第5話「ルイボスティー」
「さて……」
侵入者は桜の意匠が施された黒色の着物に朱色の袴を着込んだどことなく拗ねた印象を受ける赤目の美少女だった。
キャスケット帽からはみ出た横髪は絹のように艷やかで本人が僅かに揺れ動くだけでサラサラと宙を流れる。
着物では隠しきれないほどに豊満なそれは正しく女性の象徴であり、袴の奥からチラリと覗く肌艶の良い足首からは健康的なムチプリ太ももが容易に想像できた。この様子だときっとお尻もプリンとしていることだろう。
総評して幼さの残る顔立ちに反して強烈なまでに女を意識させる体型だった。
真衣華をモデル体型と称すなら、彼女はグラビア体型だ。身長も僕よりも少し低い程度に高い。僕は背の高い女の子が大好きだ。
どうやら今日の僕は最高にツイているらしい。人生で一人出会うかどうかといったほどの美人に二人も出会ってしまった。というか彼女には至っては僕の理想の外見そのままだ。
「なんてこと……もう契約済みだなんて」
侵入者が何事か呟いているけど、今の僕はどうすればあの袴の下に隠れた太ももを合法的に舐め回す事ができるかについて考えるのに忙しかった。
「いきなり窓を割って登場とは。インターホンを押すという行為は野蛮人には少し難しすぎたかしら?」
あれ? なんかずいぶんとキツイ物言いだけど真衣華ってこんなキャラだっけ。
「貴方こそ、ずいぶんと尻軽だったのね。よく知りもしない相手と簡単に契約するだなんて。どうせか弱い女を演じて同情を誘ったのでしょう? やだやだ」
「よく言うわ。あなたこそそのだらしない身体でまた男を騙しているのでしょう?」
「言ったわね!? 貴方こそ少し太ったんじゃないかしら? その芋ジャージ、よくお似合いよ?」
なおもギャーギャー低次元な言い争いを繰り広げる二人を見ていると、美人とはなんなのかという虚しい気持ちになってしまったのでとりあえず空気をシリアスなものに戻そう。
「あー真衣華の知り合い? の人?」
「何よ!?」
「目的だけはっきりさせてくれないかな。じゃないと僕も窓を割られたことを怒ればいいのか美人と出会えたことを喜べいいのかわからないから」
「目的? 目的はそこの女の保護よ。もっとも、どこの誰かも知らない人と契約してしまったみたいだから? 半分くらい任務失敗みたいなものよ。ホントもう、最悪……」
「なんだか知らないけど君は敵なのかい?」
「さあね。貴方の今後の出方しだいよ」
「と言うと?」
「貴方は黒鉄真衣華と契約したのでしょう? 彼女はオリジナルなの。オリジナルのコントラクターはいずれかの勢力に属さない限りずっとその姿を追われる。つまり、貴方が私達の陣営に属すのであればとりあえず私は敵対はしない。だけど……」
「君の陣営以外に属せばその限りではないと」
「そういうこと」
オリジナルに陣営。また新しい言葉が出てきたぞ。なんだいなんだい悪い奴をやっつけるだけっていうヒーロームーブは許されない感じだな。
考えてみれば最近のヒーローものも単純な勧善懲悪ってわけじゃあないらしいし、現実は案外こんなもんなのかもしれない。呉越同舟っていっても敵を倒せばまた敵同士だしなあ。世知辛い世の中だぜ。
「じゃあとりあえずは今すぐどうこうってわけじゃあないんだね? なら、とりあえず君が壊した窓の残骸掃除、手伝って」
僕の言に彼女は立ち上がり、掃除を始めるのかと思ったら右手を窓に向けて突き出した。すると、まるでビデオの逆再生でもするかのように割れた窓ガラスが本来あるべき姿に戻っていった。
「これで文句はないでしょ?」
得意げにそう言った彼女。これは流石にドヤ顔が許される。
「たまげたなあ。今日はよくびっくり人間に会う日だ」
再生力オバケ人間に会ったと思ったら次は物を再生する人間だよ。
「君は魔法使いか何かかな?」
「これは魔法じゃないわ。エゴが持つ異能よ」
「エゴときたか。いつから心理学はファンタジーになったんだい? なんだか今日一日で僕の価値観がずいぶんと変わってしまったよ。びっくりだ」
「驚いている人間の反応には見えないけど」
「僕は顔に出にくい質なんだ。これでも結構驚いてる」
彼女は「そ」とだけ言って興味なさそうにそっぽを向いた。
どうも僕は彼女にあまり良い印象を持たれていないみたいだ。たぶんだけど、これは僕がどうこうってよりも彼女は男性があまり好きではないのだろう。
だからといって諦める僕じゃない。こんな理想の美人を前にして黙っているなんてあり得ない。せめて名前くらいは聞いておこうと口を開きかけたところで横槍が入った。
「ちょーっとまったあ!」
「天音。すっかり存在を忘れてたよ」
侵入者があまりに可愛かったのと窓ガラスの修復劇ですっかりと忘れてしまっていた。
「忘れんな! さっきは『逃げろ天音』とかカッコいいこと言ってたくせに!」
「さっきはさっき今は今だ。それはそれとして僕はなるべくなら天音を巻き込みたくないんだけど、これはもう手遅れな感じかな?」
と、僕の理想の彼女に問う。
「手遅れね。私の異能を見てしまったし、何より他の組織からは関係者の一員として数えられているだろうから。事実私も貴方がそう言うまでそう思っていた」
「悲しいかな。天音、どうやら君も無関係とはいかないみたいだ。こうなるのが嫌だったから天音には早々に帰宅してほしかったんだ」
「だからあ! さっきからなんなのさ! 契約とか陣営とかエゴとか。それに、さっきの手品は何? 大体この人誰なの? なんで窓から入ってきたの?」
「まあまず落ち着こうか。少し場が乱れすぎている。何か飲み物を用意しよう。ものすごい美人の侵入者の人は何か希望ある?」
「緑茶」
「奇遇だね。実は僕も緑茶が大好きなんだ。和菓子と一緒に飲むと美味しいよね。君とは気が合いそうだ」
「……司、飲み物はルイボスティー一択っていつも言ってるじゃん」
天音がジトッとした目で僕を見ながらボソリっと呟いた。言葉にどこか怒りのような感情が乗っているような気がするけどきっと気のせいだろう。
「たった今緑茶一択になったんだ」
「…………ふーん? ねえ、あんた」
つまらなさそうに天音が侵入者に声をかけた。
「私?」
「そう、あんたよあんた。緑茶以外に何か好きな飲み物は?」
「ジャスミンティー」
「いやー本当に奇遇だね! 実は僕もジャスミンティーが好きなんだ。ジャスミンには利尿作用があるから美容にもいいし、最高だよね!」
「露骨すぎる!」
「なんだよ天音、騒ぐなよ。僕は昔からジャスミンティーが好きだったろう? 驚くことなんて何もないじゃないか」
「嘘つけ! あんた今まで散々ルイボスティーしか飲んでこなかったじゃない!」
「気のせいじゃないか? 僕は普段から緑茶とジャスミンティーを愛飲しているけど……」
「どの口が言うんだ! この! この!」
突如として飛びかかってきた天音は言葉と共に僕の口をつまんでモニモニしてきた。
「……天音さん、その辺にしておかないと、このままじゃ話が進まないわよ?」
真衣華の言うことはもっともだ。同意代わりに未だモニモニしてる天音を抱き上げてソファに投げると、ものすごい目で睨まれたけど知らない知らない。
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