第4話「意外な事実」
真衣華を座布団に座らせ、ルイボスティーを差し出し、「さて」と切り込む。
「何から話してもらおうかな」
「お好きにどうぞ。もう、私とあなたは運命共同体となってしまった。隠すこともないわ」
ふむ。今新たに出た運命共同体云々も気になるけど、まずはこれだろう。
「さっきの世界? でいいのかな。人がまったくいなくなってしまった世界で出会った鬼みたいなのはなんなんだい?」
「まず、あそこは『エスの海』と呼ばれる異界よ。人々の無意識の集合世界。無意識だから、意識体である人の姿はないの」
「うん? その意識体ってのがわからないけど、どうして僕と真衣華は存在出来たんだい?」
「そこが謎な部分よ。私はともかくとして、なぜあなたがエスの海に存在出来たのか。そもそもどうやって侵入してきたの?」
「そう言われてもなあ。僕は普通に自転車を漕いでいただけだぜ? 思い当たる節なんてないさ」
「どこか、特別な生まれだとかっていう線は?」
「ないと思うよ。僕はごく一般的な男子学生さ」
正確に言うと僕自身僕の出自がわかっていないのだ。
僕は赤ん坊から幼少の頃を孤児院で過ごしていたから生まれなんて知らないし、現在の両親は僕を養子として引き取ってくれた義両親だ。僕が見る限り二人は完全に普通の人だ。だから、ここでの答えはこれで十分だろう。
「そう……稀に生まれるイレギュラーかしらね。まあいいわ、それで鬼の話だったわね。あれは『イド』よ。人の悪意の集合体とも呼ぶべきもの。姿かたちは様々だけど、日本人の意識が元になっているせいか、鬼という姿で現れることが多いわ」
「ふむ。じゃあそれと戦っている君は? どういう存在なの?」
真衣華はすぐには答えずに、まるでどう答えるか考える時間を稼ぐようにルイボスティーをゆっくりと飲んだ。そして、ややあって「たぶんだけど」と切り出した。
「私は……人々が生み出したセーフティのようなものなのだと思う。理性と言い換えてもいいわ。人間は悪いことをしようとした時に自分の中の理性と戦うでしょう? イメージとしてはそれが一番近いと思うわ」
「今の話を聞くに、君自身自分がどういう存在なのかわかっていないってことじゃあないか。とりあえず、君は人間とは別の存在っていう認識でオーケー?」
真衣華は悪びれもせずにしれっと「そうね」と言った。
「で? 真衣華はどうしてそのイドってやつと戦っているんだい?」
「わからない。ただ、私という存在が完成したその時には、すでに私はイドと戦っていた」
「なんだい、なんでも聞けという割にはわからないことばかりじゃあないか」
こんなんじゃ話になんないよ。もっとわかりやすく悪の親玉がいるとか目的を示してくれないと現代っ子の僕は動けない。
「ごめんなさい……でも、私自身何をどうすればいいのかわからないの」
うーん。そんな簡単に手折れるような表情で言われてしまうと僕としても責める気が失せてしまう。やはり美人は卑怯だ。何をしても様になるし効果も抜群だ。
しょうがないので話題を少し変えることにした。
「ところでさっき運命共同体とか言ってたけど、どういうこと? まさか本当に僕と結婚式でも挙げる気かい?」
真衣華は僕の軽口には反応せず、しかし申し訳なさそうに口を開いた。
「私と契約して
今までの流れからなんとなくそんな気はしていたよ。イドと戦う存在である真衣華と契約してしまったらしい僕。必然僕もコントラクターとして戦うんだろうなあとは思っていた。だから、それに関してはそこまでショックはない。問題はそれがいつまで続くのかって話だ。
「その戦いに終わりはあるのかい?」
「わからない。でも、おそらく人々が存在する限りその悪意も消えることはないでしょうからきっと……」
真衣華は言い切らなかったけど答えは出ているようなものじゃないか。そんなの一生戦い続けなければいけない。
「参ったな、それは困る。僕に彼女が出来たとして、その彼女とデート中にイドが来たらどうしろっていうんだい」
真衣華は呆れたと言わんばかりに僕をジト目で見てきた。失礼な反応だな。僕は至極真面目だっていうのに。
「困ったコントラクターだこと……もっと先の不安とかないの? 例えば……そう、死んでしまうんじゃないかとか」
「僕が死ぬわけないじゃないか」
真衣華は僕の言葉に何も答えず、ただ穏やかに微笑んだ。その微笑みは、この場を支配するシリアスな雰囲気を一転してラブラブでイチャイチャが許されそうな雰囲気に変えた。
これ上手いことやれば絆レベル向上イベント起こせるんじゃね? なんて思った矢先、つい先程も聞いた覚えのある鬼連打のピンポン音が部屋に響き渡った。
こんなことをする相手を僕は一人しか知らない。やれやれだぜ。せっかくの雰囲気が台無しだ。この責任は彼女の身体でとってもらうしかない。
重い腰を上げて玄関の扉を開けると、そこには予想通り大きなクマのぬいぐるみを抱えた天音が立っていた。
「おや天音、僕におっぱいを揉まれに来たのか」
「なんの話!?」
「さっき天音が言っていたんじゃないか、僕におっぱい揉ませてくれるって。だから一度家に帰って身だしなみを整えてきたんだろう?」
「そんなこと一言も言ってないけど!?」
「やれやれうるさい女だぜ。ここは玄関なんだ、騒いでる暇があったら大人しく僕におっぱい揉まれればいいんだよ」
「あたしに対する扱いがひどすぎる!」
そろそろ本当にお隣から苦情のお言葉を頂きそうなので天音を部屋に招き入れた。
クマのぬいぐるみを持ってきた時点で彼女がこれから何を言わんとしているのかはわかるけど、部屋の主として一応来訪の目的を尋ねた。
「司がこの人に変なことしないか見張る」
「布団が二つしかないから無理だ」
というのは建前で僕はまだ真衣華と今後について話すことが山程ある。それを天音に聞かれるのはまずい。それに、どうも僕の勘がもうそろそろまたヤバいことが起こると告げている。自慢じゃないが僕の勘はよく当たる。だから、天音には一刻も早くご退室願いたい。
「なんでさ! 別に誰かがソファで寝たっていいでしょ!」
「その場合寝るのは僕になる。いいのか? 虚弱体質の僕はすぐに風邪をひいてしまうぜ?」
「あんたが虚弱体質なら世の中の人全員それ以下だよ!」
「そんなに僕と一緒に寝たいのかい? 驚きだよ、いつの間に僕は天音ルートに入っていたんだ」
「あ、あんたと一緒に寝たくなんてないし! と、とにかく! 司とこんな美人が二人っきりだなんて許さないんだから!」
参ったな、今日に限ってずいぶんとしつこい。こうなったら天音が寝静まった頃を見計らって僕が天音を家まで配達するしかないか。
こんな芸当、一度寝たら滅多なことでは起きない天音相手でしか通用しない。今だけは天音の寝付きの良さに感謝だぜ。
ということで真衣華は僕のベッド、天音は来客用という名のほぼ天音専用の布団、僕はソファで寝ることになった。
ちなみに天音は僕の寝るソファの真横に布団を敷いた。どうやら本当に僕の行動を見張るつもりらしい。
そこまでするのなら一緒の布団で寝ればいいのにと思わないこともないけど、どうせそれを言ったら痛烈なツッコミが待っているので口には出さなかった。
まあそれはそれとして、時が経てば経つほどに嫌な予感が増している。僕の勘がビンビンでいらっしゃる。一刻も早くこの場を去れと告げている。
「さてどうしたものか」
「まだ寝てなかったの? 早く寝なよ、私も眠いんだからさ」
普段であれば寝入りの早い天音だけど、まだ寝る様子が感じられない。
……仕方がない。僕の好感度が著しく下がるだろうけど少々強引な方法でご退室願うか。
そうと決まれば僕はゆっくりと起き上がり、横になっている天音に馬乗りになった。もちろん、体重はかけないように。
「司……?」
電気を消した室内は薄暗かったけど、天音が訝しげな目で僕を見ているのはわかった。
「……実は僕……ずっと天音の……」
「あたしの……?」
「クマさん人形の中に盗聴器を入れてたんだ……」
「え、は? いつの間に!?」
「いつだったかに天音が僕の家に泊まりに来た時に。君が眠っている間にちょちょっとね」
「う、嘘だ!」
「本当さ。まさか天音がクマのぬいぐるみ相手にあんなことを呟いているなんて……正直、ドン引きだよ」
そこで天音は信じられない行動に出た。ガバっと身体を起こし、僕の身体を思い切り抱きしめて布団に押し倒したのだ。立ち位置的にちょうどさっきと真逆になってしまった。つまり、僕が下で天音が上。違うのは僕が天音に抱きしめられているっていう点。
「ち、違うの! あれは、その、そう、とにかく違うの! あたしが司に壁ドンしてほしいとか、風邪引いた時に看病してあげたいとか、そんなことないから!」
「ええ……」
これは、ちょっと、僕が思い描いていた展開とあまりにかけ離れているぞ。僕の予定では「乙女の私生活を覗くとかサイテー!」からの天音怒りのご退室だったんだけど、蓋を開けてみればまさかのカミングアウトだ。
なんてこった。僕はいつの間にか本当に天音ルートに入っていたのか。特段彼女の好感度を上げるイベントをこなした覚えはないんだけどなあ。
遠くの親戚より近くの他人じゃないけど、いつか相まみえる僕に好意を持った真衣華のような美人より、近くにいる可愛い天音になびいてしまう手は十分アリだ。
なんにせよ、とりあえずは尚もぬいぐるみに呟いていたらしい僕とこなしたいシチュエーションを語っている天音を現実に引き戻してやるか。
「天音」
「はっ!? あたしは一体何を」
「ごめん天音。ぬいぐるみに盗聴器入れたって話、嘘なんだ」
「…………嘘」
「本当」
僕の言葉に暫し呆然とした様子を見せた天音は、ガシガシと頭をかきむしるとやがて意を決したようにこう言った。
「責任とれええええええ!」
ガクガクと僕の頭を揺らしながら叫ぶ天音の声量はそれなり以上のものであり、真衣華が起きてくるのもまた必然のことであった。
「とてもうるさいのだけれど……」
パチっという音と共に居間の電気が点く。暗闇からいきなり光を浴びたので目がシパシパしたけど、やがて慣れてくると視界いっぱいに天音の羞恥に塗れた顔が映った。
「そんなに怒るなよ天音。いつものジョークだろう?」
「あんたのジョークはわかりづらいんだ!」
真衣華が起きてきたのにいつまでも僕に馬乗りになっているのもどうかと思ったので天音を横にズラす。その際さり気なくお尻を触るのを忘れない。まったく、我ながらプロ級の腕前だね。この方法ならバレるはずもな――
「どさくさに紛れてお尻触んないでよ!」
しっかりバレていたようだ。
「それはそうと天音」
「あによ!」
「今すぐ家を出た方がいい。じゃないと――」
僕が言い終わるよりも先に居間の窓ガラスがぶち破られて何者かが家に侵入してきた。
「遅かったか」
「な、なに!? 誰!?」
「逃げろ天音」
敵意を持った相手であるのは間違いないので、相手が動くよりも先に天音を少しでも安全そうなキッチンの奥に押し込んで僕と真衣華は侵入者と対峙する。
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