夏休みに夜食を買ってウキウキで帰宅したら、クーデレとかツンデレお母さんとかオタク系子犬ヒロイン達が織りなす面倒くさいハーレムラブコメが始まった。
山城京(yamasiro kei)
真衣華デートエンド
第1話「コンビニ行ったら美少女拾った」
コンビニから帰ると、そこには血塗れの美少女がいた。
正確には、僕の家の玄関に背中を預けていた。ドアにべっとり血液を付着させて。
「おいおい、大丈夫かい?」
額からの出血は酷くなりやすいというけど、それにしたって顎まで伝って垂れているのはよくない。
それに何より一番まずそうなのは左脇腹だ。手で押さえて出血を抑えているけど、きっと手を離せば血が流れ出る。
「ふむ。救急車でも呼ぶか」
そう思いスマホに手をかけた所で意識が戻ったらしい彼女が僕の手首を握った。
「……お願い。救急車は、やめて……騒ぎにしたくないの……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。どう見たって病院ものの怪我だよ」
「大丈夫……大丈夫だから」
そう言って立ち上がろうとする彼女を慌てて支える。気丈に振る舞おうとしているが、どう見ても限界一歩手前だ。
「いや大丈夫じゃないって。ね? 頼むから救急車乗ろう?」
「大丈夫なの……」
どうして僕が頼んでいるのか、何か立場が逆転しているような気がするけど、とにかく彼女には病院に行ってもらわないと困る。
「病院に行くほどじゃないから……」
なぜここまで頑なに病院に行くことを拒むのか、少し考えて答えが出た。
「そうか、お金がないんだね? 病院行ったら金取られるもんな。でも大丈夫、お金は僕が出すから救急車に乗ろうぜ」
「……あなた、なかなかしつこいわね」
見ず知らずの人間をこんなにも心配しているというのに、なぜ僕はそんな非難がましい目で見られなくてはいけないのだろうか。
「大丈夫だって言っているでしょう? ほら」
彼女は「しょうがない」とでも言いたげな表情をしながら前髪を上げて額を見せてきた。
見てみると、血の跡はあっても傷口らしいものは見当たらなかった。
「……ひょっとしてコスプレだった?」
意識がないように見えたのも役になりきっていたとか? の割にはずいぶんと迫真な演技だったように思うけど。
「ふう……」
待ってほしい。どうして僕はジト目で見られているんだ。何か悪いことを言っただろうか。そんなあからさまなため息つく必要ないじゃあないか。
「私傷の治りが早いの。それじゃ」
そう言って立ち去ろうとする彼女を慌てて引き止める。
「ウェイウェイ! そんな言葉で納得するわけないだろう」
「納得してちょうだい」
「ムリムリ。そんなさっきまで血を流していたのにもう治りましたは通用しないよ」
「通用してちょうだい」
「まだコスプレでしたの方が納得いくよ」
「じゃあコスプレでした」
「今更だよ」
「困った人ね……あなたは私にどうしてほしいのよ?」
「困ってるのはこっちだよ」
夜食を買ってウキウキ気分で帰宅したら自分ん家の玄関に血まみれの美少女がいましたなんて今どきラノベでも流行らんよ。ここからどうやったらラブコメ展開にいくのか僕には想像出来ない。
てかこの人よく見たら本当に美人だな。肩に少しかかるくらいの濡羽色の髪に、ツンと立った鼻筋にチャーミングな右目下の泣きぼくろ。
スタイルも出る所は出ていて、それでいてウェスト周りなんて折れてしまいそうなほど細い。年はそんなに僕と変わらないように見えるけれど、纏う雰囲気がお姉さんって感じだ。
思春期男子としてこの出会いを逃す手はない、というのは冗談半分本気半分で、このままこの人を見送るというのは選択肢になかった。
「とりあえず、ウチでお茶でもいかがです?」
僕の言葉に彼女は暫し手を顎に添えて考えた後、「この格好で出歩くわけにもいかないか」と言って了承した。
部屋に招き入れたのはいいけど、流石に血まみれのままその辺に座らせるわけにはいかないのでシャワーを貸した。
「着替え置いておくからねー」
「ありがとう」
血迷って男の夢である「彼シャツ」をお願いしようと思ったけれど、そんなことをすれば僕の好感度がどうなるかは目に見えていたので、普通に学園指定のジャージとTシャツを置いておいた。
それはさておきさっきまでの彼女はどう見ても重傷だった。だけど、自宅に招き入れた後に脇腹の傷も見せてもらったけれど、やはり傷口は見当たらなく、ただそこには破れた衣服と血が滴るだけだった。
そんなことがあり得るんだろうか。考えて、自嘲気味に笑ってしまった。
あり得ない。
もし人類全員が彼女と同じならば今頃地球は人で溢れかえって足の踏み場がなくなっていることだろう。と、すれば特異体質、あるいはそれに類する何か。
「シャワー、ありがとう」
思考にふけっている内にどうやら彼女はシャワーを終えていたらしい。シルエットだけでも覗いておけば……いや、今はふざけている場合ではない。
「ルイボスティーでいいかな?」
「ええ、ありがとう」
用意したルイボスティーをテーブルに置き、向かい合って座った。
「一つ聞きたいんだけど、さっきの怪我は本物だったんだよね?」
「さてどうでしょう。あなたも見たでしょう? 傷口なんてなかった。それが事実よ」
「いやあれだけ血を流しててそれは無理があるよ」
「じゃあ、本物だったんじゃないかしら?」
煙に巻くような態度だけれど、彼女は明確な否定をしていない。だとすれば次の疑問はあの傷がどういった経緯で出来たものなのか。事と次第によっては然るべき場所に相談しなければならない。
「何をしたらあんな怪我をするんだい? それに、持っていた刀も真剣だったし」
さっきは動転していて目がいかなかったけれど、彼女は日本刀を所持していた。
白い鞘に桜の花びらが散りばめられたそれの中身は紛れもなく真剣だった。
まさかと思ってさっきトマトを試し切りしてみたらまな板ごといきかねない勢いでスッパリと切れたのだ。
「人の物を勝手に使うのは感心しないわね」
「それについてはごめん。だけど、疑問に思って当然だよね。血塗れで倒れていた人が日本刀持っているとか事件の匂いしかしないよ」
「忘れなさい。それがあなたにとっても私にとってもいいことよ」
「いやいやそうはいかないよ。ここまで関わっちゃったんだ、それはないぜ」
「ここまで、というけれどあなたは何も関わっていないわ。下手に関わって大怪我をする前に忘れなさい」
ピシャリと言い切った彼女に何かを言い返すことが出来なかった。
「お茶ごちそうさまでした。それじゃ」
彼女はそう言って刀を手に家を出て行った。貸し与えたつもりのジャージ姿で。
「ジャージ、返してよ……」
一人きりになってしまった室内に響く虚しい僕の呟きだった。
なんていうのが朝の一幕。そうして釈然としない気持ちを抱きながらも、僕は部屋に残った彼女の桃のように甘い香りを肺一杯に吸い込み午前を過ごした。
その後、ダラダラとゲームをやって一日を過ごすという、学生のみに許された夏休みの特権を満喫していたら、気がつくと時刻は19時を回っていた。
ゲームに夢中になっていたから気が付かなかったけれど、時計を見た途端腹の虫が泣き始めた。まったく、男にあるまじき可愛らしい鳴き声だぜ。
何か食べようと思った僕は自転車に乗り、近所のファミレスに行って夜ご飯を食べた。そして、「それ」はその帰り道で起こった。
自転車を運転している最中に突然襲ってきた目眩。そして「ザザザザッ」というノイズのような音がどこかから聞こえた。
途端、周囲から音という音が消え去ってしまった。もっというと、人の気配がなくなった。
事実、明かりの漏れるコンビニを覗いてみても、店内のどこにも客はおろか店員の姿すら見当たらない。
あらやだ。奥さん、これって神隠しかしら。
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