第6話「インタビュー」

 美人さんのご要望通り熱々の緑茶を人数分用意してテーブルに並べると、自然に天音と真衣華が僕の両隣に座り、美人さんが対面に座る形になった。


 ようやくシリアスなムードを演出できたぜ。ここからは美人さんへの質問タイムだ。


「そうだな……まずは年齢を教えてもらえるかな?」

「……名前よりも先に年? まあ、いいけど。17よ」


 同い年やんけ! やったぜ。真衣華みたいな姉属性もそれはそれでいいけど、やっぱり同い年っていうのはそれだけで付き合いやすさを感じさせる。


「身長はどれくらいあるの?」

「168センチ」


「168センチか。女の人にしては結構大きいね。僕と7センチしか変わらない。スタイルも良いし、何か運動とかしてるの?」

「あなたには関係ないでしょ」


 あらら、そっぽを向かれてしまった。それに隣に座る天音に太ももをつねられてしまった。そろそろ本当に真面目に話を進めよう。


「わかった。わかったから太腿をつねるのはやめてくれ、天音」

「真面目にやれ」

「はいはい。えーと名前を教えてもらえるかな」


月野つきの

「下の名前は?」

「教える必要ないでしょ」


 くっ、ガードが固いぜ。だけど、これくらい壁がある方が男として越える気概が湧いてくるというものだ。僕は諦めない。


「そっか。まあそれについては追々」

 フゥと一息つく。


「月野さんの目的は真衣華だって言ってたよね? だけど、僕達からしたらなんで真衣華を保護する必要があるのかわからないんだ。というよりも、僕自身今日いきなりエスの海に連れて行かれて戦っただけで、何も知らないんだ。そこら辺、全部最初から教えてほしい」


「呆れた。本当に何も知らないで契約したのね」

「なにぶん非常事態だったもので」


「いい? 貴方がそこの女に何を吹き込まれたかは知らないけれど、事態はそんなに簡単じゃないの。黒鉄真衣華はエスの海で生まれた『オリジナルエゴ』と呼ばれる存在よ。そしてそれと契約した貴方は『アルターエゴ』と呼ばれる特別な存在なの」


「オリジナルエゴだと何か違うの?」

 僕の問いに月野さんは少し考える素振りを見せた後、ややあって口を開いた。


「『オリジナルエゴ』と契約したコントラクターは通常のエゴと契約した者と比べて隔絶した力を持つの。それはイドを狩る上で重要な力。だからこそ、アルターエゴなんて呼び名で呼ばれてる」


「だから真衣華は狙われている、と」

「そ。正確には『狙われていた』ね。貴方と契約してしまった今、対象は二人になった」

「僕と真衣華って訳か」


「ええ。通常エゴは一般人が何かのきっかけで覚醒することで成る存在だけど、オリジナルは別。エスの海で生まれ、生まれながらにしてイドと戦い続けることを宿命付けられた人ならざる存在。いわば、イドにとっての天敵よ」


「なるほど。イドを狩る人達からしたら喉から手が出る程にほしい存在を僕は意図せず奪ってしまった訳だ」


 月野さんは湯呑を両手で持ってふうふうと冷ました後中身に口をつけた。それからどうでもよさそうに「そうね」と言った。


「私が追われていたのにはちゃんとした理由があったのね。驚きだわ。普通に話しかけるという手段を用いてこなかったから、てっきり嫌がらせかと」


「貴方が覚えていないだけで私は最初ちゃんと説明しようとしたのよ? にも関わらず貴方は私に斬りかかってきたの。たぶん、あの頃は自分という存在が確立していなかったせいでしょうけど。それにしてもあんまりよね。ホント、最悪だわ……」


 真衣華は「悪かったわね」と、謝罪としては少々誠意が感じられない声音で言った。


「とても謝っている人がとる態度じゃないわね」

「あなたの誠意を受け取る器官が故障しているんじゃないかしら?」

「故障しているのは貴方の誠意を伝える器官ではなくて?」


「人の謝罪に難癖をつけるあなたの神経が理解できないわ」

「素直に自分の非を認めることが出来ない貴方の神経が理解できないわ」

「あー、その辺にしてもらえると助かるんだけど」


 このままでは先程のようなキャットファイトが再発してしまう。この二人どうやら水と油みたいな関係にあるらしい。この短い時間ではっきりと理解した。


 なにはともあれ、僕の一声で争いの芽を摘むことには成功したようだ。そこで、いつ割って入るかタイミングを図っていたらしい天音が会話の口火を開く。


「あのさあ、みんなさっきからなんの話をしてるの? アニメかゲームの話? なんかあたしだけ除け者みたいで疎外感感じちゃってるんだけど」


「実際天音はさっきまで部外者だったし、僕はこれから先も天音には部外者であってほしかった。だけど月野さん曰くもう手遅れみたいだから、せめて僕がわかっている範囲で説明責任を果たすよ」


 冗談でもなんでもなく真実であることを強調するために、僕は真剣な顔で緑茶をすすり、天音の興味をより一層引く。


「簡単に言うと、僕は今ウルトラマンみたいな立場にある。仮面ライダーと言ってもいい。要するに、イドという悪い存在を倒さなければならない立場にあるんだ」

「なにそれいつもの冗談でしょ? 真面目に話してよ」


「残念だけど本当なんだ。そして天音、君はそれに巻き込まれているんだ」

「マジ?」


「マジもマジ。大マジさ。そこで月野さんに聞きたいんだけど、事態に巻き込まれてしまった天音が今後危険に晒される可能性はあるのかい?」


 月野さんはもったいぶるようにお茶をすすってから口を開いた。


「ない……と言いたいけれど、あるでしょうね。考えられる危険の中でもっとも可能性が高く、なおかつもっとも危険な事態。人質ね。私は貴方と天音さん、だったかしら? の関係をよくは知らないけれど、それでも人質としての価値はあるのでしょう?」


「そうだね。天音が人質になるようなことがあれば僕は全力で見捨てる程度には仲が良いと自認しているよ」


「全然仲良くないじゃん! 真面目なシーンでふざけるのやめてよ!」

「僕は二分に一回ふざけないと死んでしまうんだ」


 憤る天音をドウドウと抑えながら「それはさておき」と話を続ける。


「人質となった際の要求は当然真衣華の身柄だよね?」

「加えて貴方もね」


「うん。そこで聞きたいんだけど、人質なんていう手荒な方法を使ってでも欲しいものなのかい? 僕はまだエスの海に一回しか行ったことがない上に、他の人の戦闘能力? という表現で合っているのかは知らないけど、見たことがないから比較が出来ないんだ」


 僕の質問に、しかし返ってきた答えは「さあ?」というにべもないものだった。当然僕としては再び「なぜ?」という質問をする。


「資料が残っていないの。先の大戦でオリジナルに関する資料の大半が焼けてしまった。唯一残っているのはオリジナルが他とは隔絶した力を持つ、ということのみ。だから、各陣営が躍起になって探しているのには、実験動物としての側面もあるのでしょうね」


 知らないけれど、と締めくくった月野さんはどうやら本当に何も知らないみたいだった。


 考えてみれば、回収に駆り出されるような下の人間に一から十まで全てを説明しているはずもない。


 また一方で、こうも思う。そんなに大切な存在なら組織総出で確保に乗り出せばいいのに、と。何かそうは出来ない理由でもあるのだろうか。


 いずれにせよ限られた情報しか与えられていない僕が推察出来ることなどたかがしれている。推察に耽るのは得策ではない。今やるべきは月野さんから少しでも多くの情報を引き出すことだ。


「質問だ。先の大戦って? 僕の認識では最後に大戦と呼ばれる戦争が起こったのは90年近く前だと思うんだけど」


「表向きはね。私もその時は生まれていなかったから資料でしか知らないけれど、イドとの大きな戦いがあったのよ。イドの大軍勢がある日、ぽっと出現したらしいわ。倒しても倒しても現れるイドの軍勢に人間側はとてつもない損害を被った。一歩前進しては二歩後退して、みたいな状況を続けていた時、人間側にある希望の星が現れた」


「あーなんとなく想像がついた。オリジナルエゴでしょ?」

「そ。そのオリジナルとコントラクターが先陣に立って戦争を終結に導いた。めでたしめでたし」


「待って待って。そのオリジナルとコントラクターはどこ行ったのさ」

「知らない」

「知らないって。そりゃないぜ。煙に巻くにしてももう少しマシな言い方ってものがあるだろう?」


「本当に知らないもの。私が知っているのは戦争が終わると同時にその二人は何処かへ姿を消してしまったということだけ。さ、もう満足でしょう? 話すこと話したし、私は帰るとするわね」


「参ったな。僕としては月野さんともっと話しがしたかったんだけど」

「残念。時間切れね。あまり長居しすぎると今度は私との関係を疑った別の陣営がやってくるわよ? それでもいいなら残るけど」


「それは困る」

「でしょう? 貴方が今後どうするか。いきなり選択を迫られても困るでしょうから、私の連絡先だけ教えておくわ」


 月野さんは名刺入れから取り出した名刺を僕に渡した。


 名刺には『健全保護育成協会アプローチ』と書かれていた。その下に、『管理保護部実務課所属特戦第零隊隊長月野六りっ』と書かれていた。


 彼女が所属するらしい部署の名前、漢字が並びすぎてもはや中国語にしか見えない。ここまで細かく別れているということはそれなりの規模だということだろうか。


 というか、彼女下の名前六花っていうのか。教える必要ないとか言ってたのに名刺にちゃんと書いてるじゃないか。意外とお間抜けさんなのかな?


 裏面を見ると、090から始まるスマホの電話番号が書かれていた。どうやらこれが月野さんが所属する陣営への直通電話らしい。


「これ、六花さんのプライベート番号?」

「まさか。それは仕事用よ。というか名前で呼ばないで。馴れ馴れしい」


「プライベート番号は教えてくれないのかな?」

「教えるわけないでしょ。今後、すぐにでも他の陣営も接近してくるでしょうから、精々気をつけることね。それじゃ」


 それだけ言って月野さんは本当に帰って行ってしまった。残された僕達の間に漂うこの後どうしよう感をなんとかしてから帰ってほしかった。


 ちなみに月野さん、帰りはちゃんと玄関から出ていった。最初からそうしていれば話もこじれなかったろうになぜ窓ガラスを割って登場したのだろうか。疑問が尽きない。

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