第6話
不動産の男は顔を上げると、不機嫌そうな表情を見せた。
「何だよ。許してくれないのか?」
「人を死に追いやっておいて、許すわけねえだろ」
「全然平気だったじゃないですか」
男は立ち上がると、背を向けて区役所の正面玄関へと足早に進んでいった。俺は後ろから肩を掴んだ。
「なんですか、警察を呼びますよ」
「呼びたいのが俺なんだが、というか警察なんて機能しているのかね」
「そ、それは、まあ」
不動産の男は歯切れが悪くなると、地面に跪いて再度頭を地面に下げてきた。
「家、くれるんだろ」
「と言いましても、私の一存では判断できず」
「君が買って、俺に譲渡すればいいやん」
「そ、そんな」
「じゃあ俺の住む家どうすんだよ」
「安い賃貸なら、お貸しできますが、空き室があるマンションが隣町にあるので」
「車で送ってくれるか?」
俺は不動産の男と共に、車に乗って隣町へと向かうことになった。彼が運転する車は燃費のいい自動車で走行音が全然聞こえなかった。座席に腰掛けていると、べっとりとシートが青く染まっていた。ポケットに怪物の遺体の破片を入れたままだった。まあ、これくらいは仕方ないだろう。車が停車すると、俺は車のシートのことは言わないでおいた。マンションに入ると、オートロックシステムで、男は番号を押すと扉が開いた。その間、郵便受けを見ていたが表札のはいっているところが一つもないのだ。
「なんだ、新築か?」
「中古物件ですけど」
「表札に名前が一つもないが」
「うちの会社で使っているマンションなので」
男は苦笑いを浮かべ、エレベーターのボタンを押し込んだ。上の階から降りてくると、たしかに人の匂いがエレベーターの中にホンワリと残っていた。
「五階の三号室ですね」
「ありがとう」
鍵を回すと扉を開いた。寝具が畳んであり、冷蔵庫の稼働音がした。電子レンジもあるし、テレビ、洗濯機もあった。
「いい部屋じゃないか」
「まあ、そうですね」
「何か隠してないよな?」
「な、なにも隠してないですよ」
「絶対に何か隠してるだろうけど、まあいいか」
俺は鍵とオートロックの番号を教えてもらった。そして名刺ももらった。この部屋を自由に使え、契約も交す必要がないと言うので、身分がない自分のような人間にはありがたかった。不動産の男が立ち去ると、俺は少しして佐藤と鬼童のいるビルへと向かった。不動産の男からもらった二万円で切符を買い、電車に乗った。駅から少し歩いたビルに入ると、階段を上がってインターフォンを押した。
「道尾です」
「あ、道尾さん、ごめんなさい。今帰るところなんです」
佐藤の声が聞こえてきた。
「区役所の怪物、討伐しましたよ」
「え、本当ですか?」
「一千万円ください」
「ごめんなさい。すぐに上げることはできないんです」
「じゃあ、怪物の遺体だけでも」
扉が開くと、疲れた様子の佐藤が顔を出した。俺はポケットの中からそれを取り出すと、ベチャベチャと音を立てた。青い血が地面に滴り落ちていた。
「袋取ってきます」
佐藤は扉を開ける。
「中に入っていてください」
「鬼童さんはもう帰ったんですか?」
「あの人はとっくに」
佐藤の笑い声が聞こえ、袋を持った彼女が奥から現れた。佐藤は袋に遺体を詰めると、ビニールテープでしっかりと口の部分を塞いだ。青い液体が袋の下に溜まっている。
「気持ち悪いですね」
俺が言うと、佐藤は首を振るのだ。
「慣れたものなので、これでも久しぶりの討伐じゃないですかね」
「そうなんですか」
「病院の件も合わせるとここ一日で立て続けに解決されちゃいましたね」
俺がやったことはそんなにすごいことだったのか。まあ、魔法があれば誰だって怪物程度なら片付けられるはずだ、と心の中で謙遜する。その後、不動産の男からもらったマンションに戻ると寝具を広げて一休みすることにした。この日は異常な物音に気付ずによく眠れたのだった。明くる日、体の重さを感じ、近くのコンビニで珈琲飲料を買うことにした。マンションから降りてくると、向かいのコンビニがある。ちょうど品入れをしている作業員がいて、早朝のシフトのコンビニ店員とあいさつをしていた。その様子を反対側の歩道から眺めていた。車道を横切り、コンビニに入ると、店員に珈琲缶を渡した。小銭を出しているときに、ふと話しかけられた。
「あのマンションに住んでいるんですか?」
「ええ、まあ」
「けっこう、騒ぎになっていたんで」
店員はそう言うのだ。
「騒ぎって?」
「なんか警察が何回も呼ばれ、てきとうに解決しちゃったみたいなんですけど」
「え、ちょっとどういうことなのか」
「まあ、自分もわからんです。あはは」
店員は苦笑いを浮かべ、俺は可笑しな店員だなと感想を抱いた。そしてマンションに入り、エレベーターに乗り込むと、ふと様子がおかしいことに気づいた。他に住人がいたのか。たしか六階から降りてきたよな。そんなことを考えながらも五〇三号室の扉を開けたのだった。
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