第7話

 珈琲を飲みながら、テレビを観てくつろいでいると、奇妙な音が聞こえてきた。窓を開けると外の景色は眺めがいいのだが、さきほどの異音はどこから来てるのだろうか。その音は、人の悲鳴にも聞こえたし、金属が弾けるような甲高い音だった。

 俺はテレビを消して、様子を見ることにした。妙な静けさがあり、時折謎の異音に晒された。管理人の報告しようにも、不動産の男から借りている部屋なので、俺が言っても仕方ないと思った。

 集合住宅ゆえの悩みか、と簡単に考えていた。この時はそんな風に思っていたのだ。


 エレベーターにやってくると、一階に降りるために下のボタンを押した。六階に停まっていて、下に降りてくるエレベーター。人があまり住んでいないんだよな、と思い、試しに六階へのボタンを押してみた。エレベーターは上昇し、六階に停まった。


 通路に人が立っているのを見かけ、こいつは幽霊だと判断した。髪が長く、白い服を着ていて、通路の鉄格子から外を眺めているのだ。その幽霊の他に、別の男の幽霊がもう一人いた。六〇三号室の扉の前に立ってみると、扉に備え付けられた郵便受けは糊のようなもので固く閉ざされているように見えた。触ってみるとべたべたとした感触が指に伝わる。


 これはいるな、と俺は判断した。すぐに不動産の男の名刺を取り出すと、エレベーターに乗り込み、一階に降りてきた。近くの公衆電話を探し、不動産の男へと電話を掛けてみた。


「もしもし、俺だけど」

「どちら様でしょうか?」

「昨日、会った男だけど」

「あ、ああああ、車のシート汚れてたぞこの野郎」

「お前こそ、詐欺物件じゃねえか。問題があるのを俺に押し付けやがって」


 電話口で無言になり、少しして小声で


「すみません」

 

 と謝られたのだ。


「お前、今どこにいる?」

「どこって、そりゃあ、オフィスですけど」

「今から向かうから」

「わ、分かりました。別の部屋の鍵を渡すので、それで勘弁願いますよ」

「すぐに来いよ」

「二三日ください」


 電話を切ると、マンションのエントランスの椅子に腰かけていた。エレベーターが一階で開くと、誰も乗っていないのに扉が閉まりそうになった。俺は高速で移動し、エレベーターの扉を押さえつけた。すると閉まるボタンが点滅し、すごい圧力で扉が俺の体を押し付けてきた。力づくで扉をこじ開ける。エレベーターの中に誰かがいるのはわかっていた。


「光の剣」


 剣を手に召喚する。怪物でも何でも出てこいや。光の剣をぶんぶんとエレベーターの中で振ってみた。少しして、小声で謝られたのだ。


「申し訳ない」

「何者だ?」

「わたしはシャドウという姿形のない者です。ですがあなた様の剣で斬られると死んでしまいます」

「分かった」


 俺はそう言って剣を引っ込めた。


「どうして嫌がらせをする?」

「正直に話しますと、好きな男がいまして」

「お前、女なの?」

「左様でございます」

「ですが、私は地縛していて、この土地から離れられないのです。それで自暴自棄になってしまい」

「分かった。さっさと成仏してくれ」

「連れてきてもらえませんか?」

「その男をか?」

「ホストをしているんですけど」

「おいおい」


 シャドウという怪物は新宿区にあるホストクラブの男を好きになってしまった。源氏名を教えてもらうと、俺はどうやって接近するのか考えてみた。


「女の人で協力してくれる人なんていねえぞ」

「そこをどうか」


 とりあえず俺はエレベーターを降り、一階のエントランスで待つことにした。しばらくして、公衆電話に駆け込む。羽瀬優ならホストクラブに通っているかもしれない、と思ったからだ。電話が鳴ると、十コール目でやっと繋がった。


「あの、道尾と申しますが」

「あ、道尾さんですか」


 声は少し緊張している様子だった。


「ちょっとお願いしたいことがありまして」

「はいはい」

「単刀直入に言うと、ホストクラブのある男を外に連れ出せないかな?」

「ええ、え? え? 道尾さんってやっぱりヤクザ関係の人でした?」

「いや、その好きな男がホストで」

「道尾さんそっちなの?! 超びっくりなんだけど、むしろありありだけどさ」

「いや俺じゃなくて、残念ながら」

「あら、残念。ちなみに、渚ならホストクラブ通ってるけど、でも一度本指名したら、本指名以外のホストを指名できないからなぁ。どこのホストクラブ?」


 俺はそのホストクラブの名前を教えた。


「渚じゃダメやね」


 そこに通ってるのか。ちなみに源氏名も教えてみるが、本指名の男とは別らしい。


「いいこと思いついた」

「何?」

「道尾さん、魔法使えるんでしょ。女になれないの?」

「なれなくはない」

「決まりじゃない。服貸してあげるから、お金も後払いでいいから、試しに行ってきてよ。いやむしろ、私も行ってみたい」

「何を言っているんだ」


 電話口で無言になる。


「今どこ?」


 俺はマンション名を告げると、すぐに来ると言うのだ。

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異世界帰りの無双びと @fox9378

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