第4話

「そろそろ日も暮れてきましたし」


 佐藤が言うと、俺はビルの一室の窓からオレンジ色に染まった空を眺めた。


「気を付けてください」

「すぐに区役所に行くわけじゃないので」

「いえ、ここら辺は暴走族が出るので」

「いまどき、暴走族なんているのか」


 俺が呟くと、佐藤は頷いて見せた。


「これ、ハンターの登録証です」


 俺は紙を渡された。


「大事に持っておいてください。あと、次に怪物を討伐したときは、証拠となるものを持ってきてください」

「証拠って」

「怪物の遺品とか、写真は加工できるのでおすすめしておりませんので」

「なるほど、そりゃあ、偽物もありますよね」

「まあそうですね」


 俺はビルの一室を出た。住む家もないので、野宿になるわけだが、外で寝泊まりするくらいなら異世界時代に慣れたものだった。公園で寝泊まりすると、虫が寄ってくるので、繁華街の人がいないところを探した。怪物が住んでいるところの近くは人が寄り付かないとか言っていたな。俺は区役所のほうまで歩くことにした。

 牛丼屋の前を通り、公園の近くを通り過ぎた。公衆トイレを確認し、商店街のシャッターの閉まっている建物の前にやってきた。灯りが薄っすらと照らし、幽霊と思われる人影もちらほらといた。そういえば、普通の人にも怪物は見えるのだろうけど、幽霊はどうなのだろうか。地面に横になり、そんなことを考えていたが、頭が痛くなるのでダンボールか何かを探すことにした。

 スーパーもやっていないし、牛丼屋で借りてくるか。牛丼屋の裏手にやってくると、ダンボールが積まれていた。それを手にして、商店街へと歩いていくと後ろからバイクのマフラーの音が聞こえてきた。振り向くと、何台ものバイクが俺の横を通り過ぎていくのだ。停車すると、一台のバイクがUターンをし、車線を変更することなく逆走しながら俺の側にやってきた。ヘルメットを着けておらず、短髪の男が眼を飛ばしてきた。


「お兄さん、お家ないの?」


 後ろのほうでゲラゲラと笑い声がした。次々とバイクがUターンし俺を囲うようにして並んだ。


「気にしなくていいよ」

「へいへい強気じゃん」


 さきほどの短髪の男が声を荒げる。


「もしかして、俺、舐められてる?」


 短髪の男が言うと、周りのバイクの連中が笑い声をあげる。


「舐められてんぞ」

「俺、舐められるの腹立つわ」


 短髪の男はバイクから降りてきて、俺の胸倉を掴んできた。


「その、ダンボールくれよ」

「そこにある牛丼屋の裏手にもっとある」

「はあ、おまえの持ってるやつを寄こせっていうの」

「自分で取ってこい」


 周りの連中は笑い声をあげた。他の一人が言う。


「こいつ、わかってないな」


 短髪の男が掴んでいる服を引っ張る。服を破かれたくなかったので、それに合わせて俺は前のめりに姿勢をずらした。


「おっと、気持ちわりいな、寄ってくんなよ」


 短髪の男が言うと、俺は掴んでいる手を払いのけた。短髪の男は腕を痛めたのか、ぶらぶらと揺らしていた。


「こいつ、暴力振るってきたぞ」


 周りが言う。


「慰謝料貰わねえとな」


 と、周りが続く。


「いって」


 短髪の男は俺の顔を見上げ、涙目を浮かべていた。それに対して、周りの連中は気づいていない様子だった。


「やっちまえよ」


 周りの一人が言うと、短髪の男は退いた。そしてバイクのほうに近づき、痺れた腕を庇いながらバイクのハンドルを握った。


「轢き殺してやる」


 短髪の男はそう言って、俺のほうへとバイクを走らせた。歩道にバイクを乗り出し、あと少しのところでバイクに轢かれそうになると、短髪の男はブレーキをかけた。


「人を殺す勇気はないのか?」


 俺が言うと、周りの連中はぞっと騒めく。


「こいつ、殺しちまおうぜ」


 一人が言うのだ。バイクに跨っていた連中がぞろぞろと降りてきた。牛丼屋の店員が急いで店の扉に鍵を掛けているのが見えた。助けてくれるわけではなさそうだ。警察も期待できるもんじゃないのだろう。治安の悪い地域を巡回しているわけでもなさそうだし、俺が片付けるしかなさそうだった。


「防犯カメラはあるのか?」

「ねえよ。そんなもん。誰もお前のことなんて守ってくれねえんだよ」

「そうか、それは助かる」


 そう言って、俺は一人の男の鳩尾を貫いた。地面に膝をついて倒れ込むと、別の男が殴りかかってきた。その手を弾いて、肩の関節を外す。


「こいつ、やべえぞ」


 一人が言うと、他の連中は誰も襲い掛かってこなかった。


「軍人とかじゃねえのか」


 一人がバイクのほうに走りだすと、他の連中も慌てて走りだした。一人の男がバイクを転ばせ、バイクは横転した。それを助けるわけでもなく、他の連中は走りさってしまった。残ったのはバイクを転ばせた、短髪の男だけだった。


「起こしてやろうか? 片腕ではバイクは起こせねえだろ」


 俺がバイクの側に近づくと、短髪の男は後ろに退いた。


「あんた、いや、名前を聞いてもいいですか?」

「なんだ、急に敬語なんて使っちまって」

「いやその、強いって正義というか」


 俺はそれを聞いて笑い声をあげた。


「こんな、ダンボールで野宿するような男に正義もくそもあるかよ」

「野宿なんですか」

「金貸してくれるのか?」

「俺らの経営しているビジネスホテルなら」

「金がねえんだわ」


 俺はそう言ってダンボールを手にして立ち去ろうとした。


「タダでいいですよ」

「道尾だ」

「道尾さんですか」

「君はバイク運転できるのか?」

「ちょっとだめぽいすね」


 短髪の男はそう言って苦笑いをする。


「ちょっと腕貸してみろ」


 男は腕をあげる。それに触れると、治癒魔法を唱えた。男はさっと後ろに下がった。


「本当に人ですか?」

「まあ、そう怖がるなって」


 男はバイクに跨り、後ろを振り返った。俺が追ってくるつもりがないとわかると、すぐにエンジンをかけて走り去ってしまった。ビジネスホテルに寝泊まりできる機会を失ってしまい、俺は結局、商店街のシャッター前で寝ることになった。次の日になると、頬を叩かれていた。背広を着た男が立っていたのだ。


「あんた、ここらで寝てたら襲われるよ」

「昨日襲われましたが」

「あはは、そうかい」


 男はそう言って紙を手にして、周りの商店を眺めていた。


「ここらも使えないかね」


 男と目が合う。


「いや一人ごとだよ」

「不動産か何かですか?」

 

 俺が言うと、男はその通りと答えた。 

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