第2話「異能バトルは突然に」

 ツッと額から垂れる汗を拭って、人の気配を探るために僕はチャリを走らせ周囲を探った。だけどやはり、どこからも音は聞こえなくて、チェーンが回る音が虚しく周囲に響き渡るだけだった。


 どうしたものか。そんなことを考えた時だった。急に静かな夜の街に爆音が鳴り響いた。


「なんじゃらほい?」


 音の鳴った方を見ると、文字通り何かが爆発したようで土煙が上がっていた。距離も道路を二本挟んだくらいの場所だった。


 いい加減寂しくなってきていた僕はこれ幸いと愛車を走らせその場所に向かったわけなんだけど、そこで運命的な出会いを果たすんだよね。


「わーお……」


 鬼と美少女がチャンバラしてる。おおよそ4メートルはあろうかという巨体の筋骨隆々の黒みがかった肌の鬼が、ジャージ姿で日本刀片手に動き回っている女の子に襲いかかっている。というかあのジャージどっかで見覚えが……。


「あ! あれ僕のじゃん!」

「っ!」


 僕の声に反応してしまった女の子は、命のやり取りの最中では致命的な隙を見せてしまった。その隙を鬼が見逃すはずもなく、人間の手首くらいはありそうな爪を突き立て女の子を吹き飛ばした。


 その着地点にはまぎれもなく僕がいて、ちょうどチャリから降りていた僕は彼女を受け止めざるを得ない状況だった。


「避けなさいっ!」

「バッチコイ!」


 どうにも彼女とは波長が合わないようだ。まるで真逆のことを同時に言い合ってしまった。


 しかしながら彼女の思惑はどうあれ、受け止める体制をしっかりと取っていた僕が今更どうこう出来るわけもなく、僕は凄まじい勢いで飛んできた彼女をがっしりと受け止める……ことが出来ず、彼女を伴ってコンクリート壁に思い切りぶつかった。


 あーイッタい。これやっべーわ。絶対肋骨折れたわ。


「大丈夫!?」

「死んでんじゃない?」


 心配する彼女をよそに僕は普通に立ち上がって、本当に骨が折れていないか身体のコンディションを確認する。


 うん、これ絶対肋骨に異常があるよ。ちょっと動いただけで結構な痛みが走るもん。


「うん、僕は肋骨に異常があるだけだ。問題ない」

「大丈夫じゃないじゃない!」

「僕より君の方がヤバいでしょ」


 お腹に見事な風穴が開いている。あれ見る角度によっては絶対モツがチラリしちゃうレベルだよ。


「大丈夫……少し休めば塞がるわ。それより、なんであなたがここに……」

「まあ、色々聞きたいことはあるけれど、その傷が僕のせいで出来てしまったものだというのはわかるよ。そこで聞くけど僕に何か手伝えることはある?」


 彼女は僕の問いに熟考に熟考を重ねていた。


 考えるのはいいんだけど、どうもあちらさんは待ってくれる様子がないんですけど大丈夫かね? ズンズン足音鳴らしながらこっちに向かって来てるけど、これ絶対大丈夫じゃないよね? 


 僕が「逃げた方がいいんじゃないかな」と言う前に、考えを終えたらしい彼女が口を開いた。


「私の名前は黒鉄くろがね。あなたの名前は?」

「え、今自己紹介するような時?」

「いいから!」

「あ、はい。九条くじょうつかさです」


「司、あなたあいつと戦う勇気はある?」

「あるといえばあるしないといえばない」

「どっち!」

「あれと戦うことで美少女となにか発展があるというのなら頑張る所存だ。あ、ここでいう美少女とは真衣華のことね」


 彼女は無言でガンを飛ばしてきた。美人に、しかも思い切り至近距離まで寄られてガンを飛ばされるとなかなかクるものがある。しょうがない、ふざけるのもこの辺までにしよう。


「せめて武器の一つはほしいよね。丸腰であれに挑めと言われても困るよ」

「武器さえあれば戦えるのね?」


 彼女は念押しするように問いかけた後、スウッと深く息を吸った。


「私があなたの武器になるわ。契約しましょう。腹切りよ!」


 神妙な面持ちで言う彼女に、雰囲気の読める僕は真面目な顔をして頷いた。


 だけど内容を理解していなかったから、おもむろに刀を手渡されて腹切りとか言われても困ってしまう。彼女は僕に責任とって切腹しろとでも言いたいのだろうか。


 恥を忍んで彼女に聞こうとしたけど、なぜか真衣華はキス待ち顔で目を閉じて待っていた。今までの会話の中の一体どこにキス待ちの要素があったんだろうか。


 問いかけるか否かで悩んでいると、少し頬を朱に染めた彼女の目が開いた。


「早くしなさい! もう敵はすぐそこまで来てるのよ?」

「そんなこと言われても……いいの?」

「いいって言ったでしょう? それとも、今更怖くなった?」

「まあ怖くはないけど……じゃあ、いくよ?」


 なんだか知らないけど僕は彼女に促されるままにその桜色の唇にキスをした。

 ちゃんと確認したのにも関わらず不意を突かれたとばかりに真衣華は目を見開いた。


 吸い込まれそうなほど鈍く輝く漆黒のその瞳の奥に、微かに僕の姿が映っているのがわかった。


 今だけは、周囲の時間が、あの鬼の時間さえも止まっているように思えた。だけど、そんな甘い時間は真衣華が僕を押しのけることで再び動き出してしまった。


「あな、あなたはこんな時になんてことをっ!」

「だって真衣華がやれって言ったんじゃないか」

「私はそんなことは一言も言ってない!」


「やれやれだぜ。やっぱり君と僕では認識に齟齬が出ることが多いようだ」

「私は、契約をしましょうと言っただけで――」

「どうやら時間切れみたいだ」


 ぐだぐだと時間を浪費している内に鬼はシューシューと口から息を漏らしながら僕達のすぐ側まで接近していた。


 どれくらいの距離かっていうと、鬼が振りかぶって拳を前に突き出したら僕らはトマトになっちゃう距離。そして今まさに鬼は拳を僕らに向かって突き出そうとしていた。


「まず――」

「まあそんなことはさせないんだけどね」


 攻撃を察知していた僕は鬼の拳が近づくより先に真衣華を抱えて思い切り横に飛んだ。


 勢い余って地面に激突してしまったのはご愛嬌。着地と同時に鬼の拳で砕かれたコンクリート片なんかが降ってきたけど、鬼が次の攻撃をしてくる前に立ち上がった。


「そう何度も攻撃を避けれないと思うんだけど、何か状況を打開する方法はないのかい?」


 真衣華を横抱きにしながら逃げ回る僕。だけど普通に考えて人一人抱きかかえながらアレから逃げるのは無理がある。


「だから、契約をしてちょうだい」

「うん。その契約ってのがよくわからないんだ」

「ならそれを先に言いなさい!」


「なんかすごい真面目な雰囲気だったから言い出しづらくて」

「……降ろしてちょうだい」

「ほいな」


 言われた通りに彼女を地面に降ろすと、真衣華は降りるなりすぐに僕の後ろに移動して、鼓動が聞こえるほどにキツく抱きついてきた。


「刀、持っているでしょう?」

「うん、持ってるよ」


 真衣華に見えるように掲げて見せると、彼女は僕越しに鞘から刀を抜き放った。そしてその切っ先を僕に向け始めた。


「すっごい嫌な予感」

「大丈夫。痛いのは一瞬よ」


 一瞬って、それ一瞬であの世に行くってことですかね。


「さあ、私の手を握って。一緒に」

「ええい、ままよ!」


 鬼がすぐ側まで迫っていたことでやけくそが入った僕は、真衣華に言われるまま彼女の手の上から刀の柄を握る。そして、勢いよくその切っ先をお腹に突き刺した。


 一切の抵抗なく吸い込まれるように切っ先は僕のお腹を貫通した。それに留まらず、今度は真衣華のお腹にも刺さったようだった。背後から彼女の苦悶の声が聞こえた。


「渇望。得難い想いを与える者に抗う剣を」


 ――共鳴レゾナンス


 僕の足が黒鉄クロガネで覆われていく。手には鬼のように鋭い黒爪。ガラスに映る僕の姿を見ると、驚きの変貌を遂げた姿がそこにはあった。


 関節部は可動域をしっかりと確保しながらも外的衝撃から守るガードがついていて、胴はというと、まるで大切な臓器を意地でも守るとばかりにせり出した装甲に包まれていた。


 まるで西洋の甲冑のようだった。それでいて可動性はばっちり。なんなら新体操すら楽々出来そうなくらいだ。


 つまるところ、僕の身体は黒鉄に侵蝕されていたのだ。


「これ、大丈夫なの?」

『大丈夫よ。それにしてもあなたずいぶんと図太い神経しているのね。この状況にまったくというほど動じていない』


 声が頭の中から聞こえた。そういえばさっきガラスを確認した時に真衣華の姿がなかったような。もしや――


『そうよ。今私はあなたと同化しているの』

「だから僕の精神状況がわかったと」

『理解が早くて助かるわ。とにかく、説明は後。今はあいつを倒すことだけに集中して』


 と言われてもなあ。なまじさっき真衣華が吹っ飛ばされる場面を見ているから正面からぶつかる気にならない。


『大丈夫。今のあなたなら簡単に倒せるはずよ』

「その言葉信じたからね?」


 ブロック塀を足がかりに民家の屋根へとジャンプで昇っていって、格好良く腕組して立つ。いわゆるガイナ立ちというやつだ。

 ついでにさっきまで散々見下されていたので見下し返す。


 驚きだ。元々運動神経の良かった僕だけど、これだけ重そうな格好をしているというのに普通にジャンプするよりもひょいひょいと軽くジャンプ出来た。まるで源さん家の義経さんみたいに八艘飛び、てな感じだった。


『いつまでも格好つけてないで、早く倒しましょう』

「はいな、っと!」


 屋根に穴が空くほどの衝撃で宙に飛び立ち、落下の勢いそのままに思い切り鬼の顔面に拳を叩きつける。グチャっという肉と骨の砕ける音と共に鬼の頭が弾け飛んだ。


 僕が地面に着地して数秒後、鬼の巨体が地面に倒れ伏す。


「あらまあすごい威力」


 完全に死んだと思うけど、一応残心はしておく。こういう時油断して「やったか」とか言うと流れがお相手にいってしまって苦戦するというのがお約束のパターンだからね。


『大丈夫。頭を潰せば完全に死んでるわ』


 真衣華の言葉に残心を解く。どうやら本当に終わったらしく、僕の身体を覆っていた黒鉄は光の粒子となって溶けていった。そして、散らばった粒子が再度集まって真衣華を形作っていく。


「それどういう仕組み? およそ人間の域を出ているよね」

「こういうものだと納得してもらうしかないわ。それより『エスの海』が終わるわよ……」


 真衣華に『エスの海』なるものが何かを問う前に、異常が始まったトリガーと思われる「ザザザザッ」というノイズのような音がまたどこかから聞こえた。


 世界が「ズレる」ような目眩がしたかと思うと、街はいつもの景色を取り戻していた。呆然と立ち尽くす僕を不審な目で見る通行人の姿もある。

 うん、どうやら完全に戻ってきたようだ。


「流石に色々説明してもらうよ――」


 と真衣華がいるはずの背後に振り返ると、そこには荒い息で地面に倒れ伏す真衣華の姿があった。

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