第3話

 扉から姿を見せた初老の男は、俺を見るなり笑顔を作った。


「これは失礼しました」


 男はそう言い、デスクの前に座った。


「鬼童さん、どういうことなんですか?」


 佐藤が尋ねると、鬼童と呼ばれた初老の男は嬉々として答えた。


「それが、病院の怪物いたじゃないですか。カオス型でしたっけ。形状がはっきりしない怪物を差す言葉ですね。手が伸びたり、突然、手からナイフが飛んできたり、銃で撃ちぬいても、元通りになってしまう怪物だったと思うんですよ」

「たぶん、そうだと思いますが、そのカオス型の怪物がいなくなったんですか?」

「ええ、そのように報告を受けておるんですよ」

「その、怪物をこちらの方が倒したと仰るわけなんですが」


 鬼童は俺の目をじろりと横目で見てきた。口角を上げ、不敵な笑みを浮かべる。


「そうなのですか」

 

 鬼童は立ち上がり、俺のそばに寄ってきた。そして、俺の肩に手を当てて、下に押さえつけてきたのだ。かなり力を加えているし、初老の男にしては力強かった。加わった力はレスラーの力と比べても劣らないだろう。


「これはこれは」


 鬼童はそう言って目を背けた。


「何かしたんですか?」

 

 佐藤が尋ねると、鬼童は首を振るのだ。


「ちょっと力試しをしたまでです」


 そう言って、鬼童は俺の顔を見る。


「本当に病院の怪物を倒したんですか?」

「そうですが、今の力はどうやって」

「それは、こちらも企業秘密ですよ。おたくだって、どうやって倒したのか教えたくはないのでしょうから」

「そんなことはないですけど」

「どうやったんですか?」

「魔法です」

「これはまたまた」


 そういうものの、鬼童は馬鹿にしているわけではなさそうだった。


「人間にそういう力を持っている人がいても、おかしくないでしょうが」


 佐藤が言うと、鬼童は「たしかに」と答えた。


「試しに実演してみましょうか?」

 

 俺が言う。


「この部屋を壊されたくはないので、けっこうですよ」


 鬼童が言うと、俺は止めることにした。


「まあ、道尾さんがそういう力を持っているとして、病院の怪物を倒した証拠などというものはありますか?」


 俺はさきほどの名刺を差し出した。


「羽瀬優という人の名刺をもらいましたが、彼女たちの知り合いということで信じてもらえませんか?」

「それで信じていたら、300万円なんて大金を用意する気になりませんよ」


 佐藤が答える。俺はどうすれば、信じてもらえるのか、少し間を置いた。


「そういえば区役所にも怪物がいるようで」

「もし、道尾さんが病院の怪物を倒したとしても、それは止めておいたほうがいいですね」


 鬼童が言うと、彼は真剣な眼差しを送ってきた。


「どうしてですか?」

「別格だからです」

「別格と言われても、証明するためにはこれしかないんですよ」

「そこまでしてお金が欲しいんですか?」


 そのときだった。俺の腹の音が鳴った。


「まあ、飯を食ってないので」

「そうでしたか」


 鬼童は奥に消えていくと、弁当をソファの前のテーブルに一つ置いた。


「どうぞ、食べてください」

「じゃあ、遠慮なく」


 俺は弁当をその場で平らげる。


「そういえば、区役所の近くに牛丼屋が一軒あったんですが、これしか営業していないのって理由があるんですか?」

「呪われてるからね」

「呪われてる」

「そう、怪物のそばでは風水的にと言えばいいのか、人が近寄らないのですよ」

「もっと、こういうところってあるんですか?」

「それは随所随所にありますとも」

「金さえくれれば、一つ一つ潰していってもいいですけど」


 鬼童は笑みを浮かべる。


「いや失礼、でも命がいくつあっても足らないですね」

「そうですか」

「まあ、羽瀬さんとは知り合いなので、彼女に連絡をしてみますよ。それでいいですかな」

「あ、ありがとうございます」


 俺は礼を述べる。鬼童はスマートフォンを持って、扉の奥へと消えていった。佐藤と二人きりになり、彼女は興味深そうに聞いてきた。


「さきほど、鬼童から肩に触れられてましたが、平気だったんですか?」

「まあ、重いなくらいには思いましたが」

「何事もなく?」

「まあ」

「けっこう強いんですね」


 佐藤はそう言って、弁当箱を手に取り、近くにあるゴミ箱へと捨てた。扉が開き、鬼童が姿を見せる。


「道尾さんと言いましたか?」

「はい」

「たしかに、二十代くらいの人が、その、病院の怪物を倒したと言っていました。あと銃弾を弾き飛ばしたとも、そんなことできますか?」

「できますけど」

「にわかには信じられないですね」

「だから、証明してみますよ」

「それもけっこうです。どうせ、トリックか何かでしょうから」

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