持ち悪いわね。元に戻らないの?」
「月野さんの好きなタイプを変えるしかないですねえ」
「どこまでもめんどくさいわね……わかりました。私の好きなタイプはお調子者です。これで満足?」
「ぶはぁっ! 死ぬかと思った。いやーやっぱり僕って話してないと呼吸してないみたいなところがあるからさ。それにしても月野さんがお調子者が好きだったなんてね、どうやら僕と波長が合うようだ。嬉しい限りだよ。ちなみにお調子者って言っても自分から笑いを取りにいくタイプと――」
「ああもう! どっちに転んでも私に害しかないじゃない。ほんと最悪……」
その後もあーでもないこーでもないと話し、月野さんと親睦会をするより前にたっぷりと親睦を深めることができた。
満足した僕は私室に行って必要な物をリストアップすることにした。
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