第5話
「あんた、住む家ないんだろ?」
不動産の男は馴れ馴れしく聞いてきた。俺はダンボールを指差す。
「これで事足りている」
不動産のやつらは強欲というイメージが強い。俺からすれば悪党みたいなものだった。男は鞄からなにかを取り出し、俺に見せた。拳銃を手にしているのだ。
「命まで奪うっていうのか。そんなにここにいてほしくないのかよ」
言葉尻強く言うが、男は拳銃をこちらに差し出した。
「そこの通りを真っ直ぐ行くと左手に区役所の門がある。鍵がこれだ。これで、中にいる連中を退治してくれないか?」
俺は無言で拳銃を受け取ると、男は財布を取り出し、一万円札を二枚寄越したのだ。
「前払いだ。どうせ、仕事もないんだろ?」
「それはそうだが」
「もし退治できたら、十万円やるよ」
普通の人なら、こんな悪い条件を飲むことはないだろう。でも、生活に困っているならば即金を欲しさにやるかもしれない。しかも中にいるのは怪物ではなく、人だと思うのかもしれないな。ここは騙されて、驚かせてもいいかもしれない。
「動物とか、イノシシとかなにかか?」
「まあそんなところだ。もししくじってもちゃんと供養してやるよ」
「命懸けなのか?」
「そんなたいそうなもんじゃない」
こいつはとんだ極悪人に出くわしてしまった。中にいるのは一千万円の報酬が出る怪物なわけだが、そんなやつを相手にさせるなんて、これは死んでも何かしら得があるに違いない。
「わかった。十万円ちゃんと用意しておけよ」
不動産の男は笑みを浮かべる。彼は区役所の鍵をぶらぶらと振りながら俺の隣を歩いた。門の鍵を開けると、男は立ち止まって、笑顔で俺のことを見送った。俺は中指を立てたい気持ちを抑え、区役所に通じる扉を開けたのだ。
中は電灯の明かりがなく、暗闇だった。薄っすらとした光は扉を閉めると消えてなくなる。
「光の剣よ」
俺は剣を呼び出した。この剣は蛍光していて、周りを照らす効果もある。威力も高く、並の相手なら一切りで両断できるだろう。ぼおっと突っ立っている幽霊の姿があり、俺は幽霊のそばを横切る。どんな怪物がいるのか、鬼童か佐藤に聞いておくべきだった。通路を進んでいくと、シャリシャリと金属音がした。そして、前方から勢いよく何者かが跳んできたのだ。大きな体躯をしているだけではない。足は四本あり、ケンタウロスのような姿をしていた。両手に刃物をぶら下げ、壁や地面を傷つけながら向かってきたのだ。俺は剣を交えることなく、怪物の胴体を真っ二つに切断した。断末魔が聞こえ、俺はこの怪物の一部を切断し、ポケットにいれることにした。後ろから声がする。独り言を呟いているようだった。
「先生」
先生という男の声は聞き覚えがあり、光の剣をかざすと、不動産の男が引き攣った顔をこちらに向けていた。
「どう、どうやって」
「俺を生贄にでもするつもりだったのか」
「あ、いや、先生お見事でございます」
不動産の男は両手を合わせて、モミモミと手を動かす。調子の良い男だ。
「悪いな、この怪物が一千万円の懸賞金があるのも、知っていたんだよ。この狐野郎が。何が目的だったんだ」
「いやいや、先生に討伐のお願いをしたまでじゃないですか。この調子でお願いしますよ」
「なんだ未だいるのか?」
後ろに気配を感じ、振り返ると先ほどの怪物に似た者が、弓を構えて突っ立っていた。不動産の男は冷や汗を額に浮かべる。
「おいおい、話が違うよな。人間を送り込むだけでいいって言う話だろ。その見返りに、ここらの土地の守り神を抑え込んでいるんだ。兄さん、安くねんだぞ」
「ああ、そうでした。先生やっちまってください」
不動産の男はどちらも先生に捉えられるような言葉を使う。
「覚えておけよ」
俺はそう言って怪物の相手をすることにした。弓を弾くと、キィーと音がした。超音波を発するような鼓膜に振動が伝わり、一瞬目眩を感じた。不動産の男はいつの間にか、どこかに消えていて、俺は矢を弾くと、その矢を跳ね返す。矢は怪物の頭部に命中したのだ。怪物の皮を剥いでいると、再び不動産の男が現れた。
「図々しいにも程があるだろ」
「決めました。あなたに着いていきます」
「いや、極悪人の仲間はいらねえ」
「ここらの土地の価格は最低まで下がっていて、全く売れないんですよ。でも、先生が怪物を掃除してくれたら、土地の価格は上がり、あ、そうだ。安く賃貸のマンションを貸しましょうか」
「てめえ」
その時だった。再び背後から殺意を感じる。現れたのは白いたてがみを持つ怪物で、ライオンのような四足歩行をしていた。
こいつが最後だろうか、不動産の男の顔に焦りを感じた。
「どっちにつこうか迷ってる感じだな」
「いえいえ、我々は先生の味方ですよ」
「裏切ったのか」
ライオン型の怪物が言うと、不動産はヒィっと声を挙げた。
「食い殺してくれる」
怪物が不動産に目掛けて突進してくるのを俺は見送った。
「自分でなんとかしろ」
「ちょっと待ってください。助けてくださいよ」
「住む家あるか? 一軒家。都心。一等地」
「そんな、破格な家なんて」
「あるだろ怪物がゴロゴロいる世界なら」
「わかりました。わかりましたから」
ライオン型の怪物が男に伸し掛かろうとしたそのとき、男は血でいっぱいになった。返り血だ。
不動産の男はへたへたと四つん這いになり、怪物から離れる。目の前に俺が立つと、男は土下座をして謝ってきた。
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