第3話「拝啓、僕の大好きな親友へ」

 いつまでも真衣華を地面に寝かせているわけにもいかないので、僕は彼女を横抱きにして可能な限り人の目につかないように自宅まで持ち運んだ。


 ともすれば美少女誘拐事件の当事者になってしまうところだったけど、普段の行いが良いからか幸いなことに一度も人に遭うことはなかった。


 ちなみに、どれくらい僕が善性な人間かというと、鬼との戦いでボロボロになった服からチラチラ見える真衣華の性的な肌から目を逸し、優しく着替えをさせて僕のベッドに寝かせる程度には僕は良心に忠実な人間だ。


 頬を朱に染め荒い息を漏らす真衣華は実にエロチシズムに溢れていて、思春期の僕の理性を破壊するには十分な威力を秘めていたけど僕は我慢した。なぜなら僕は善い人だから。


 冷蔵庫で冷やしておいたルイボスティーをちびちび飲みながら、未だ荒い息で眠りについている真衣華をチラチラ見る。


 看病してあげたいけど、果たして人間離れした彼女にできることなどあるのだろうか。精々がおでこに濡れタオルをのせるくらいのものだろう。下手なことをして彼女の回復を妨げるようなことはしたくない。


 しょうがない。こんな時こそ友人を頼ろう。


「あ、もしもし天音あまね? いやー夜遅くにごめんね、今大丈夫?」

「なにさ。あたしはこれから録り溜めてたアニメを見ようとしていたところだ」


 至福の時間の出鼻をくじかれ若干不機嫌な声を挙げる彼女こそ僕の親友にして、唯一の女友達である風上かざかみ天音である。餅は餅屋、女性のことは女性にということで僕は彼女に相談することにしたのだ。


「悪いんだけどパンツくれないかな。できれば今すぐに」

「は?」

「あれ? 聞こえなかったかな、僕は今女性もののパンツを必要としているんだ」


 だってそうだろう、この後真衣華が目を覚ましたらきっとシャワーに入るはずだ。その時今朝みたいに穿いてたパンツを二度穿きするのは絶対に嫌なはずだ。お風呂上がりに下着を交換するのは当然のことなんだから。


「司、暑さで頭がやられた?」

「僕は至って正常だよ。冗談でもなんでもなく女性もののパンツが必要なんだ」

「…………とりあえずあんたの家行くよ……話はそこで聞く」

「それは困る」

「なんで」

「今僕のベッドには美少女が寝ているんだ」

「はあ!?」

「わかったらさっさとパンツだけ僕の家に届けてくれ」

「今すぐ行くからあんた絶対そこ動くんじゃないよ!?」


 勢いよく言い放って電話をブツ切りされてしまった。やれやれだぜ。

天音はとても良いやつなんだけど少々元気が良すぎるところが玉に瑕だ。彼女にはもう少し慎みというものを覚えてほしいものだ。


 なんてことを考えていると部屋に鬼連打のピンポン音が響き渡った。


 言葉通り天音が駆けつけてきたのだろう。天音は僕の住むマンションの部屋のちょうど真上に住んでいるから階段一つ降りるだけで来れる。


 容姿も程よく可愛らしくて、ショートカットのよく似合う勝ち気な感じと言えば伝わるだろうか。


 ちょっと間違えれば甘酸っぱい幼馴染ストーリーが起こりそうなもんだけど、相手が天音ならそれも無理そうだ。それに、天音は学園に入ってからの友人なので残念ながら幼馴染としての条件をクリアしていない。


「そんなに何度も押さなくても一回で十分だよ」

「司がおかしなこと言うからだよ!」

 ロックを外してドアを開けると肩で息をしている天音の姿があった。


 その性格の割に、根っからの引きこもり気質の彼女は絶望的に体力がない。間違いなくエレベーターを使わないで階段をダッシュで駆け下りて来たのだろう。


「僕は一つもおかしなことは言ってないぜ。全部事実だ」

「なお悪いわ!」天音は大きく息を吐いて呼吸を整える。「とりあえず、中入れて?」

「断る」

「なんで」

「さっきも言った通り今僕の部屋には全裸の美少女がいるんだ」

「あたしが階段降りてる間にあんたは何してたんだ!」

「何って、恋人同士がすることなんて一つしかないだろう?」

「え……司、恋人できたの?」

「できてないけど」


 天音は無言で僕にボディブローを放ってきた。まだ肋骨痛いんだから周辺を攻撃するのはやめてほしい。まあからかった僕が悪いんだけれども。


「痛いじゃないか」

「当然の痛みだよね?」


 いつまでも玄関先で話していると近所迷惑になってしまう。仕方がないので天音を自宅に招き入れた。


 一応客人である天音をカーペットの上に座らせると、しょうがないのでとっておきのドリンクを差し出した。


「ルイボスティーをあげよう」

「いつもルイボスティーしかないよね?」

「好物なんだ」


 ルイボスティーは先入観から食事と合わないと思われがちだけど、意外にも和食と相性が良い場合がある。


 肉じゃがを口に放り込んで飲み込んだ後にルイボスティーを口に含むと、肉じゃがの醤油風味が洗い流されて口の中がリセットされるのだ。ちなみにその感触は好き嫌いが分かれるから試してみようと思う人に対して僕は責任をとらないぞ。


「で? マジなの?」


 天音はルイボスティーを一口飲むとそう切り出してきた。その際身を乗り出してきたので、ダルダルのおそらく部屋着用であろうTシャツの襟首から、万年発育途上のBカップがチラリしそうになったけれど、天音に手で目隠しされて覗くことは叶わなかった。


「マジもマジさ。僕も困惑していてね。色々と聞きたいことがあるんだけど、当の本人が眠り姫になっているから何も聞けないでいるのさ」

「どういう経緯で女の子を家に招き入れることになったのさ」

「それについては込み入った事情があってね、僕の一存では語れない」


 天音のことはもちろん信用しているから、彼女が口外してしまう心配はしていないけれど、事が事だけに不用意に話して巻き込んでしまうのは本意じゃない。

 ありがたいことに天音はその辺の心情を悟るのが得意だから深くは追求してこなかった。


「……ふーん。その人、見てもいい?」

「まあ、見るくらいなら……」


 と、そこで部屋のドアが開く音がした。今僕の家にいるのは僕と天音と真衣華の三人だ。

 その内僕と天音は向かい合って座っているから、必然ドアを開けたのは真衣華ということになる。


「え……は……?」


 天音が餌を求める鯉みたいに口をパクパクさせている。その姿を見た僕は無性に彼女の口に何かを突っ込みたくなってしまった。

 手頃な物がないかと周囲を探したが何もなかったので、僕は人差し指を天音の口に突っ込んだ。


「あにふんのよ!」

「何か口に入れてほしいのかと」

「ふあけあがってー! こうらぞ!」


 天音がベロベロと僕の指を舐め回し始めた。なんてことをする女だ。こういうところが僕に慎みがないと言われる所以だ。


 これ以上舐められていると変な空気になりそうだ。天音相手にそんな空気にはなりたくないので早々に彼女の口から指を抜き取る。


「あなた達は、何をやっているのかしら……」


 何をしているかと問われると非常に困る。僕らにとってはありふれた日常的なじゃれ合いだったのだが、傍から見るとなかなかにヤバい絵面だったかもしれない。


「気にしないでくれ。それよりもう起きて大丈夫なのかい?」

「あなた達の声で目が覚めたわ」

「そっか、それは申し訳ないことをしたね」


 自覚はあるんだけれど、天音と話しているとどうしても盛り上がってしまう。妙に馬が合うから話してて楽しいのだ。コミュ障だから非常にからかい甲斐があるし。


「司……このものすっごい美人は誰さ!」

「ああ、紹介が遅れたね。彼女は……うん、僕の許嫁でね。真衣華っていうんだ」


 真衣華がため息をつくのが聞こえたけれど、すぐにネタバラシされてはつまらないので無視する。


「へっ……だってさっき恋人はいないって……」

「うん。だから恋人『は』できてないって」

「そんなあ……」

「ってことだから天音とは今日までだね。今まで楽しかったよ。今日までの友達料は明日以降の支払いで構わないよ」

「っ! 司なんて知らない!」


 天音は走って家を出ていってしまった。


「あらら、ちょっとからかい過ぎたかな」

「友達は大切にしないとダメよ?」

「大切にしているよ。後でラインを送っておくさ。それはそうと、話は出来る状況かい?」

「ええ、横になったおかげで、少しは楽になったわ」

「相変わらずの回復力に脱帽だよ。まあ、座ってよ」

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